【Gorillaz The Mountain考察 #11】Delirium |悲しみに閉ざされ、錯乱と理性がせめぎ合う私
To Gorillaz fans around the world:
What if “Delirium” depicts a wounded mind torn between madness and the voice of reason?
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この曲はアルバムの10曲目です。
この曲では、悲しみを抱えながら進む「私」に再び危機が訪れます。
「私」は一時的に足を止め、自身の悲しみに閉じこもってしまいます。
なお、この記事はあくまで僕個人の解釈であり、公式見解ではありません。
僕のフィルターを通したこの考察が、あなたに新たな視点をもたらすことを願っています。
また、この記事は長いので、気になるところだけを読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ブックマークなどして、何回かに分けて読むのも良いかもしれません。
アルバム内でのこの曲の位置づけ
1曲目"The Mountain"では、人生の修行場、タフな道のりとしての「山」が示されました。
4曲目"The Hardest Thing"では、父を亡くした悲しみに押しつぶされそうな「私」の姿が描かれました。
8曲目"The Manifesto"では、過去の亡霊に引き戻されそうになりながら、なんとか前を向いて歩きだしました。
ただし、自動運転のように歩を進めるだけで、心に負った深い傷は依然抱えたままです。
9曲目“The Plastic Guru”では、深遠な哲学を語りながら蛇の油を売る偽りの導師に出会います。
導師は「自分の信じたいものを信じる、それが真実」という哲学を説き、「私」はそれに聴き入ります。
この曲では、心に傷を負ったまま進む「私」に再び危機が訪れます。
「私」は自分の中に閉じこもり、一時的に足を止めてしまいました。
概要
この曲には、2018年に亡くなったマーク・E・スミスの録音音声が使われています。
マークは『Plastic Beach』(2010)の"Glitter Freeze"にゲスト参加しており、この曲に使われたのはその時のアウトテイクだといわれています。
デーモンは、この曲についてインタビューで下記のように語っています。
山にはたくさんの神々が住んでいるというアイデアが好きだった。そしてその神々が、すべての魂の声を聞いている……みたいな。かなり逆転した感じ、または少しダンテ的かもしれない。よくわからないけど。
テーマと歌詞の解説
テーマ
この曲のテーマは「再び閉じこもってしまった私」というのが僕の解釈です。
この曲では、閉じこもってしまった「私」の中で、「このままじゃいけない、自分の理性に耳を傾けろ」と葛藤する姿が描かれます。
歌詞解説
この曲の歌詞はとても抽象的で謎めいていて、多くの解釈が成り立ちます。
正直に言うと、僕ははじめこの曲の歌詞を全く掴めませんでした。
たくさんのメタファーがあり、そこから危うさや錯乱といったイメージは嗅ぎ取れるのですが、そのメタファーが何を指しているのかが全く見当がつかない状態でした。
そこで僕は一旦先入観を捨て、1行1行実直に言葉に当たってみることにしました。
すると、Verse 1に注釈をつけ終わったあたりで、なんとなくこの曲の掴み方が分かってきたのです。
そんなわけで、Verse 1の解釈を読み終わるまではちょっともやもやするかもしれません。
その点ご了承ください。
ここでは、歌詞の内容から受け取れるイメージをもとに、僕独自の解釈でこの曲を読み解いていきたいと思います。
あくまでも数ある解釈の一つとして、「こんな見方もあるかも」と楽しんでいただければ幸いです。
Intro
(Ah-ah-ah-ah)
(ああー ああー ああー ああー)
Verse 1
[2D]
Open the door
ドアを開けて
Can you hear the drums?
ドラムの音が聞こえるかい?
後のラインに「中に入れてくれ」とあるので、おそらく「話者」はドアの外から話しかけています。「君」はドアの中に閉じこもっているようです。
「ドラムの音」は後のラインに出てくる「新しい神」の足音のメタファーだと思われます。
There's panic on the mountain 'cause a new god's come
新しい神がやって来たせいで、山の上はパニックだ
He doesn't recognise himself or what he's done
彼は自分自身も、自分が何をしたかも認識していない
「新しい神」はパニックをもたらす存在です。そして自分が何者か、そして何をしたのかが分かっていません。なんとなくこの曲のタイトルである「錯乱」とイメージが重なります。
But if you don't embrace him then it's time to run
でももし彼を受け入れないなら、今すぐ逃げた方がいい
If you don't believe in him
もし彼を信じないなら
Open the door and let me in
ドアを開けて、俺を中に入れてくれ
「新しい神」か「俺」かどちらかを選べということだと思います。
I've been out in the chat rooms waiting for the end to begin
俺はチャットルームをさまよいながら、終わりの始まりを待っていたんだ
「チャットルームをさまよいながら」は、外部に答え を求めていることの比喩だと思います。「俺」は 「終わりの始まり」について外部に答えを求めている のだと思います。
「終わりの始まり」はこの段階では何を指すのかが不明です。なにやら、世界や自分が崩壊する、壊れていくといったイメージがあります
Maybe I'm a young man with a broken wing
もしかしたら俺は、翼を折った若い男なのかもしれない
「翼を折った」からは、「夢をあきらめた」「傷ついた」といったイメージを受けます。
「若い男」からは血気盛ん、心にまだ迷いがあるといった印象を受けます。
Maybe I'm just searching for a voice within me
もしかしたら俺は、ただ自分の内側にある声を捜しているだけなのかもしれない
「チャットルーム」の比喩では外部に答えを求めてい ましたが、本当に聞くべきは自分自身の声なのだとい うことだと思います。
僕はこのVerse 1から下記のような印象を受けました。
下記は公式発言には無い、僕の直感をもとにした解釈です。
この記事では下記の解釈で歌詞を読み解いていきたいと思います。
「君」:自分自身。傷つき、心を閉ざしている
「新しい神」:錯乱した自分自身。傷つき、心を閉ざした状態が続くことで心の堤防が決壊した状態
「俺」:自分の正気を保とうとする理性。心を閉ざした自分自身に、心を開くように呼びかけている
Verse 1は、自分自身に「このまま心を閉ざしていてはいけない。いずれ自分はダメになり錯乱状態になってしまう。自分自身の理性に耳を傾けるんだ」と話しかけている、というのが僕の解釈です。
なお、歌詞には、「外部に答えを求めている」ように読める表現があります。
僕はこれが、前曲“The Plastic Guru”を指しているのではないかと思います。
前曲では、外部の導師に答えを求める人々が描かれ、「俺たちは選んだものを信じる」と歌われました。
外部の導きにすがり、自分の信じたいものだけを信じるうちに、「私」は本当に耳を傾けるべき内側の声を締め出してしまったのかもしれません。
前々曲“The Manifesto”でようやく前を向いた「私」が再び心を閉ざしたのは、悲しみと向き合う代わりに、外部に都合のよい答えを求めてしまったからではないでしょうか。
Pre-Chorus
[2D]
Hope you can hear me callin'
俺の呼びかけが届いているといいんだけど
Open the door
ドアを開けて
自分自身の理性の声に耳を傾けてくれ、ということだと思います。
[Mark E. Smith]
Wild, wild
ワイルド、ワイルド
Wild, wild, wild, wild (Ah-ha-ha-ha-ha)
ワイルド、ワイルド、ワイルド、ワイルド (アッハッハッハッハッ)
心の堤防が決壊し、「新しい神」=錯乱が姿を現した場面だと思います。
Chorus
僕は、マーク・E・スミスは「新しい神」の役割なんだと思います。
「新しい神」つまり錯乱した自分自身は、一見難解で象徴的な言葉をまき散らします。
[Mark E. Smith]
Delirium, delirium
錯乱、錯乱
Sooner or later
遅かれ早かれ
Delirium, delirium
錯乱、錯乱
Shrunken China Heads
縮んだチャイナヘッド
"Shrunken Heads"はミイラ化した頭部を思わせます。磁器製(チャイナ)の頭部のミイラということかもしれません。不気味な置物のイメージがあります。
Delirium, delirium
錯乱、錯乱
Peg leg limp slave trader
木製の義足を引きずる奴隷商人
「木製の義足」は海賊をイメージします。海賊でしかも奴隷商人となると、相当野蛮で暴力的なイメージがあります。
正直、Chorusの歌詞は抽象的で解釈を特定できません。
上記には僕が受けたイメージだけを書きました。
断片的なイメージだけでも、不気味、野蛮、暴力、といった印象を受けます。
錯乱した状態が伝わってきます。
Verse 2
[2D]
Open the door, raise the alarm
ドアを開けて、警報を鳴らせ
There's fires on the mountain and the full moon's come
山の上は火事で、満月が昇ってきた
「警報」は、「新しい神」が来るから気をつけろということだと思います。
"moon"は夜を連想するとともに、"Moon"→"Luna"→"Lunatic"(狂った)も連想します。「満月が昇ってきた」は、夜が来て狂気に包まれる、つまり自身が錯乱状態になりつつあることのメタファーだと思われます。
「満月が昇ってきた」のタイミングで野犬の遠吠えが聞こえ、不穏な夜が来る印象を受けます。
If you're sitting in the darkness with your loaded gun
もし暗闇の中で実弾の入った銃を抱えて座っているなら
It's time you understood you gotta get up and run
そろそろ理解した方がいい、立ち上がって逃げなきゃいけないって
自身が闇に包まれた(錯乱状態になった)なら、傷つくのは自分自身だ、だから早く立ち上がれ、ということだと思います。
Verse 2では危機が迫っています。
「私」は自分自身に、早く気づいてこの状態から抜け出すように説得しています。
Pre-Chorus
[2D, (?)]
I hope that you can hear me callin'
俺の呼びかけが聞こえているといいんだけど
(Привет, меня зовут Влад и я зубная фея)
(こんにちは、僕の名前はヴラドで、僕は歯の妖精だよ)
Open the door
ドアを開けて
Pre-Chorusでは、文脈から唐突に切り離されたロシア語が挟まれます。
いよいよ錯乱状態が、すぐそばまで迫っています。
Chorus
[Mark E. Smith, (2D)]
Delirium, delirium
錯乱、錯乱
Sooner or later
遅かれ早かれ
Delirium, delirium
錯乱、錯乱
Shrunken China Heads
縮んだチャイナヘッド
Delirium, delirium
錯乱、錯乱
Peg leg limp slave trader (Open the door)
木製の義足を引きずる奴隷商人(ドアを開けて)
Bridge
[Mark E. Smith, (2D)]
You shrunken, China, chief-head dealer (Open the door)
お前は縮んだチャイナの、族長の首を扱う商人だ(ドアを開けて)
With wooden tits on the front of the ship (Open the door)
船首に木製の胸がついた船で (ドアを開けて)
Shrunken China-chief-head (Open the door)
縮んだチャイナの族長の首 (ドアを開けて)
Ah-ha-ha-ha-ha (Open the door)
アッハッハッハッハッ (ドアを開けて)
ChorusからBridgeにかけては、自分の「錯乱」と「理性」が頭の中でせめぎあっています。
「錯乱」が頭の中で暴れまわる中、「理性」が必死で「ドアを開けて」と叫びます。
Outro
[Mark E. Smith]
Coming home, sinner
おかえり、罪人よ
ここは主語や文脈が省略された曖昧なラインです。僕は「錯乱」が再び戻ってきた場面と捉え、そのセリフとしてふさわしいと感じた「おかえり」と意訳しました。
You shrunken, China, chief-head dealer
お前は縮んだチャイナの、族長の首を扱う商人だ
最後は「錯乱」の声で終わります。
最終的にどちらが「私」を支配したのかは、この曲では明かされません。
「錯乱」は人格というより状態ですから、恒久的に「錯乱」が支配する、というのは考えにくいとは思います。
おまけ
歌詞解説を終えてから改めてデーモンのコメントに目を向けると、いろいろと気になる点が出てきました。
山にはたくさんの神々が住んでいるというアイデアが好きだった。そしてその神々が、すべての魂の声を聞いている……みたいな。かなり逆転した感じ、または少しダンテ的かもしれない。よくわからないけど。
まず、「山にはたくさんの神々が住んでいる」というのは、一つの身体に「傷心」「錯乱」「理性」といった、複数の声が共存している様子を指しているのかもしれないと感じました。
次に、「ダンテ」への言及では「神曲」が思い浮かびます。
神曲では「3」という数字が重要な意味を持ちます。
三位一体、地獄篇、煉獄篇、天国篇の三部構成、三行を一連とする「三行韻詩」などです。
この曲での僕の解釈では、三つの内なる声が対話します。
また、ダンテの『神曲』において山というと、煉獄篇(全33歌)の煉獄山が思い浮かびます。
煉獄山は、魂が罪を浄化するために修行する場所です。
そこでは、魂の汚れが段階的に清められていく様子が描かれます。
もしかすると、この曲で描かれる出来事も、煉獄山における試練の一つにあたるのかもしれません。
魂を浄化し、山の頂上へ向かうために乗り越えなければならない過程として、この曲が置かれているのではないかと思います。
もちろんこれは公式発言ではなく、僕の勝手な想像です。
サウンドとプロダクション
クレジット
《プロデュース》
Gorillaz
ジェームス・フォード
サミュエル・エグレントン
レミ・カバカ・ジュニア
《作詞作曲》
デーモン・アルバーン
マーク・E・スミス
《楽器》
パーカッション:ヴィラージ・アチャリヤ
チェロ:イザベル・ダン
バイオリン:サラ・テューク、 佐藤琴乃
ビオラ:シアラ・イスマイル
解説
ダークでヘヴィーなエレクトロサウンドです。
ドラムが突き刺さるように響きます。
内省的なパートとワイルドなパートのスイッチが良いです。
自己との対話をする2Dのパートでは、全編”Ah~”というコーラスがバックに流れ、内省感があります。
一方、故マーク・E・スミスが歌うパートでは、ギザギザした音のシンセが荒れ狂い、ワイルドなサウンドです。
マークが"Delirium"と歌う部分では、歌声が左右にパンニングされ、「錯乱」の声が頭の中で暴れまわっている感じがあります。
マークの、スポークンワードに近い荒々しい歌唱が良いです。
"The Fall"ファンである僕にとって、彼の声が生きた声として帰ってくるのはとても嬉しい。
「錯乱」が暴れまわるパートでは、思わず胸が熱くなってしまいました。
このアルバムの他の曲もそうですが、この曲でもデーモンから故人へのリスペクトを強く感じます。
マーク特有の、難解な歌詞とワイルドな歌唱を最大限に活かしたい、という感じがひしひしと伝わってきます。
このアルバムの多くの曲では、故人の声がただ単に活用されているのではなく、愛をもって、生きた言葉として甦っています。
この曲は、そうしたデーモンによる姿勢、故人への愛とリスペクトが透けて見える好例だと思います。
最後に
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
皆さんはこの曲をどう感じましたか?
音楽は開かれたナラティブです。
リスナーの数だけ解釈や感想があって良いと思います。
是非皆さんの感想をコメントや「スキ」で教えてください。
この記事の解釈をお楽しみいただけたなら、ぜひシリーズの他の記事もご覧ください。
僕の視点が、Gorillazファンに"The Mountain"への新たな入り口を提供できれば幸いです。
Thank you for reading.
I hope this interpretation gives you a new way to experience “Delirium” and The Mountain.
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