上諏訪の日本酒蔵めぐり。500mに5軒、歩いて飲みくらべる1日
上諏訪には、駅から歩いて10分ほどのあいだに、5軒の酒蔵が並んでいます。舞姫、麗人、本金、横笛、真澄。「諏訪五蔵」です。
しかも、車がいりません。5軒とも徒歩圏なので、飲み歩きができる。東京からならあずさで2時間ちょっと、朝に出れば夜には帰れます。日帰りでも、1泊でも。とにかく、歩いて飲める町です。
「ごくらくセット」という共通チケットを買うと、5蔵をめぐって飲みくらべができます。
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◉ 舞姫|駅から最初の蔵
上諏訪駅から歩いて、最初に着くのが舞姫です。

代表銘柄は「信州舞姫」、そして精米や造りにこだわった「翠露(すいろ)」。店内は広々としています。五蔵では、コイン式のサーバーで試飲ができます。コインを入れ、蛇口の下にグラスを構えてボタンを押すと、規定量が注がれる。舞姫では5種類を飲めました。

もとは味噌・醤油の醸造元「亀源」から分かれた蔵で、当初は「桜楓正宗」という銘柄でした。大正天皇のご即位を記念して「舞姫」に改名し、皇室への献上酒にもなっています。







株式会社舞姫/長野県諏訪市諏訪2-9-25
創業明治27年。代表銘柄:信州舞姫、翠露
◉ 本金|視線で、酒をつくる蔵
次は本金(ほんきん)。正しくは「酒ぬのや本金酒造」です。

家族中心の小さな造り酒屋で、看板は「からくち太一(たいち)」。かつての名杜氏・北原太一さんの名を継いだ酒です。試飲は4種類でした。



ここは、わたしが昔からお付き合いのある蔵です。この日は奥さまのちとせさんに声をかけて、久しぶりに蔵元にも会いました。
9代目蔵元の宮坂恒太朗さんは、杜氏を継いだあとにALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症しています。全身の筋肉がしだいに動かなくなっていく病気です。いまは車椅子とベッドの上で過ごしながら、視線で文字を入力するパネルを使って会話し、スマートフォンやパソコンを駆使して「本金」の酒造りを指揮し続けています。

頭の回転がとても速い人なので、パネルの操作がもどかしいことはあるはずです。それでも、使いこなしています。
その日、恒太朗さんはパネルを通してこう言いました。「この酵母は何だと思いますか。関さんならわかるはずです」。ちとせさんが運んできた酒を、ブラインドで利かせてもらったのです。ドキッとしました。
甘酸っぱい。低アルコール。……わからなくて、降参しました。
答えは、長野県のR酵母。2019年に生まれた、リンゴ酸を多く出す酵母でした。あれ以来、R酵母のことは忘れません(笑)。いま飲めば、すぐわかります!
一緒にいた太郎さんとりんくちゃんは、恒太朗さんたちとは初対面でしたが、楽しい時間になりました。そのあと、少しだけ蔵のなかも見せてもらいました。

蔵の見学や杜氏との対面は、ふつうはできません。この日はご縁があってのことでした。



酒ぬのや本金酒造/長野県諏訪市諏訪2-8-21
創業宝暦6年(1756年)。代表銘柄:本金、太一
◉ 麗人|日本酒の合間の、ビールが効く
麗人酒造。代表銘柄は「麗人」です。

ここも広い店内でした。訪ねたときはまだコロナの影響でついたてがあって、その中で一人ずつ飲むかたちでした。いまはもう、ないんじゃないかな。

麗人のおもしろいところは、日本酒だけでないこと。1999年から、地ビール「諏訪浪漫」も造っています。仕込み水は、諏訪の温泉と霧ヶ峰の伏流水。この日は1杯200円でビールが飲めました(値上がりしているかもしれません、そこはご容赦を)。

日本酒を飲みくらべている途中のビールって、最高にうまいですよね。おいしくいただきました。



麗人酒造/長野県諏訪市諏訪2-9-21
創業寛政元年(1789年)。代表銘柄:麗人。地ビール「諏訪浪漫」も醸造
◉ 横笛|風情のある、静かな売店
次は横笛。伊東酒造の代表銘柄です。

名前は、平家物語に出てくる横笛と斎藤時頼の悲恋の物語に由来します。売店はさほど広くありませんが、シンプルで、とても風情がありました。静かに酒と向き合える場所です。



伊東酒造(横笛)/長野県諏訪市諏訪2-3-6
代表銘柄:横笛。予約で蔵見学可
◉ 真澄|どこを切り取っても、絵になる
最後は、少し東南に離れて建つ宮坂醸造、真澄です。

蔵元ショップ「Cella MASUMI」は、どこを切り取っても写真映えします。お見事、というほかありません。暖簾の前でもいい、樽の前でもいい。店内は天井が高く、まるで美術品のギャラリーのような贅沢な空間です。


地元の作家さんを中心に、「お酒を楽しく飲める酒器」をテーマにした器のコーナーがあります。いろいろな材質の器が並んでいて、酒への想いの深さ、示唆の深さが伝わってきます。
発酵食品にも力を入れていて、あれこれ置いてある。試飲コーナーも心地よくて、ずっといたくなります。じっくり選べる場所です。


そしてこの蔵は、日本酒の歴史のなかで特別な場所です。1946年、真澄の諏訪蔵から「きょうかい7号酵母」が見つかりました。華やかすぎず、発酵力が強く、扱いやすい。全国の蔵に配られ、いまも多くの酒がこの酵母で造られています。近代の日本酒の土台をつくった酵母が、この蔵から出ました。

(この日、真澄では「七号サミット」というイベントに参加しました。七号酵母をめぐる会の様子は、別の記事に書いています ▼)


宮坂醸造(真澄)/長野県諏訪市元町1-16
創業寛文2年(1662年)。代表銘柄:真澄、MIYASAKA
◉ ところで、なぜ500mに5軒も
5軒を回ると、ひとつ不思議が残ります。どうして、こんな狭い範囲に酒蔵が集まっているのか。
上諏訪には、宿場町や城下町としての歴史もありますが、それよりずっと前から、この土地には信仰の歴史がありました。

諏訪大社は、全国に1万社以上ある諏訪神社の総本社で、日本最古の神社のひとつとされます。祭神は風と水の神であり、五穀豊穣を守る神。しかもこの一帯には、大社が今のかたちになるより前から、ミシャグジと呼ばれる古い土着の神への信仰が積み重なってきたといわれます。神が幾層にもなっている土地です。

その信仰と、酒は切り離せません。神事では、供えた酒を人が神とともに飲む。春宮では、米と小豆を炊いて一年の作物の豊凶を占う筒粥の神事がいまも続きます。米を神に捧げ、酒を酌み交わす文化が、この土地には古くからありました。醸造が根づく土壌は、宿場ができるより前に、信仰のかたちで用意されていました。

味噌も、醤油も、諏訪はずっと醸造の町です。その大もとに、大社がある。実際、真澄の「真澄」は諏訪大社の宝物「真澄の鏡」から取った名前ですし、本金の先祖は神社の神主を務めたと伝わります。蔵と大社は、もともと近いところにありました。
◉ なぜ、こんなに水があるのか
もうひとつの根は、水です。

諏訪といえば、諏訪湖。あれだけの水を、どうしてこの盆地がたたえているのか。答えは、足もとの地面にあります。
諏訪湖は、糸魚川静岡構造線という巨大な断層の動きで、地殻が引き裂かれてできた「断層湖」です。フォッサマグナの西の縁にあたり、大地の裂け目に水がたまってできた湖。そこへ、霧ヶ峰や八ヶ岳をはじめ2,000メートル級の山々に降った雨や雪が、30を超える川となって流れこみます。流域は、湖の面積の約40倍。山にしみこんだ水は、鉄平石を含む岩盤で長い時間をかけて濾され、伏流水となって町のあちこちに湧きます。

諏訪五蔵は、この水で酒を仕込みます。同じ霧ヶ峰の伏流水。5蔵に共通する、いちばん深い土台です。
冬になると、凍った湖面が割れてせり上がる「御神渡り」が起きます。地元では、上社の男神が下社の女神のもとへ通った跡だと言い伝えてきました。湖の氷にすら、神の話を重ねる。上諏訪の人たちは、御柱と諏訪湖とともに生きています。

そしてこの町は、高い。諏訪湖の湖面で標高759メートル、蔵が並ぶ甲州街道沿いも760メートルほどあります。諏訪盆地は、「日本の屋根」と呼ばれる長野のなかでも、いちばん標高の高い盆地です。冬の冷え込みは厳しく、寒造りには向いています。
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これは、上諏訪だけの話ではありません。長野は3,000メートル級の山脈にいくつも仕切られた土地です。山と山のあいだに盆地があり、その谷ごとに人が暮らし、水が湧き、酒が生まれてきました。だから蔵は、県内の各地に散らばっています。その数は約80。新潟に次ぐ、全国2位です。上諏訪のように蔵がかたまって飲み歩ける町は、佐久をはじめ県内に何か所かあります。
一つひとつは、小さな蔵が多い。日本酒の製造量はこの30年で大きく減り、酒蔵の数も全国で3分の2ほどになりました。存続の危ういところも、当然あります。だから長野は、M&Aや事業承継で蔵を次の世代へ渡す取り組みが、全国でも早くから動いてきた土地でもあります。前の日に立ち寄った下諏訪の御湖鶴も、一度途切れた蔵を県外の企業が引き継いで、世界一に返り咲いた蔵でした。
それでも、長野には歴史の長い蔵が数多く残っています。県内最古の酒千蔵野は、武田信玄が飲んだと伝わる1540年の創業。武将に愛された酒が、いまも各地で地元の人に飲まれ続けています。小さくても、古い。谷ごとに根を張って、その土地の人と生きてきた。それが長野の酒です。
そのなかで、上諏訪は特別です。諏訪大社という信仰の核があり、断層が生んだ湖と伏流水があり、5軒が徒歩圏にかたまっている。これだけの条件が重なる町は、長野でもここだけです。

◉ 五蔵を、どう回るか
飲み歩きに使うのが「ごくらくセット」です。
わたしが行ったときは2,500円で、オリジナルグラスと巾着つき。各蔵で4〜5種類ずつ、5蔵で20杯以上を飲みくらべられます。いまは3,000円に改定されているようです。有効期限はないので、1日で回っても、何日かに分けてもかまいません。どの蔵でも、観光案内所でも買えます。


◉ 同じ水から、5つの答え
飲みくらべていちばん面白いのは、同じ霧ヶ峰の水から、これだけ違う酒が生まれることです。
献上酒の歴史を持つ蔵、視線で酒を指揮する蔵、ビールも造る蔵、悲恋の名を継ぐ蔵、酵母のふるさとになった蔵。同じ条件から、5軒が別々の答えを出してきました。それが歩ける距離に並んでいる。飲みくらべというより、5つの考え方を順番に聞いていくような半日でした。

信仰があり、水があり、そのうえに酒がある。上諏訪に来たら、ぜひ5軒とも回ってみてください☺
※お酒は二十歳になってから
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