最新の道具で「古い仕事」を高速化してしまう、私たちのもどかしさについて
「Copilotを入れたのだから、これで資料作成時間を半減できるはずだ」
経営層がそう期待を込めるとき、私たち業務設計者は、少しだけ複雑な思いを抱きます。
「クラウドはいいから、今のExcelのまま裏でデータだけつないでほしい」
現場からそう切実な要望が出るとき、私たちはその背景にある「重力」を感じ取ります。
一見、別々の話に見えるこの二つの光景。
しかし、その奥底には、私たち組織が抱える共通の「思考の癖」が横たわっているように見えます。
それは、
「道具だけを最新にしても、仕事のOS(基本ソフト)は書き換わっていない」
という、静かな矛盾です。
ジェットエンジンを積んだ「馬車」
生成AIの本質的な価値の一つは、
「資料を作らなくても意思決定ができる世界」への扉を開くことです。
ダッシュボードでリアルタイムに数値を共有し、
AIが要点をサマリし、
会話ベースで決めていく。
それが、新しい道具がもたらす本来のスピードです。
しかし、多くの組織で起きているのは、
「今まで通りの会議のための、今まで通りの紙芝居(プレゼン資料)を、AIで速く作る」
という営みです。
これは、まるで「馬車」にジェットエンジンを積むようなものかもしれません。
エンジン(AI)は確かに高速ですが、
車体(組織の意思決定プロセス)は馬車のまま。
無理に加速すれば、車体はきしみ、御者(社員)は振り落とされてしまうでしょう。
「目的地(意思決定の質)」も
「運び方(会議文化)」も古いまま、
ただ速度だけを求めるとき、私たちは道具のポテンシャルを見失ってしまいます。
Excelという「名刀」と、安心感の正体
Excelを巡る現場の葛藤も、同じ構造の裏返しと言えます。
Excelは、個人の思考を深め、試行錯誤するには最高に柔軟な「名刀」です。
しかし、それを「組織のデータベース」や「伝言ゲームの容器」として使い続ける背景には、
機能以上の心理的な理由があるように思えてなりません。
所有の感覚
データがクラウドの向こう側にあるのではなく、自分のデスクトップ(手元)にあるという安心感。静止画の確定
刻一刻と変わるデータではなく、「保存」を押した瞬間の数値を「正」としたい、責任の境界線。バケツリレーの作法
ファイルを添付して送ることで、「私はここまでやりました」というボールの受け渡しを可視化したい心理。
これらは、クラウド以前の「所有と境界」のOSによって作られた文化です。
どんなに高機能なSaaSを導入しても、
この「OS」がアップデートされない限り、
新しいツールは単なる「不自由な物置」として扱われ、
結局みんなが慣れ親しんだExcelという「自宅」に戻ってきてしまいます。
「優しさ」が「複雑さ」に変わるとき
「いきなり変えるのは大変だから、今のExcel業務を残したまま、裏でデータをつなごう」
これは一見、現場への配慮に満ちた優しいステップに見えます。
しかし、この「新旧のツギハギ」こそが、かえって現場を苦しめる構造を生むことがあります。
表のExcelは手作業で加工され、
裏のデータ連携はズレを起こし、
そのたびに誰かが配管の修理に追われる。
これは移行期間というよりは、
古い習慣を維持するために、新しいコストを払い続けている状態に近いのかもしれません。
本当のステップとは、階段を登ることです。
一段登るためには、
持っていた重たい荷物(古いやり方)を、
勇気を持って手放す必要があります。
Excelを使ってもいい。
ただし、「保存(所有)」ではなく「投函(データ送信)」という新しい作法に変えてみる。プレゼン資料を作ってもいい。
ただし、「報告」のためではなく、「議論」の土台としてAIを使う。
道具は私たちの姿を映す鏡
Excelが悪いのでも、PowerPointが悪いのでもありません。
そしてもちろん、それを使っている私たちが悪いわけでもありません。
ただ、道具が進化するスピードに、
私たちの「仕事の定義」の更新が追いついていないだけなのです。
「便利になる」とは、単に楽をすることではありません。
これまでの当たり前だった作業を手放し、
空いた手で、より本質的な「思考」や「対話」を掴みに行くこと。
古いOSのまま、最新の道具を手に取る前に。
まずは、私たちが無意識に続けている
「その仕事の使い方」を、少しだけ疑ってみることから、
本当の変化は始まるのかもしれません。
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