日本とアメリカのコンサート運営の違い 5
オーケストラ調達、運営側の準備
アメリカでゲーム音楽やアニメ系のオーケストラコンサートに関わることがよくあります。以前の記事でもAFM(アメリカ音楽家連盟)やコントラクターについて書きましたが、もう少し奏者の現地調達について言及しつつ、オーケストラに運営側ができることについても書きたいと思います。
1. オーケストラ奏者の調達
既存のオーケストラを起用するパターン
名前の通った交響楽団を起用することは可能です。しかしこれをする場合、オーケストラのシーズンプログラムとのスケジュール調整が必要となり、1年半〜2年前からブッキングをする必要があります。
俗に云う商業コンサートのように半年前に決まってすぐ告知、の様な流れは先ず見かけません。そして向こうの名前を使うためコストも上がる可能性があります。
集客力の高いアニメやゲーム音楽コンサートに目を付けたオーケストラ側からオファーが来ることもあります。この場合、オーケストラ側がプロモーションをしてくれる、事前に何度かリハーサルをしてくれる、など様々なメリットがあります。このパターンだと向こうがこちら側にお金を払います。
どちらの場合でも、最大のメリットは寄せ集めパターンよりも演奏クオリティが圧倒的に高くなることです。
向こうの指揮者を使うことを条件にしてくることもありますが、その場合は一応「クリックや同期慣れしてるのか」だけ聞いておくほうが無難です。
ユニオンからの寄せ集めパターン
現地調達で寄せ集めたオーケストラのことを「Pickup Orchestra」と言います。ほぼ間違いなくこの調達パターンになるでしょう。
よく聞かれるのが「同じオーケストラ奏者でツアーを回ってるんですか?」という質問です。数十人の旅費と宿泊費、楽器の運搬、マネージメントは現実的ではないため、全ての公演で現地調達が基本。
現地調達のメリットは金額の安さ、デメリットは「奏者ガチャ」です。
コントラクター(インペグ屋さん)の腕と人脈次第で、来る奏者のクオリティが大きく変わります。コントラクターについては、こちらの記事をご覧ください。
本当にあったガチャ話
どんなに良いコントラクターに依頼しても、奏者ガチャ失敗の可能性をゼロにすることは出来ません。あまりに酷い場合は、コントラクターを介してその奏者に注意してもらうか、巧みに解決しましょう。
音量がデカいのに音程が破滅的なトランペット奏者が来たため、FOHにトランペットのマイクをミュートさせた
最後部のバイオリニストが弾いてるフリをしていた。強烈な視線を送ったら、バレたことに気付いて弾き始めた。
ゲネプロ途中、オーボエ奏者が急に立ち上がって退場した。理由は後ろのトランペット奏者の音量がうるさかったから。トランペットの前にアクリル板を置いたら戻ってきてくれた
2. 運営側ができること
ゲーム音楽やアニメ系のオーケストラコンサートは、当日にリハーサル1回+本番1回というスケジュールで回ります。どんな奏者が現地で調達されても、リハーサル1回でコンサートを成立させなくてはいけません。
LAだとハリウッド映画のサントラを何本も録音してるスタジオミュージシャン、NYだとブロードウェイで活躍するトップ奏者、など素晴らしい人材が集まります。
奏者の能力平均値が高く安定した日本と違い、アメリカの奏者の振り幅は激しい。地方都市に行くについれて能力のバラツキが顕著になります。そして事前にデータを送っても予習をしてきてくれることは希です。
その条件下でもリハーサル1回でそれなりのレベルを達成するには、ミスが起きる確率を運営側が最小化しなくてはいけません。以下はできることの一部です。
良い指揮者をツアーメンバーとして雇う
指揮者としての能力があるのは言うまでもない条件ですが、何より人に好かれる性格の指揮者を選ぶことです。そういう人が指揮台に立つと、もちろん雰囲気も良くなり、オーケストラもまとまりやすくなります。
クリックの工夫
クリックに合わせて演奏するコンサートでは、曲の開始は2小節のカウントを入れます。そのあとは曲の終わりまでひたすらクリックが鳴り続けます。
ここでも例えば、譜面のセクションマーカー毎にクリック音をカウベルにすると、万が一ロストした奏者がいても戻ってきやすくなります。リタルダンドなどテンポが変化する際、クリックを8分音符にすると(これは好き嫌いありますが)、ズレを最小限に抑えることができます。
声のキュー(合図)も追加
クリックと同時に走らせるボイストラックも録音しておきます。冒頭の2小節カウントが始まる前に「曲のタイトル」、カウントの2小節目に合わせて「1、2、3、4」と入れます。
すると違う曲の譜面を読んだりすることが無くなります。カウントが入る事で、次のセクションに入るんだ、という合図を送れます。
歌モノの場合、例えばサビの前にテンポに合わせて「サビ。1、2、3、4」というボイスも入れていきます。そうすることで、奏者はいまどのセクションにいるのか容易に理解できます。
譜面をとにかく判りやすく作る
日本ではA4、アメリカではレターサイズ(8.5 x 11インチ)が一般的です。僕らは12 x 18インチの紙をブックレット形式に印刷します。レターサイズよりも一回り大きくなり、かなり視認性が向上します。
他にも、以下のようなことも考えつつ譜面を作ります。
クリックを使うコンサートに慣れていない奏者が来ると、冒頭の2小節カウント中に弾き始めることがあるため、譜面の冒頭に空の2小節を書いて注釈を入れることでそれを防げる
リピートサインは一切使わない。譜めくり回数が増えるとことで間違える可能性が生まれるから
小節番号を全ての小節に入れる、もしくは頻繁に入れることで、小節数を数える労力を減らす
譜めくりのタイミングで長休符
常に何が改善出来るか模索する
奏者が何かミスをしたら、どういうミスだったのか、何が原因だったのか、こっちが何をすれば起きる確率を減らせるのか、などチームで議論します。その奏者に直接聞くのも失礼ではありません。そして次の公演で解決案を試し改善していきます。
どんなに小さな改善でも、間違いが一つでも減らせたり、無駄な時間を5秒でも削れるなら、それをする意味があります。
3. 譜面の運搬
前日入りスケジュールで、もしロストバゲージすると公演中止の危機に直面します。譜面セットを3つ用意し、複数の会場に郵送しておくのがベストです。公演終了翌日に、また先の公演会場へ郵送。これをツアー終了まで続けます。
郵送には、安心と信頼のFedEx一択です。早めに送付したら空輸でなく陸送になり送料も下がります。もし譜面ケースのサイズが小さいなら、機内持ち込みで運搬するのも選択肢でしょう。
4. おわりに
オーケストラを現地調達する場合は、運営側の準備と工夫がクオリティを大きく左右します。
地域・文化差を理解しつつ改善を積み重ねることで、音楽クオリティを可能な限り高く保ちつつ、安定したコンサート運営ができるようになるでしょう。
5. 過去のブログ記事
未読の方は是非。
