匂いの文明史④江戸は本当に臭かったのか
江戸は、18世紀には人口100万人を超えていたと言われる。
当時の世界でこれほど大きな都市は多くない。
ロンドンやパリと並ぶ、巨大都市である。
しかも江戸には、現代のような下水道は存在しなかった。
そう聞くと、多くの人はこう想像するかもしれない。
「きっと臭かったに違いない」
しかし歴史研究の中では、むしろ逆の評価が多い。
江戸の都市は、同時代のヨーロッパの都市より
衛生的だった可能性が高いと考えられている。
ヨーロッパの都市の現実
17〜18世紀のヨーロッパでは、汚物の処理はかなり原始的だった。
多くの都市では、家庭の排泄物や生活排水は
通りに流すか、窓から捨てられることがあった。
街路には排水溝があり、雨水で流される仕組みだった。
つまり都市の道路そのものが、
半ば下水の役割を持っていた。
結果として、都市には強い悪臭が漂い、
コレラや腸チフスなどの感染症も頻発した。
ロンドンでは19世紀に、テムズ川の悪臭が議会を麻痺させた
「大悪臭事件(Great Stink)」という出来事まで起きている。
江戸の奇妙な仕組み
では江戸はどうしていたのか。
江戸にも近代的な下水道はなかった。
しかし代わりに、非常に特徴的な仕組みがあった。
それが 糞尿の回収と再利用 である。
当時、農村では人の排泄物は
貴重な肥料だった。
そのため農家は都市から糞尿を買い取り、
畑に運んで肥料として使った。
つまり江戸では
排泄物
↓
商品
↓
農村へ輸送
という循環が成立していたのである。
汚物は資源だった
この仕組みは想像以上に整っていた。
長屋や町屋では、糞尿を溜めておき、
定期的に回収業者が運び出す。
それを農村へ運び、肥料として販売する。
面白いことに、肥料の質は住民によって違うと考えられていた。
裕福な家の排泄物は、食事が良いため
肥料として価値が高いとされたという。
農家の間で「どの家の糞尿を買うか」という
競争まであったらしい。
資源循環都市
こうして見ると、江戸の都市は
ゴミ
排泄物
生活廃棄物
をかなり高い割合で再利用していた。
現代の言葉で言えば
循環型都市
だったと言える。
もちろん江戸にも匂いはあった。
魚市場の匂い。
炊事の煙。
人の生活の匂い。
しかし腐敗した汚物が都市に溜まり続ける構造ではなかった。
生活の匂い
江戸の匂いは、おそらく現代都市とは少し違っていた。
排気ガスもなければ、
化学的な香料もほとんどない。
あるのは
味噌
醤油
魚
薪の煙
人の暮らし
そうした 生活の匂い だった。
それは必ずしも無臭ではない。
しかし都市全体を腐敗臭が覆うような状態とは
少し違っていたのかもしれない。
次回は、この話をさらに広げてみたい。
現代都市は
消臭
脱臭
無臭
を目指している。
しかし本当に、人間は
「匂いのない社会」を求めているのだろうか。
匂いを減らした文明は、
何か別のものも失っているのかもしれない。
📚 匂いの文明史シリーズ👇
①「匂い」はなぜ「くさい」と感じられるのか
②なぜ人間は匂いを言葉にするのが苦手なのか
③匂いを言葉にできる民族
④江戸は本当に臭かったのか(本作)
⑤匂いを失った文明(3月27日公開)
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