【Gorillaz The Mountain考察 #3】The Moon Cave | 死者の声、ガンジス川、そして純粋な心を失った私
To Gorillaz fans around the world: what if the dead are still speaking, but we have lost the ability to hear them?
This is my reading of “The Moon Cave.”
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僕はこの曲を、「純粋な心を失ってしまった私」が旅立ちの必要性を理解する曲だと解釈しました。
“The Moon Cave” は、生者と死者の声が交わる場所であり、愛する人との別れ、幼い頃に感じた死への恐怖、そして「自分はいつの間に何になってしまったのか」という後悔が響く洞窟です。
この記事では、“The Moon Cave”を、死者との交信、浄化、ヒップホップの言葉遊び、そしてGorillazらしいクロスオーバー・サウンドの観点から読み解いていきます。
なお、この記事はあくまで僕個人の解釈であり、公式見解ではありません。
僕のフィルターを通したこの考察が、あなたに新たな視点をもたらすことを願っています。
また、この記事は、長いので気になるところだけを読み飛ばしていただいて大丈夫です。
ブックマークなどして、何回かに分けて読むのも良いかもしれません。
アルバム内でのこの曲の位置づけ
1曲目"The Mountain"では、「山」が示されました。
「山」は、「生者と死者が交わり、魂が安らぎに来る霊的な場所」であり、人生の修行場としてのタフな道のりです。
この曲はアルバムの2曲目にあたります。
この曲では、語り部たる「私」が、山の洞窟に向かいます。
その洞窟もまた「生者と死者が交わり、魂が安らぎに来る霊的な場所」であり、「私」はその洞窟で死者との交信に挑みます。
概要
このアルバムは、デーモン・アルバーンとジェイミー・ヒューレットの身近な人の死にインスパイアされています。
2人の父親は、10日ほどの間に相次いで亡くなりました。
インドを訪れながら制作を進めていた二人は、その過程で相次いで身近な人を失い、その後の旅を弔いと精神的な探求へ変えていったようです。
そこで「死は終わりではなく、次の旅立ちでもある」という思想に触れます。
デーモンは父の遺灰をガンジス川に撒いたとも語られており、このアルバム全体には、喪失、浄化、死者との距離、そして死を次の場所へ送る感覚が流れているように思います。
“The Moon Cave”にも、こうした体験から生まれた「水で清める」「死者を送り出す」「死を次の旅として受け止める」感覚が反映されているように感じます。
なお、このアルバムでは、故人となった過去のGorillazコラボレーターの未使用音源や過去録音が使われていることも大きな特徴です。
デーモン・アルバーンはインタビューで、「死について語るなら、死者に手伝ってもらう必要があると思った」という趣旨の発言をしています。
つまり『The Mountain』における死者の声は、単なる追悼の飾りではなく、このアルバムのテーマそのものに関わる重要な要素なのだと思います。
その意味で“The Moon Cave”は、アルバム全体の死生観をかなり早い段階で提示する曲だと感じます。
テーマと歌詞の解説
この曲のテーマは「純粋な心を失ってしまった自分」というのが僕の解釈です。
Intro
[Asha Puthli, (Bobby Womack)]
(Hm, mh-mh-mh, mh-mh-mh-mh-mh)
(うーん、うーん、うーん、うーん、うーん、うーん、うーん)
Love me, love me, love me, love me
愛して、愛して、愛して、愛して
Love me, love me, love me, love me
愛して、愛して、愛して、愛して
(Ooh, ooh-ooh-ooh-hoo)
(ウー、ウーウーウーウー)
Love me, love me, love me, love me
愛して、愛して、愛して、愛して
(Watching, watching)
(見てる、見てる)
Love me, love me
愛して、愛して
イントロは客演のアシャ・プトリと故ボビー・ウォマックです。
アシャ・プトリ(81歳!)はインドのシンガーソングライター、女優です。
彼女はグローバルシーンで活躍し、ジャズ、ソウル、ファンク、テクノをクロスオーバーした作風が有名です。
《Asha Puthli:Space Talk (1976)》
ボビー・ウォマックは、ソウル、R&Bのシンガーソングライターです。
彼はGorillazの3枚目のアルバム『Plastic Beach』にも客演参加しており、“Stylo”や“Cloud of Unknowing”で強烈な存在感を残しました。
“The Moon Cave”で使われている彼の声は、そうした過去のGorillazとの関係を背景にしたアーカイブからのものと言われています。
この声が厳密にどのセッション由来なのかについては、僕の確認できる範囲では断定を避けます。
亡くなったボビー・ウォマックが過去アーカイブから召喚されたことにより、“The Moon Cave”が「生と死が交わる場所」であることが示唆されました。
一方で、アシャ・プトリの声は、死者そのものというより、その洞窟に儀式的な空気を与える媒介者のように響きます。
この曲において、ボビー・ウォマックは洞窟に響く死者の声、アシャ・プトリはその声を迎え入れる儀式の声のような役割を担っているのだと思います。
Verse 1:月の洞窟
[2D]
To the Moon Cave
月の洞窟へ
Where I bought my tears
涙を買った場所
Lit the lantern on my childhood fears
幼い頃の恐怖にランタンを灯した
「月の洞窟」は生から死への移行を象徴する場所で
あり、「愛する人との別れ」と「幼いころ感じた
死への恐怖」を思い出させる場所である、
というのが僕の解釈です。
(You must wash all your perfume from your body)
(体から香水をすべて洗い流さなければならない)
香水は身体にまとった人工的な匂いです。ここでは、
社会的な装い、虚栄、自己演出、あるいは本来の
自分を覆ってしまったものの象徴にも感じられます。
だからこそ、それを洗い流すことは、単なる身体の
清めではなく、「死者と向き合える裸の魂に戻る」
ことなのだと思います。
(In the moon cave)
(月の洞窟で)
If you're leaving (If you're leaving)
もし君が去るなら(もし君が去るなら)
Don't make it harder than it is
これ以上辛くしないで
Let me know (Let me know)
教えて(教えて)
So I can say goodbye
そうすればさよならを言えるから
別れを告げずに愛する人を亡くす辛さを表して
います。
4曲目"The Hardest Thing"では、
「最も辛いことは愛する人に別れを告げること」
と歌われますが、この曲では、それすらも出来ない
ことはもっと辛い、と歌われています。
(You must wash all your perfume from your body)
(体から香水をすべて洗い流さなければならない)
(In the moon cave)
(月の洞窟で)
Verse 1では、「月の洞窟は愛する人へ思いを馳せる場所であり、死への恐怖を思い起こされる場所」であることが示唆されます。
それは、愛する人との別れの辛さであり、自らが消滅する恐怖です。
また、“The Mountain, The Moon Cave and The Sad God”の映像を踏まえると、この「月の洞窟」という場所は、単なる自然の洞窟というより、記憶や死者の痕跡が壁に刻まれた精神的な空間にも見えます。
MV内での洞窟の壁画のようなイメージは、過去の記憶が消えずに残り続ける場所を思わせます。
つまり“The Moon Cave”は、死者が完全に消えた場所ではなく、死者の声や記憶がまだ反響している場所なのだと思います。
Chorus:絶対にならないと誓ったもの
[2D]
Ooh, the things I swore I'd never become
ああ、絶対にならないと誓ったもの
今の自分の状態に対する後悔が感じられます。
(In the moon cave)
(月の洞窟で)
And at the vastness of the river
そして川の広大さの中で
川はガンジス川を指している可能性があります。
デーモンは父の遺灰をガンジス川に撒きました。
(In the moon cave)
(月の洞窟で)
In the cradled light, they've done me
揺りかごの光の中で、彼らは私にした
「揺りかごの光」から、僕はディヤを川に流す
ヒンドゥー教の礼拝的なイメージを連想しました。
ディヤとは、火を灯した小さなオイルランプです。
もちろん、この歌詞が直接それを指していると
断定するつもりはありません。ただ、ガンジス川、
死者の送り出し、浄化というアルバムの背景を
考えると、「揺りかごの光」は、水の上で揺れる
小さな灯火のようにも感じられます。
「彼らは私にした」は、次の「香水を洗い流す」と
あわせると、導き手に川で身を清めてもらった
ということだと思います。
(You must wash all your perfume from your body)
(体から香水をすべて洗い流さなければならない)
(In the moon cave)
(月の洞窟で)

Chorusの間、終始「月の洞窟で」という合いの手が入ります。
これは、Chorusの歌詞が、洞窟内での「私」の思索であることを示しているのだと思います。
父の遺灰を川に撒き、水の上に揺れるディヤの灯りを眺め、導き手に身を清めてもらった記憶が、月の洞窟の中でよみがえっているように感じます。
Verse 2:失敗した交信
[2D]
Why am I taking so long?
なぜ俺はこんなに時間がかかっている?
Why my voice not strong now?
なぜ今俺の声は力強くないんだ?
(In the moon cave)
(月の洞窟の中で)
It's been cut
切断されてしまった
彼は月の洞窟で死者との交流が出来ないようです。
彼の声は死者に届かず、切断されてしまいました。
[Asha Puthli]
You will never recognise me again
あなたはもう二度と私を認識できないでしょう
Have you traveled On a moonbeam?
月の光に乗って旅をしたことがある?
(You must wash all your perfume from your body)
(体から香水を全部洗い流さなければならない)
ここでのアシャ・プトリの声は、死者そのもの
というより、死者の側から届く言葉を媒介する
運ぶ声のように響きます。
「私」は月の洞窟で死者との交流が出来ないようです。
Chorusで歌われた「絶対にならないと誓ったもの」になってしまったことが原因ではないかと思われます。
アシャ・プトリが歌う「月の光に乗って旅をしたことがある?」は、「夢想の世界に思いをはせたことがあるか?」とも取れます。
もしかしたら、「絶対にならないと誓ったもの」とは、現実の些事に追われ、子供の頃の素直なイマジネーションの力を失った状態なのかもしれません。
洞窟に響く声は繰り返し「体から香水を全部洗い流さなければならない」と歌います。
「私」は自身の魂から虚栄や穢れを落とすことが出来ず、そのために死者との交信ができないことを訴えているかのようです。
また、このVerse 2では、ベースの音が一旦消えます。
なんだか底が抜けたような感じです。
これは、「私」の気持ちをプロダクション的に表現しているんだと思います。
心身を清め、いざ死者との交流に挑んだ「私」が、思うようにいかず肩すかしを喰らった印象です。
Chorus:君とのより深い繋がりが必要だ
[2D]
Ooh, the things I swore I'd never become
ああ、決してそうはならないと誓ったもの
And at the vastness of the river
そして川の広大さの中で
In the cradled light, they've done me, but
揺りかごの光の中で、彼らは私にした、だけど
Ooh, I need, I need a better bond with you
ああ、必要だ、君とのより深い繋がりが必要だ
死者である身近な人との繋がりを望んでいます。
それは交霊や交信かもしれませんし、自身の心の
中に故人が刻まれることかもしれません。
Oh, but that's if forever coming
ああ、でもそれが永遠に続くのなら
Where the atom gone with you
君と共に原子はどこへ行ったんだ?
故人と深い繋がりが持てるのであれば、死とは
いったい何なのだろうか?という想いのように
僕は感じます。
このアルバムの根底に流れる、「死は終わりではな
い」と言う思想につながる重要な問いです。
「私」は死者と繋がれませんでした。
「私」は死について考えます。
肉体と魂は、死んだらどうなるんだろう?
死後の世界というものがあるのだろうか?
この2回目のコーラスでは、「月の洞窟の中で」という合いの手がありません。
月の洞窟を出て、交信に失敗した自分を振り返っているように聴こえます。
そしてその直後、Bridgeに入ると、ジェイレン・ンゴンダとブラック・ソートが現れます。
ここから曲は、語り手自身の内面を、死者と導き手が外側から見つめるような場面へ移っていきます。
Bridge:洞窟に響く声と導き手の語らい
[Jalen Ngonda (2D)]
Things I Swore I'd never become, oh
私が決してなるまいと誓ったもの
(That's me, that‘s me) (The moon cave)
(それが俺、それが俺) (月の洞窟)
[Black Thought, (2D)]
Yes, please
そう、お願い
(That's me)
(それが俺)
[Jalen Ngonda (2D)]
like a broken man
壊れた男のように
(That's me) (The moon cave)
(それが俺) (月の洞窟)
[Black Thought, (2D)]
Grinning beginnings
笑顔で始まる
(That's me) (The moon cave)
(それが俺) (月の洞窟)
[Jalen Ngonda (2D)]
Who realised what he has done?
彼が何をしたのか、誰が気づいただろうか?
(That's me, that‘s me) (The moon cave)
(それが俺、それが俺) (月の洞窟)
[Black Thought, (2D)]
One more time from the top
もう一度初めから
(That‘s me) (The moon cave)
(それが俺) (月の洞窟)
ジェイレン・ンゴンダはアメリカのソウル・ミュージシャンです。
ここでは彼のハイトーンボイスが、まるで洞窟の声そのもののように反響します。
彼は、「私」が自らの行いのために壊れてしまったと歌います。
ブラック・ソートはアメリカのHIPHOPバンド"The Roots"のラッパーです。
ブラック・ソートは、文学的で知的なリリックと卓越したフローで、同業者や批評家から「史上最も偉大なラッパーの一人」と認められる存在です。
僕が最も愛するラッパー/リリシストの一人でもあります。
この曲でのブラック・ソートは導き手の役割を担っているように思います。
死者にしては声が確信的です。
もしかしたら、「私」を清めた(揺りかごの光の中で彼らは私にした)一人なのかもしれません。
死者との交流に失敗した「私」に、ブラック・ソートは「気を取り直して(Grinning beginnings)、もう一度初めから(One more time from the top)」と勧めます。
この2人の歌の間、「それが俺、月の洞窟」という2Dの合いの手が入ります。
僕はこのBridgeが、月の洞窟内で、洞窟と導き手の間で行われている会話だと感じました。
二人が「私」について話している感じです。
Verse 3前半:死者の声をお題にする
Verse 3はブラック・ソートによるラップです。
僕は、このVerse 3を二つの視点で読んでみました。
ひとつは、 ブラック・ソートが死者の断片を使ってラップの技術を示す、という視点。
もうひとつは、曲全体のストーリーの中で、「私」が死者と交信できなかった理由を解き明かす、「導き手」の啓示という視点です。
また、このVerseでは、De La Soulのメンバーである故トゥルーゴイ・ザ・ダヴ、つまりデイヴ・ジョリクールの声が使われています。
デイヴ・ジョリクールは、Gorillazにとって非常に重要な存在です。
"Feel Good Inc."をはじめ、De La SoulとGorillazの関係は長く、Gorillazの歴史そのものに深く刻まれています。
『The Mountain』では、こうした故人となった過去のコラボレーターの声が、アルバムの死生観と結びつく形で再配置されています。
このVerseにおけるトゥルーゴイの声も、単なるサンプルというより、Gorillazの記憶の中から浮かび上がってきた声のように聴こえます。
ブラック・ソートは、その断片的な声を「お題」として受け取り、「どんな話題でもラップして見せる」ことを実演します。
なお、このVerseで使われるトゥルーゴイの言葉とその解釈は下記の3つです。
float:浮かぶ/フロー(ラップ)する
topic:話題/お題
drop it:落とす/ラップする/秘密を漏らす
このVerseは、トゥルーゴイの断片的な声を「お題」として受け取り、ブラック・ソートがその場で一つの思想に編み上げていく構造です。
[Black Thought, (Trugoy the Dove)]
Yo, I can (float) like a butterfly
よぉ、俺は蝶のように浮かぶことができる、
モハメド・アリの"Float like a butterfly,
sting like a bee."(蝶のように舞い、
蜂のように刺す)の引用です。
モハメド・アリはボクシング史上最も偉大な
ボクサーの一人です。
また、"float”はラップのフローとかかっており、
「蝶のように浮かぶ」は「軽やかにラップする」
という言葉遊びになっています。
gimme any (topic) I let it slide
どんな話題でもいいからくれ、滑らせてみせる
「何でもお題をくれればラップして見せる」という
ことです。
実際にブラック・ソートはラジオ番組で、約10分間
途切れることなく即興でラップし続けました。
もちろん、高度なライミング、メタファー、言葉遊び
を行いながらです。
Bet you I'ma (float) like I'm in the sky
きっと俺は空を飛んでいるように浮かぶだろう
前のラインの"slide"と合わせて、浮かんでいる(float)
から滑らす(slide)ようにフロー出来るということ
です。
look at how I (drop it)
どうドロップするか見てな
"drop"はHIPHOP文脈で「ラップを披露する、
かます」といった意味です。
When I let the ideas just (float) up high like a new hot (topic)
アイデアを新しい話題のように高く浮かび上がらせる時を
熱力学の比喩を使って自身の実力を表現しています。
ブラック・ソートのアイデアが、常に新鮮で注目を
集める"new hot topic"であり、hotになるから浮かび
あがる(float)という言葉遊びです。
good to be a goat
ヤギになるのは気分がいいね
”GOAT"(Greatest Of All Time:史上最強)と
かかっています。
Only way I (float) is to treat
俺が軽やかに舞う唯一の方法は、
it like it's gossip and (drop it)
それをゴシップのように落とすことだ
yeah, watch this
まあ見てな
人々がゴシップを我慢できずにポロっとこぼして
しまうように、ブラック・ソートがフローを放つ
ことは自然で簡単なことだという言葉遊びです。
Yo, I can (float) like no other guy, gimme any (topic)
よぉ、俺は他の誰よりも浮遊できる、どんな話題でもくれ
I let it ride, bet you I'ma (float) like I've been a vibe
流れに身を任せるよ、まるでバイブスみたいに漂うんだ
I'ma just (drop it), yeah, check it
ただ落とすだけさ、そう、チェックしな
《参考:Black Thoughtの伝説的フリースタイル》
彼はラジオ番組で約10分間、即興で途切れることなく高度なラップをし続けた怪物です。
Verse 3前半では、ブラック・ソートの実力が誇示されます。
ライミングとメタファーが高密度に詰まった、彼ならではの凄まじいスキルです。
曲の文脈的には、導き手としての霊的な実力と深遠な知性が示されるパートだと思います。
そして、トゥルーゴイの登場により再び死者が召喚されました。
面白いのは、ブラック・ソートとトゥルーゴイがまるで一緒にラップしているかのように、合いの手のようにうまくはめられているところです。
HIPHOPでは、1人のラッパーが自分の小節を支配し、自分の言葉と呼吸で空間を作ることが多いです。
だからこそ、故人であるトゥルーゴイの断片的な声が、ブラック・ソートのラップの中に合いの手のように入り込むこの構造は、かなり特殊に聞こえます。
ブラック・ソートもこんな経験は初めてじゃないでしょうか。
トゥルーゴイの "float","topic", "drop it"というサンプリングを使って、見事に「どんな話題でもラップして見せる」を実演しています。
凄い!
トリハダが立ちます。
ここは僕の勝手な想像ですが、デーモンから「トゥルーゴイの "float","topic", "drop it"を使ってラップ出来るかい?」なんて無茶振りがあって、ブラック・ソートが「どんなお題でもラップしてやるぜ!」なんてやり取りがあったりしたのかしら?
Verse 3 後半:空虚な世界への警告
ここからブラック・ソートは、単なるスキル誇示を超えて、「表面的な世界」と「本物の声」の対比へ入っていきます。
[Black Thought]
Yo, I get telescopic for profit
よぉ、俺は利益のために望遠鏡を手に入れる
When I float topic to topic
話題から話題へと移るとき
ラップするときに、望遠鏡の様に遠くを見通す視野を
持っている、ということです。
また、"profit"(利益)は"prophet"(預言者)との言葉遊び
である可能性があります。その場合、「預言者のよう
な視野」とも受け取れます。
Is it hip hop? Is it Gothic?
ヒップホップ?それともゴシック?
Can it fit into the corner pocket?
コーナーポケットに収まるか?
ビリヤードを比喩に、自分の神秘的(Gothic)な言葉を
ビートの気持ちの良い部分(corner pocket)に完璧に
はめ込む(fit into)事が出来る、と表現しています。
音楽用語で"pocket"というと、複数の楽器やボーカル
がかみ合って気持ちの良い状態を指します。
また、" hip hop"、"Gothic?"は音楽ジャンルを指した
言葉遊びとも受け取れます。
Is it hovering above the surface?
それは表面上に浮かんでいるのか?
Is the pain where the megahertz is?
痛みはメガヘルツが存在する場所にあるのだろうか?
"megahertz"はラジオなどの電波を指します。
流通する音楽が、痛み(pain)を伝えられているのか
それとも表面的(hovering above the surface)なもの
なのか、と問いかけています。
Where the masjid, where the church is?
モスクはどこにある?教会はどこにある?
Are the last days where the earth is?
地球の終わりはどこにある?
表面的な音楽が流通することに対する哲学的な問い
です。社会的な「痛み」の行く末を「地球の終わり」
として表現し、精神的な拠り所を「モスク」や
「教会」として表現しています。
It's a movie, listen to me
これは映画なんだ、よく聞いてくれ
They have given the permission to me
俺には許可が与えられている
To move like Mr. Halloumi
ハルーミ氏のように動くことを
If I leave here, don't pursue me
俺がここを去っても、追いかけないでくれ
映画(movie)は、ラップするの比喩である動く
(move)とかかっています。
僕は、“Mr. Halloumi”で、焼いても溶けにくいことで
知られるハルミチーズを連想しました。
ここはかなり謎めいたラインですが、少なくとも
「熱を加えられても形を失わないもの」という
イメージは感じられます。
ブラック・ソート自身のフローも、どれだけビート
やトピックが変化しても崩れない。そういう自信の
表明としても読めるかもしれません。
どなたかこのパートの別の解釈をお持ちの方がいれ
ば、ぜひ教えていただきたいです。
Let me float topic to topic
話題から話題へと漂う
From the posh tip to the mosh pit
上品な場所からモッシュピットまで
上品から生々しくエネルギーに満ちたモッシュピット
(ライブなどで観客が密集してぶつかり合うエリア)
まで、どんなトピックでもラップ出来る、
ということです。
To the ghosts watching the folks clockin'
人々が時計を見ている幽霊たちへ
The most popular optics
最も人気のある光学機器
“popular optics”は、直訳すれば「人気のある見え方」
や「大衆的な視線」のようにも取れます。
ここから僕は、現代社会における「どう見られるか」
ばかりが重視される風潮を連想しました。
見え方(popular optics)に出勤(clockin')するのは、
SNSなどに囚われているような人を思わせます。
SNS的な見栄えの文化も含めて、表面上のイメージに
取り憑かれた人々が、まるで幽霊のように漂って
いる。そんな風刺としても読めるかもしれません。
Spread it all 'round, from the small town
全てに広める、小さな町から
To the empires, finna fall down
崩れ行く帝国まで
「崩れ行く帝国」はおそらく、これまでの
ラインを総括しています。
「表面的な音楽しか流さない風潮」、
「精神的な拠り所のない社会」、
「SNSなどで見え方ばかりを気にする人々」、
により崩れ行く社会の比喩なんだと思います。
また、「崩れゆく帝国」という表現から、
僕はGorillazの『Plastic Beach』(2010)収録曲
“Empire Ants”も連想しました。もちろん公式に参照
されていると断定するつもりはありません。
ただ、“Empire Ants”でも小さな記憶や夢と巨大な帝国
の崩壊が重ねられていたことを思うと、このラインは
Gorillaz内の記憶と共鳴しているようにも感じます。
From the energy that brung the wall down
壁を崩壊させたエネルギーから
Or the mothership gon' call down like Orson
または、母船がオーソンのように呼び降ろすだろう
"brung the wall down"からは「ベルリンの壁の
崩壊」を連想します。
"Orson”はオーソン・ウェルズ(Orson Welles)を指し
ます。1938年にオーソン・ウェルズが、H・G・
ウェルズのSF小説「宇宙戦争」をラジオ放映した
際、「本当に火星人が攻めてきた」と全米がパニック
を起こしたと語り継がれています。
ここでは、音やメディアが人々の現実感を揺さぶる
力が示されているように感じます。分断する壁を崩す
ほどの歴史的エネルギー、そしてオーソン・ウェルズ
のラジオ劇のように、人々の想像力を一気に動かして
しまう音の力。ブラック・ソートは、自分のラップを
そうした巨大なエネルギーの流れの中に置いている
のかもしれません。
The heat gon' be scorching
暑さは灼熱になるだろう
The beat gon' need voices
ビートには声が必要になるだろう
The sound downright awesome
サウンドは素晴らしい
この曲の素晴らしいビートにブラック・ソートの
ラップがのることで、曲が真の完成を迎えることを
表現しています。
What downtown like
ダウンタウンはどんな感じ
Different than the sounds y'all like
君たちが好きな音とは違う
リアルな現場(downtown)つまりこの曲は、
大衆が消費するような表面的な流行りの音楽では
なく、真のHIPHOPサウンドが表現されている、
というのが僕の解釈です。
Lemme break it down for 'em like
あいつらに分かりやすく教えてやろう、こんな感じで
Uh, hol' up
えっと、ちょっと待って
"break it down”は「分かりやすく」と、音楽の
「ブレイク」のダブルミーニングです。
”hol' up"はHIPHOPにおいて、次の聴きどころに
向けての注意喚起として使われる場合があります。
ここでは、Outroへの余韻を持った切り替えとして
使われているのだと思います。
Verse 3後半では、内容が「ラップの実力」から「空虚で表面的な社会風潮」へと移って行きます。
この曲の文脈的には、「導き手としての霊的な実力」を下敷きに「死者と繋がれない理由」を説いている、とも解釈できます。
ここは、「私」が死者と繋がれないのは、「空虚で表面的な社会風潮にのまれたから」だと言っている、というのが僕の解釈です。
つまりブラック・ソートは、ラップの技巧を見せながら同時に、「表面だけの世界に流されるな」と「私」に告げているように聞こえます。
Verse 3 まとめ:純粋さを失ってしまった「私」
Verse 3前半では、ブラック・ソートの実力が誇示され、導き手としての霊的な実力と深遠な知性が示されました。
Verse 3後半ではその実力を背景に、「私」に「表面だけの世界に流されるな」と諭します。
これとVerse 2でアシャ・プトリが歌った、「月の光に乗って旅をしたことがある?/体から香水を全部洗い流さなければならない」とを合わせると、これは「純粋さを失った状態」なのだと思います。
つまり「私」が死者とつながれなかったのは、「決してそうはならないと誓ったもの」=「純粋さを失った状態」になってしまったからだ、というのが僕の解釈です。
また、ブラック・ソートは、故トゥルーゴイの "float","topic", "drop it"というサンプリングを基軸に、見事なVerseを構築して見せました。
僕にはこれが、ブラック・ソートによる「死者の声を使ったラップの見せ場」であると同時に、導き手が「死者の声をもう一度生きた言葉に変える場面」のようにも思えます。
このVerse 3は凄い、白眉です!
流石はブラック・ソート、お題(topic)から深遠なメタファーとライミングが散りばめられたフロー(float)をラップ(drop it)しています。
思わず「うわ〜、なんだコレ!?」と叫んでしまうような、素晴らしいVerseです。
Outro:死者が残した希望
[Bobby Womack]
Maybe I should just wait, just a little bit
おそらくただ待つべきなんだ、ほんの少しの間だけ
Forgetting bothers me
忘れてしまうことが、私を苦しめるんだ
Haha
Ooh
Woah
Outroでは死者たちが、「私」が死者と交信できるようになるまで、ほんの少し待ってみようとしているように聞こえます。
「忘れてしまうことが私を苦しめる」という言葉は、とても切ないです。
死者にとって本当に怖いのは、死そのものではなく、生きている者に忘れられてしまうことなのかもしれません。
これは、「忘れないでくれ」という死者の願いであり、同時に「まだ間に合う」という希望なのだと思います。
そしてこのOutroは、「私が純粋さを取り戻す旅」の始まりを告げているのだと思います。
サウンドとプロダクション
クレジット
《プロデュース》
Gorillaz
ジェームス・フォード
サミュエル・エグレントン
レミ・カバカ・ジュニア
《インド楽器》
シタール:アヌーシュカ・シャンカール
バンスリ(インドの竹笛):アジャイ・プラサンナ
パーカッション:ヴィラージ・アチャリヤ
《オーケストラ》
チェロ:イザベル・ダン
バイオリン:サラ・テューク、 佐藤琴乃
ビオラ:シアラ・イスマイル
ハープ:オリビア・ジャガーズ
解説
HIPHOPの電子音、西洋オーケストラ、インドの生楽器が融合した、重層的でスピリチュアルな雰囲気を持った曲です。
Gorillazらしいクロスオーバーなサウンドプロダクションです。
曲の始まりは、インドの雑踏の様なサウンドスケープから、ストリングス、インド楽器、電子楽器の順で曲が表れます。
まずストリングスで、明るいけどメランコリックなこの曲を通じて鳴らされるトーンが提示され、胸が高鳴ります。
そして、シタールとバンスリ、ボビー・ウォマックのハミングが重なり、曲が一気に精神的なトーンを帯びます。
ドラム、ベース、2Dのボーカルが入りVerseが始まると、そこはもう完全にGorillazサウンドです。
この場面転換の美しさたるや、Gorillazの数多いディスコグラフィーの中でも屈指の導入だと思います。
曲の骨格は電子楽器なのですが、ストリングスやインド楽器とのブレンドがとても自然で、奇抜さは一切ありません。
デーモンはGorillaz以外でも長年こうしたクロスオーバーに取り組んできました。
その見事な成果がこの曲に現れています。
さらに、生者の声、死者の声、そしてその境界を媒介する声が交錯するボーカルワークが凄い。
この曲の歌詞は生者と死者が交錯するものですが、それを実際のボーカル・アンサンブルとして行っています。
これにより、この曲に圧倒的な「鎮魂」の重みが加わっています。
特に、故トゥルーゴイとブラック・ソートの掛け合いはアツいです。
ブラック・ソートによる賢者の声のようなフローが、故トゥルーゴイの声を生き生きと浮かび上がらせます。
また、アシャ・プトリも素晴らしいです。
彼女の瑞々しい声には経験とピュアネスが同居しています。
洞窟に響く依り代の声として、この曲に鮮やかな色どりを添えています。
曲調はミドルテンポの明るい曲なのですが、バンスリやボーカルメロディにところどころメロウなニュアンスがのります。
ちょっと神秘的で懐古的な雰囲気があり、胸がぎゅっとなるようなエモさがあります。
かと思えば、ブラック・ソートの硬質で確信的なラップが後半のトーンを支配します。
メロウで終わらず、精神的にもサウンド的にも、この曲に芯を一本通しているのはブラック・ソートです。
全体を通して、洞窟を思わせるような深いリバーブと空間的な広がりがあり、哀愁に満ちながらも、最終的には魂の解放や次なる場所へ向かう「光」を感じさせるサウンド・デザインに仕上がっています。
思わず体が動いてしまうようなグルーヴと、時折胸が締め付けられるようなエモさ、間違いなく名曲です。
何度も繰り返し聴いちゃいます。
まとめ
1曲目"The Mountain"では、「山」が示されました。
「山」は、「生者と死者が交わり、魂が安らぎに来る霊的な場所」であり、人生の修行場としてのタフな道のりです。
この2曲目で「私」は死者との交信に失敗し、自分が純粋さを失ってしまったことを知ります。
アルバムのこの後では、「私」の精神的な旅が描かれます。
この曲は、その旅の始まりを告げる曲なのです。
最後に
最後まで読んでいただいてありがとうございます。
“The Moon Cave”は、僕にとってアルバムの重要な楽曲の一つです。
皆さんはこの曲をどう感じましたか?
音楽は開かれたナラティブです。
リスナーの数だけ解釈や感想があって良いと思います。
是非皆さんの感想をコメントや「スキ」で教えてください。
この記事の解釈をお楽しみいただけたなら、ぜひシリーズの他の記事もご覧ください。
僕の視点が、Gorillazファンに"The Mountain"への新たな入り口を提供できれば幸いです。
Thank you for reading.
Next, the journey leaves the cave and enters a far more unsettling world.
I hope you’ll join me for the next step.
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