映画『私がビーバーになる時』とコンポストが教えてくれた「つながり」🌱
やまねです😊
先日、映画『私がビーバーになる時』を観て、その考察記事をブログに掲載しました!
👉映画『私がビーバーになる時』考察|怒り、環境問題、社会の分断を引き起こすものは全てつながっていた!
この記事では、映画に出てくるおばあちゃんの言葉「つながり」を感じることと、「池のルール」を元に、私たちを悩ませる様々な問題の根底にあるのが実は一つの問題なのではないかということを書きました。
今日は、その記事の中では書ききれなかったものの、書き残しておきたいなと思うことがいくつかありましたので、そちらについて書いていきたいなと思っています✍️

映画のメッセージ「つながり」
映画の中で、周囲からの理解を得られず、怒りを抱える主人公に対して、おばあちゃんが教えてくれた大事なメッセージがあるんですね。
それは、「つながりを感じれば、怒りは鎮っていく」ということ。
最近、このメッセージについて、自分の体験として「本当にそうだな」と思うことがあったんです。

最近、コンポストを設置しました
実は最近、家の庭に「コンポスト」を設置しました。
「コンポスト」っていうのは、生ごみと専用の土を混ぜておくと肥料が作れるというもので、それ自体はただの箱なんですが、これが肥料を作る以外にも予期しなかった効果を持っていたんです。
そもそも、なぜ設置したかというと、庭に畑を作ろうかなと思っていて、肥料も自給できたらよいなと思ったから。
そして、なぜ畑を作ろうと思ったかというと、最近、政治的に不安定な状況にあると感じていて、世界情勢にも不安を感じることが多く、少しでも何かできないかなと思ったことが背景にあります。
正直に言うと、気休めに過ぎないとは思いつつ、それでも何かやらないよりはマシかと始めた感じです。

コンポストの不思議な効果
ただ、初めてみると不思議な効果がありました。
それは、「コンポスト」が自然のサイクルを利用する仕組みにあり、自分の食がその一部に組み込まれたことで生じる安心感。
自分の食から出た余分なもの、生ごみが土に帰って、いずれ新たな命となって生まれ変わるのだと感じると、なんだか元気が出てくるんですよね。
心が穏やかになる感じがして、その時に「これが映画の中でおばあちゃんが言ってたことかぁ」とストンと腑に落ちた感じがしました。

東洋哲学的メッセージと日系人という設定
自分という檻から逃れて、全体とのつながりを感じる。
それによって、怒りや不安といった心の波風が穏やかになるというメッセージは、以前noteで書いた東洋哲学にも通ずるものだなと思いました。
そして、この映画の主人公はメイベル・タナカという名前の日系人の女の子。おばあちゃんも、日系人という設定なんですよね。
ダニエル・チョン監督がこの設定にしたのは、プロダクション・デザイナーの方が日系アメリカ人であったこと、監督自身が日系アメリカ人が多く住むコミュニティーで育ったことが背景にあるそうです。
また、監督はインタビューに、こんなふうに答えていました。
「『スクリーン上で、訛りのないアジア系のおばあちゃんを見たことは一度もないな』と。それを映画で描くのは、すごく興味深いことなんじゃないかと考えました」(チョン監督)
私としては、こんなふうに日系アメリカ人、アジア系の人が主人公になるというのは、近代西洋的な価値観に、東洋的な考え方を併せていくことが、今こそ重要なんだという面も、大きな要因になっているんじゃないかなと思いました。
東洋哲学が意識せずとも自分の考えの一部となっている私たちにとっては、この映画のメッセージというのは、スッと心に入ってくるものだし、身近でわかりやすいですよね。
私がコンポストを通して実感したように、生活の中で実感できるものでもあるし、私たちがこれからどう生きるべきなのかを考える上でも、とても重要な考え方になってくるのかもしれません。

おわりに
春休みもそろそろ後半ですね。
この映画は、子どもと観るのにもピッタリだし、春休みに子どもと一緒に観にいくのに最適(ハラハラするシーンもあるので、それが大丈夫であればですが。小学生低学年の我が子は、怖かったと言っていましたが、それ以上に面白かったそうです)✨
また、大人も大笑いしながら大切なことを学べるもので、非常にお薦めの一本です😄
ぜひ、観てみてくださいね🦫🦫🪵🪵
(あと、コンポストもオススメです!)
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