【Gorillaz The Mountain考察 #12】Damascus | 闇の波を越え、“Fresh Survival”へ向かう再生の旅
To Gorillaz fans around the world:
What if “Damascus” marks the moment the traveler finally begins to live again?
This article explores the song’s journey through displacement, transformation, and “fresh survival.”
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この曲はアルバムの11曲目です。
前曲"Delirium"で「私」は立ち止まり、頭の中では錯乱と理性とが激しく争っていました。
この曲で「私」はいよいよ前向きに進み始めます。
「タフな人生の旅路」に果敢に挑戦し、自らを新たな自分として生まれ変わらせようという姿が見えます。
なお、この記事はあくまで僕個人の解釈であり、公式見解ではありません。
僕のフィルターを通したこの考察が、あなたに新たな視点をもたらすことを願っています。
また、この記事は長いので、気になるところだけを読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ブックマークなどして、何回かに分けて読むのも良いかもしれません。
アルバム内でのこの曲の位置づけ
1曲目"The Mountain"では、人生の修行場、タフな道のりとしての「山」が示されました。
2曲目"The Moon Cave"で死者とつながれなかった「私」は、自分を取り戻す旅に出る必要性を感じました。
5曲目"Orange County"では、父を失った悲しみに押しつぶされそうになりながら、それでも前に進もうとする「私」が描かれました。
8曲目"The Manifesto"で「私」は、なんとか前を向いて進み始めました。
ただし、自動運転のように歩を進めるだけで、心に負った深い傷は依然抱えたままです。
10曲目"Delirium"では、傷を負ったまま進む「私」は、自分の内に閉じこもり、一時的に足を止めてしまいました。
その心の中では、錯乱と理性とが激しく争っていたのでした。
そしてこの曲では、ついに力強く前に進む「私」の姿が描かれます。
「私」は人生の旅路という冒険に果敢に挑戦し、自らを取り戻すための山道を前向きに進みます。
概要
この曲は、『Plastic Beach』(2010)期の未発表曲“Fresh Arrivals”を現代に甦らせた楽曲です。
本編には、当時モス・デフ(Mos Def)とオマール・スレイマン(Omar Souleyman)が録音した素材が使われています。
さらにIntroには、2010年の"Pirate Radio"ティーザーで公開され、ファンの間で通称"Sunday Monday"と呼ばれてきた音源も組み込まれています。
完成版にはヴィラージ・アチャリヤのパーカッションと、『The Mountain』の制作陣による新たなプロダクションが加えられています。
公式クレジットによれば、録音地はロンドン、デヴォン、ムンバイ、ニューヨーク、ダマスカスです。
『Plastic Beach』期の旧録音と現在の新録が、複数の都市と約15年の時間を越えて一曲に統合されたと考えられます。
なお、モス・デフは2011年にヤシーン・ベイ(Yasiin Bey)に改名しています。
"Fresh Arrivals"録音時はモス・デフでしたが、この曲でのクレジットはヤシーン・ベイとなっています。
ヤシーン・ベイはアメリカのラッパーです。
コンシャスなリリックと卓越したフローで知られ、多くのHIPHOPファンの尊敬を集めるGOAT(Greatest of All Time)の一人です。
もともと「Mos Def」という名前は、“most definitely”(もちろん/間違いなく)を縮めた言葉に由来すると広く説明されています。
また彼自身は、この名前を、自分が育った街やヒップホップ文化の中で与えられた呼び名のようなものだったと語っています。
その後、イスラム教徒である彼は、アーティスト・ネームと自分自身との距離をなくし、より内面的な自己に近い名前として「Yasiin Bey」を名乗るようになりました。
「ヤシーン」はイスラム圏で使われる男性名で、「ベイ」は歴史的に敬称や称号として用いられてきた言葉です。
オマール・スレイマンは、シリアを代表する国際的な歌手です。
レバント地方の伝統舞踊音楽「ダブケ」にシンセサイザーや電子ビートを組み合わせた独自のスタイルで知られ、「エレクトロ・ダブケ」や「シリアン・テクノ」の代表的存在として、その魅力を世界に広めました。
ビョークとの共同制作をはじめ、欧米の電子音楽やインディー・シーンからも高く評価されています。
オマール・スレイマンは、インタビューで下記のように語っています。
Gorillazからオファーが来て嬉しかった。大規模なバンドなので責任を感じたが、音楽を通じた会話は言葉より簡単だった。このコラボでは「第三の音楽空間」を作りたかった。ただのブレンドではなく、プロフェッショナルな音楽的対話にしたかった。Gorillazが私を選んだのは有名人だからではなく、実験と型を破るという彼らの理念に合致するからだと思う。
僕はオマール・スレイマンを知らなかったので、今回いくつか彼の曲を聴いてみましたが、相当良いです。
めっちゃカッコ良いです。
エレクトロ・ダブケをもっと聴いてみたくなりました。
《参考:オマール・スレイマンの曲》
特に"Rahat Al Chant Ymme"(彼女は私のもとから去ってしまった)を聴くと、Gorillazのこの曲に対するオマール・スレイマンの貢献度がよく分かります。
テーマと歌詞の解説
テーマとタイトル
この曲のテーマは「人生の旅路という冒険に挑戦し、新たな自分へと生まれ変わる」というのが僕の解釈です。
この曲で「私」はいよいよ前向きに進み始めます。
「タフな人生の旅路」に果敢に挑戦し、自らを新たな自分として生まれ変わらせようという姿が見えます。
歌詞解説
この曲の歌詞は『Plastic Beach』(2010)期に書かれており、一見このアルバムとは関連がないように見えます。
でも僕は、デーモンがこの曲をここに置いた意味が気になります。
ここでは、歌詞を実直に読み解きつつ、この曲がアルバム『The Mountain』でどういう役割を担うのかに着目しながら解釈を進めていきたいと思います。
Intro
なお、ここでの木曜日以降の歌詞は、公開されている歌詞資料には掲載されておらず、旧“Pirate Radio”ティーザー音源からの聞き取りに基づいています。
[Omar Souleyman]
دمشق
ダマスカス
[2-D]
Sunday, Monday
日曜日、月曜日
Tuesday, Wednesday
火曜日、水曜日
Thursday
木曜日
All crashed out on Thursday
木曜日には、みんな完全に潰れてしまった
All crashed out on Thursday
木曜日には、みんな完全に潰れてしまった
And Friday is a voice
そして金曜日は、ひとつの声になる
日曜から日を重ねてきたものが、木曜につぶれてしまい、金曜日にはひとつの声になります。
これをこのアルバムの文脈に当てはめると、木曜日は、前曲“Delirium”で「私」が錯乱と理性のせめぎ合いに陥り、立ち止まってしまったことに当たる、というのが僕の解釈です。そして金曜日の「ひとつの声」はこの曲を指しているのだと思います。
もちろんこの歌詞は『Plastic Beach』(2010)期に書かれたものなので、当時の意味ではそうはなりません。これは、デーモンがなぜIntroにこれを配置したのかを推測した、僕なりの解釈です。
[Yasiin Bey]
Fresh, fresh, fresh
フレッシュ、フレッシュ、フレッシュ
Top dial on your radio (Fresh)
ラジオのダイヤルを一番上に回せ(フレッシュ)
D.A. in the place, you're so (Fresh)
D.A.がここにいる、お前は最高だ(フレッシュ)
Souleyman in the place, you know
スレイマンがここにいる、わかるだろ
Make 'em know every place you go (Fresh)
どこへ行ってもみんなに知らしめろ(フレッシュ)
"D.A."はデーモン・アルバーン、"Souleyman"はオマール・スレイマンを指します。
Verse 1
[Omar Souleyman]
كل يوم عيني بعينُه
毎日、俺の目は彼の目を見つめている
باجر ويني ووينُه
明日、俺はどこにいて、彼はどこにいるのだろう
俺と彼はとても親密な関係です。そして二人の間には、間近に迫った離別への不安が感じられます。
移住、難民、亡命、離散、死別、などを連想します。もしくは自分自身に語り掛けている可能性もあります。自分を取り巻く環境の変化、あるいは精神的なステージの変化の予感かもしれません。
[Yasiin Bey]
Ship from Damascus, Nemo Point
ダマスカスからネモポイントへ向かう船
この曲の録音当時、Point Nemoは、Gorillazの架空の拠点「Plastic Beach」が置かれた場所として設定されていました。そのため元来の文脈では、ダマスカスから新しいゲストや音楽がPlastic Beachへやって来る場面だった可能性があります。
また、ダマスカスは長い歴史と伝統を持つ古都です。一方、Point Nemoは、地球上で陸地から最も遠い海上地点を指します。“Nemo”はラテン語で「誰もいない/何者でもない」を意味します。
さらに、ダマスカスという言葉からは、近年のシリア情勢も連想されます。オマール・スレイマンのラインと合わせると、移住、難民、亡命、離散といったイメージも重なります。
このラインには、「歴史と伝統を持つ場所から、遠く未知の領域へ船出する」というイメージが込められているように思います。
The fantasy is real, feel free, enjoy
ファンタジーは本物だ、自由に感じて、楽しめ
“fantasy”と“real”という相反する言葉が並んでいます。元来の文脈では、架空のPlastic Beachが、音楽の中では現実の場所として存在するというGorillazらしい表現にも聞こえます。また、未発表のままだったこの曲が約15年後に完成した現在では、「ファンタジーが現実になった」という新しい意味も重なります。
[Omar Souleyman]
كل يوم عيني بعينُه
毎日、俺の目は彼の目を見つめている
باجر ويني ووينُه
明日、俺はどこにいて、彼はどこにいるのだろう
[Yasiin Bey]
New-brand news in an old-school voice
新ブランドのニュースを、昔ながらの声で
ヤシーン・ベイは"old-school"なHIPHOPを、オマール・スレイマンはシリア北東部の伝統であるダブケを、それぞれ背景に持っています。ここは「古い伝統を背負った二人が、古き良き伝統を新しいサウンドに生まれ変わらせる」ということだと思います。「ダマスカス(伝統)からポイント・ネモ(新規)へ」とも符合します。
また、これは僕の想像ですが、デーモンがこの曲を2026年に蘇らせたことで、「録音時モス・デフだったブランドが、公開時ヤシーン・ベイになった」と、メタ的な意味づけもあるのかもしれません。
Hush, habibti, it's time to make noise
静かに、愛しい人よ、さあ、声を上げる時だ
حبيبتي(habibti)は、女性に対する「愛しい人」「僕の恋人」という呼びかけです。これは恋人や親しい人かもしれないし、後にしてきた祖国かもしれません。
「声を上げる」は、士気を高めるときの鬨の声とも取れますし、反抗の狼煙とも取れます。そしてこのラインには静か/騒ぐという相反した言葉があります。ここは「未知への冒険の旅を前向きにとらえ、燃えている」とも取れますし、「静かにするように抑圧を受け、心の中では反抗の声を上げている」とも取れます。
[Omar Souleyman]
راحت منّي نِدامة
後悔が俺から去った
إنْ ما نمت بحضانُه
たとえ彼の抱擁の中で眠れなかったとしても
「抱擁」は「肉体的・精神的な親密さ/安心できる居場所」などのメタファーだと思います。「彼の抱擁の中で眠れなかったとしても」は「もうその人(親密だった人、祖国など)のもとへ戻れない」という意味だと思います。
となるとこの2ラインは、「旅立ちによる、親密だった人や祖国との別れの悲しみを振り切った」ということかもしれません。もしくは、未練をまだ引きずっていることの逆説表現かもしれません。
[Yasiin Bey]
Here to navigate the waves in the dark, no map
地図も持たず、暗闇の波を進むためにここにいる
Stars in the heavens and a breezе on my back
天には星があり、背中には追い風が吹いている
ネモポイントという未知の領域へ、「地図もなしに暗闇の波を進む」のは、人生の旅路のメタファーのように思います。そして、むやみに進むのではなく、星という道しるべがあり、追い風もあります。前向きで、冒険への高揚感を感じます。
[Omar Souleyman]
راحت منّي نِدامة
後悔が俺から去った
إنْ ما نمت بحضانُه
たとえ彼の抱擁の中で眠れなかったとしても
このラインは2回目です。1回目では未練を振り切ったのか引きずられているのかがはっきりしませんでしたが、ヤシーン・ベイの直前のラインで「進む意志」を示していますから、別れを受け入れて進み始めた表現なのだと思います。
[Yasiin Bey]
Hallelujah holler, Faddal, yalla
「ハレルヤ」と声を上げろ。どうぞ、さあ行こう
Turkish coffee, Starbucks, get off mе
トルココーヒーはいいが、スターバックスは勘弁してくれ
最初のラインは面白いです。"Hallelujah"はユダヤ/キリスト教圏で使われ、"holler"は英語でゴスペル的、"Faddal, yalla"はアラビア語、そしてラップするヤシーン・ベイはムスリムです。文化・宗教・言語をまたいでライミングをしています。
「トルココーヒー」は伝統の比喩、「スターバックス」は伝統に根差さないものの比喩だと思います。この2ラインからは、「さあ行こう」と前に進む意志を示しながら、多様性の共存と伝統の尊重が表現されているように感じます。
Here to navigate the waves in the dark, no map
地図も持たず、暗闇の波を進むためにここにいる
Stars in the heavens and a breezе on my back
天には星があり、背中には追い風が吹いている
Know where I'm headed and I be where I'm at
進む先は分かっているし、今いる場所にもしっかり立っている
「進む先は分かっている」は、前のラインの「天には星があり」と同じで、「自分が目指すものは何かを分かっている」ということだと思います。
「今いる場所にもしっかり立っている」は、「自分の立ち位置やこれまでの経験をしっかりと踏まえている」ということだと思います。前のラインで出てきた「伝統」や、5曲目"Orange County"で言及された「遺産」ともリンクします。
That's the way it is and it's like
それが現実だ。そしてこんな具合さ——
このラインは最後が省略されています。つまりChorusの歌詞である「新たな到着、新たな生存」につながる構造です。
また、このラインはおそらく、Run-D.M.C. の"It’s LikeThat"(1983)に対するオマージュだと思われます。"It’s Like That"には"It’s like that, and that’s the way it is"(そういうこと、そしてそれが現実だ)という歌詞があります。
Verse 1の注釈で検討した内容から、いくつかのレイヤーでの解釈が見えてきます。
一つ目は、移住、難民、亡命、離散などを連想させる、ダマスカスから未知の場所へ向かう船の旅です。
故郷や親しい人を後にしながらも、未知の冒険と新しい経験へ向かって進む姿が描かれています。
僕には、シリアの情勢不安の中で故郷を離れる人々の姿も、イメージとして透けて見えます。
二つ目のレイヤーは、人生の旅路のメタファーです。
人生を未知の冒険に見立て、後に残してきたものへの敬意を保ちながら、新しい経験へ向かって進む姿が思い浮かびます。
また、新しいものを安易に受け入れるのではなく、自分たちの伝統や遺産にしっかりと根ざしながら、多様性をもって更新していく精神を感じます。
このアルバムの文脈で言うと、二つ目のレイヤーが当てはまります。
この曲は、「私」が人生という旅路を前向きに進み、自分自身を成長させる姿なのだと思います。
Chorus
[2D, Yasiin Bey]
New arrival, fresh survival
新たな到着、新たな生存
New arrival, fresh survival
新たな到着、新たな生存
New arrival, fresh survival
新たな到着、新たな生存
New arrival, fresh survival
新たな到着、新たな生存
“arrival”と“survival”がライミングによって結びついています。
新しい到着が、新たな生存、あるいは新しい生の始まりにつながっています。
目的地への到着は、旅の終わりではなく、そこで新しい生存が始まります。
このChorusは、精神的な成長や再出発、新しい自分として生き始めることを表現しているのだと思います。
Verse1+Chorusで表現されているのは、
「自分のこれまでの経験や受け継いできたもの(伝統、遺産)を土台に、人生の修行である旅という冒険に挑戦し、目的地へたどり着くことで新たな自分として生まれ変わることができる」
という宣言である、というのが僕の解釈です。
Verse 2
[Yasiin Bey]
New
新たに
Ship from Damascus, Nemo Point (Fresh)
ダマスカスからネモポイントへ向かう船(フレッシュ)
The fantasy is real, feel free, enjoy (Fresh)
ファンタジーは本物だ、自由に感じて、楽しめ(フレッシュ)
New-brand news in a soulful voice
新しいブランドのニュースを、ソウルフルな声で
Hush, habibti, it's time to make noise (Fresh)
静かに、愛しい人よ、さあ、声を上げる時だ(フレッシュ)
Faddal, yalla, Hallelujah holler (Fresh)
どうぞ、さあ行こう、「ハレルヤ」と声を上げろ(フレッシュ)
Turkish coffee, Starbucks, you're corny (Fresh)
トルココーヒーはいいが、スターバックス、お前は陳腐だ(フレッシュ)
Navigate the waves in the dark, no map
暗闇の中で波を渡れ、地図もない
Stars in the heavens and a breeze on my back (Fresh)
天には星があり、背中には追い風が吹いている(フレッシュ)
[Omar Souleyman]
لا يا حبيب الأول
いや、愛しい初恋の人よ
لو إنك تَرب ما دوسك (Fresh)
たとえ君が土になっても、俺は決して君を踏まない(フレッシュ)
「初恋の人」は、かつて愛した人への呼びかけです。曲全体の旅のメタファーへ重ねるなら、祖国、伝統、以前の自分なども連想されます。
「たとえ君が土になっても、俺は決して君を踏まない」は、相手が姿を失い、土になったとしても粗末には扱わないという、強い愛情や敬意を表した誇張表現だと思います。
このあとには「たとえ君がヒジャーズのザブーンでも、俺は君を身につけない」と歌われます。二つの表現を合わせると、かつて愛したものへの敬意は失わない一方で、再びそれと一体化することは選ばない、という複雑な距離感が感じられます。過去や伝統を完全に捨てるのではなく、それらへの敬意を保ちながら、新しい形へと変化していく姿なのかもしれません。
[Yasiin Bey]
Big ship from Damascus, Point Nemo
大きな船がダマスカスから、ポイントネモへ
Inspiration moving in stere-er-eo
インスピレーションがステレオ空間を駆け巡る
伝統から新しいものまで、インスピレーションが左右に駆け巡る、ということだと思います。
"stere-er-eo"という言い方に駆け巡ってる感があります。
[Omar Souleyman]
لا يا حبيب الأول
いや、愛しい初恋の人よ
لو إنك تَرب ما دوسك
たとえ君が土になっても、俺は決して君を踏まない
[Yasiin Bey]
Yes, super fresh as I'm known to be (Fresh)
そう、知ってのとおり俺は最高にフレッシュだ(フレッシュ)
See a real cool ruler don't overheat, fresh
ほら、本物のクールな王者はオーバーヒートしない、フレッシュ
HIPHOP文脈で"fresh"は「新しくて独創的/イケてる」といったニュアンスです。ここは「俺は知っての通り独創的でクールなラッパーだ」という意味になります。
また、"cool"と"overheat"は船のエンジンともかけています。
そして、"cool ruler"は、レゲエ歌手グレゴリー・アイザックス(Gregory Isaacs)を連想させます、彼の有名な異名は“The Cool Ruler”でした。
[Omar Souleyman]
لو إنك زبون حجازي
たとえお前がヒジャーズのザブーンでも
يِحرِم عليّي ملبوسك (Fresh, fresh)
俺は決してお前を身につけない(フレッシュ、フレッシュ)
「ザブーン」は、ヒジャーズ地方の伝統衣装です。
「俺は決してお前を身につけない」は、文字どおりには拒絶の表現です。
ただし、直前の「たとえ君が土になっても、俺は決して君を踏まない」と合わせると、伝統への敬意を失っ
たわけではないものの、その形をそのまま身につけることはしない、という意味にも読めます。
“Fresh”という合いの手と合わせると、伝統を否定するのではなく、その精神を受け継ぎながら、新しい形へ更新していくという決意なのだと思います。
[Yasiin Bey]
You see, hallelujah holler, Yella, yalla (Fresh)
ほら、ハレルヤと叫べ、行こう、行こう(フレッシュ)
Turkish coffee, Starbucks, warning (Fresh)
トルココーヒーはいいが、スターバックス、警告だ(フレッシュ)
[Omar Souleyman]
لو إنك زبون حجازي
たとえお前がヒジャーズのザブーンでも
يِحرِم عليّي ملبوسك (Fresh, fresh)
俺は決してお前を身につけない(フレッシュ、フレッシュ)
[Yasiin Bey]
See me navigate the waves in the light, not the black (Fresh)
俺が暗黒ではなく、光の中で波を乗り越えて進む姿を見ろ(フレッシュ)
Stars in the heavens and a breeze on my back (Fresh)
天に星が輝き、背中に風が吹いている(フレッシュ)
Verse 1では、「暗闇の中を、地図も持たずに波を進む」と歌われていました。しかしここでは、「暗黒ではなく、光の中を進む俺を見ろ」に変化しています。
曲の前半では、行き先の分からない暗闇の中を進んでいた話者が、ここではすでに闇を抜け、光の中を進んでいます。この変化からは、困難な旅を乗り越えた自信と、明確に前を向いた姿勢が感じられます。
また、“waves”は人生の浮き沈みだけでなく、音楽の「音波」を指している可能性もあります。ポップス、テクノ、HIPHOP、ダブケなど、異なる音楽の波を自在に乗りこなす姿を見せているようにも思います。
Say Hallelujah holler, Yella, Yalla (Fresh)
ハレルヤと叫べ、行こう、行こう(フレッシュ)
Turkish coffee, Starbucks, you're corny (Fresh)
トルココーヒーはいいが、スターバックス、お前は陳腐だ(フレッシュ)
Know where I'm headed and I be where I be (Fresh)
進む先は分かっているし、今いる場所にもしっかり立っている(フレッシュ)
They got it how they got it but not like
奴らには奴らなりのやり方がある、だが俺みたいにはいかない
Chorus
[2D, Yasiin Bey]
New arrival, fresh survival
新たな到着、新たな生存
New arrival, fresh survival
新たな到着、新たな生存
New arrival, fresh survival
新たな到着、新たな生存
New arrival, fresh survival
新たな到着、新たな生存
Post-Chorus
[Yasiin Bey]
D.A. in the place, you're so (Fresh)
D.A.がここにいる、お前は最高だ(フレッシュ)
Dante in the place, you’re so (Fresh)
ダンテがここにいる、お前は最高だ(フレッシュ)
Souleyman in the place, you know (Fresh)
スレイマンがここにいる、わかるだろ(フレッシュ)
"D.A."はデーモン・アルバーン、"Dante"はヤシーン・ベイ(本名Dante Terrell Smith)、"Souleyman"はオマール・スレイマンを指します。
また、"place"はイギリス、アメリカ、シリアの3人が国境を越えて同じ音楽の中にいる、ということも表現していると思います。
Make 'em know everywhere you go (Fresh)
どこへ行っても、俺たちが来たことを知らしめろ(フレッシュ)
Top dial on your radio
ラジオのダイヤルを一番上に回せ
D.A. in the place, you're so (Fresh)
D.A.がここにいる、お前は最高だ(フレッシュ)
Dante in the place you go (Fresh)
ダンテがいる場所へ行け(フレッシュ)
Souleyman in the place, you know (Fresh)
スレイマンがここにいる、わかるだろ(フレッシュ)
(Fresh)
(フレッシュ)
歌詞まとめ
この曲では、旅という未知への冒険が、高揚感をもって前向きに描かれます。
この前向きな高揚感が、アルバム『The Mountain』の旅を力強いものにしています。
この曲のキーワードは"Fresh"です。
"Fresh"の繰り返しで、様々な再生、更新、再出発が多層的に表現されています。
ヒップホップにおける「イケてる/独創的」
新しい到着
新しい生存
新しい自分への生まれ変わり
古い音源の再生
伝統音楽の更新
歌詞全体としては、「自分の持つ伝統や遺産に敬意を払い、多様性をもって最新のものにアップデートする」、「人生という未知の冒険に乗り出し、新しい自分に生まれ変わる」ことが歌われています。
これをこのアルバムの文脈で言うと、「私」は人生のタフな道のりを前を向いて歩き始めました。
様々な試練や経験を積み、新しい自分を目指す再出発の歌なのだと思います。
サウンドとプロダクション
クレジット
《プロデュース》
Gorillaz
ジェームス・フォード
サミュエル・エグレントン
レミ・カバカ・ジュニア
《作詞作曲》
デーモン・アルバーン
オマール・スレイマン
ヤシーン・ベイ
《楽器》
パーカッション:ヴィラージ・アチャリヤ
解説
アッパーなエレクトロ・ポップがドライブする、アルバム後半のハイライトとなるバンガーチューンです。
Gorillazサウンドにエレクトロ・ダブケを大胆にブレンドしたサウンドが素晴らしい。
サウンドのベースはテクノなのですが、ダブケやパーカッションが加わり、無国籍なテクノ・サウンドです。
アラブ風であり、パーカッションにほんのりとインド風があり、そしてなによりGorillaz風でもあります。
トーンを変えながら蛇のようにうねる、ダブケ風のシンセサウンドが素晴らしいです。
おそらくこのシンセが、オマール・スレイマンの貢献が最も大きいポイントではないかと想像します。
また、オマール・スレイマンのアラビア語ボーカルと、ヤシーン・ベイのタイトなラップの掛け合いがスリリングです。
伝統に根差した言葉やフレーズを操りながら、フレッシュな第三の音楽空間に生まれ変わっています。
「錯乱」の声で終わってしまった前曲"Delirium"の直後にこの力強い曲が来ると、気分がフレッシュになります。
この曲も大好きです。
ノリノリで聞いてしまう名曲です。
まとめ
歌詞では様々な「到着、再生」が表現されました。
この曲の録音当時、Point Nemoは、Gorillazの架空の拠点「Plastic Beach」が置かれた場所として設定されていました。
本来の歌詞の意味は、「Plastic Beachへ新しいゲストが到着する」というものだったのではないかと思います。
そして時系列的には、『Plastic Beach』(2010)期の未発表曲“Fresh Arrivals”が"Damascus"として「再生」されています。
またサウンド的にOld-school HIP HOPOPやダブケなどの伝統が、最新の「第三の音楽空間」に「再生」されています。
この深いメタ構造が、実にGorillazらしいと思うのです。
ちょっと脱線
僕は8曲目"The Manifesto"で下記のように書きました。
あくまでも僕の個人的な印象ですが、このアルバムに生者として参加しているラッパー陣からは、なにか霊力のようなものを感じます。
ブラック・ソートは、その確信的なフローで死者を浮かび上がらせ、深遠な知恵で「私」を導きます。トレノは、美しい比喩表現で空(世界)を癒し、過去の亡霊を力強く追い払います。
ヤシーン・ベイにはどんな力が隠されているのか、とても楽しみです。
僕は、このアルバムにおけるヤシーン・ベイの能力は「転生」だと思います。
このアルバムでは、多くの故人が過去のアーカイブから蘇りました。
この曲では、当時モス・デフとして録音されたものがアーカイブから蘇り、ヤシーン・ベイとしてクレジットされています。
このアルバムで、ヤシーン・ベイだけが死を経ることなく転生した唯一のラッパーなのです。
最後に
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
皆さんはこの曲をどう感じましたか?
音楽は開かれたナラティブです。
リスナーの数だけ解釈や感想があって良いと思います。
是非皆さんの感想をコメントや「スキ」で教えてください。
この記事の解釈をお楽しみいただけたなら、ぜひシリーズの他の記事もご覧ください。
僕の視点が、Gorillazファンに"The Mountain"への新たな入り口を提供できれば幸いです。
Thank you for reading.
The journey through The Mountain continues in the next chapter.
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