温泉が引かれていた城、長野・諏訪市の高島城
この城には、かつて温泉が引かれていました。
湯を通した導水管と、それを支えた石枡の遺構が確認されています。江戸時代の話です。上諏訪という町がどんな土地なのか、それだけで分かってしまう気がしました。

前の日、わたしは「真澄」の宮坂醸造で開かれた七号サミットにいました。翌朝、宿を出てパン屋さんへ寄り、そのまま歩いて高島城へ。城のあとは電動自転車で諏訪大社をめぐり、下諏訪町の諏訪御湖鶴酒造場まで足をのばして、夜は最終電車で東京に帰りました。城も酒蔵も、駅から歩ける。上諏訪のいちばんいいところです。
(前日の「七号サミット2023」の様子はこちら )
◉ 諏訪湖に浮かんでいた城
高島城を築いたのは、日根野高吉(ひねのたかよし)。豊臣秀吉の家臣です。1592年に着工して、完成が1598年。7年かかっています。
築いた場所は「高島」といって、当時は諏訪湖のほとりに島のように突き出していた土地でした。「浮島」とも呼ばれ、漁をする村がありました。高吉は、その村をまるごと移転させて、城を建てています。

できあがった城は、まわりを湖水と湿地に囲まれていました。まるで湖に浮かんでいるように見えたので、「諏訪の浮城」と呼ばれます。松江城、膳所城とならぶ日本三大湖城のひとつです。
いまは干拓が進んで、湖は城のそばまで来ていません。堀の水面に天守が映るのを見ながら、ここまで湖だったのか、と想像するしかありません。
◉ 地面がやわらかい城
湖のきわに城を建てるということは、地盤がやわらかいということです。
日根野氏は、木材をいかだのように組み、その上に石を積むという方法をとりました。当時の最先端の技術です。それでも石垣は傷みやすく、たびたび補修が要りました。
屋根も特徴的です。瓦ではなく、檜の薄い板を葺く柿葺(こけらぶき)でした。瓦は重い。やわらかい地面の上に、重いものは載せられない。土地の条件が、そのまま城のかたちを決めています。

7年という工期も、実はかなり無理をしたようです。地元には、労役が過酷だったという伝承や、石が足りず墓石や石仏まで使ったという話が残っています。
◉ 城下町をつくったのも、日根野だった
日根野高吉がしたのは、城を建てることだけではありません。
それまで諏訪の中心だった上原城のまわりにいた商工業者を、この地に移しました。そうして甲州街道の宿場町・上諏訪宿がつくられます。いまわたしが歩いている道は、そのときに引かれた道です。

日根野氏がここにいたのは、10年ほど。1601年に下野国へ移り、代わりに諏訪頼水(すわよりみず)が2万7千石で入りました。
諏訪氏の復帰です。もともとこの地を治めていたのは諏訪氏で、諏訪大社の大祝(おおほうり)を務める家柄でした。武田に追われ、いったんこの土地を離れ、そして戻ってきた。以後、高島藩は明治維新まで諏訪氏が続きます。

城をつくった人と、城を継いだ人が違う。よその武将が近世城郭と城下町の骨格をつくり、土地の一族がそれを受け取って200年以上使った。高島城の面白さは、たぶんそこにあります。
◉ 消えた天守が、戻ってきた
明治4年の廃藩置県で、高島城は高島県の県庁になりました。そして1875年、天守をふくむ建物の大部分が壊されます。残ったのは石垣と堀だけ。翌年からは高島公園として開放されました。

けれど諏訪の人たちは、城を諦めていません。
大正時代にはもう天守の再建運動が起きています。戦後にその声はさらに大きくなり、市民や諏訪出身者からの寄付が集まりました。1970年、天守・角櫓・冠木門が復興します。設計は、古社寺の保存に長く携わってきた工学博士の大岡實。

2020年には復興50周年の式典が開かれました。よそから来た城が、諏訪の人にとってのシンボルになりきっている。天守の受付でスタンプを押しながら、そんなことを考えていました。
高島城は、続日本100名城の130番です。スタンプは天守のなかにあるので、休館日は押せません。
◉ そして、酒蔵へ
天守の3階から諏訪の平を見わたして、外に出ます。
高島城の城下町だった上諏訪の、甲州街道沿い。わずか500メートルほどのあいだに、5軒の酒蔵が並んでいます。舞姫、麗人、本金、横笛、そして真澄。「諏訪五蔵」です。5軒とも、霧ヶ峰を源とする同じ伏流水で仕込みます。

なぜ、ここに酒蔵が集まったのか。
諏訪大社があり、高島城の城下町だった。神に奉る酒と、藩に献じる酒。その需要が、この町に醸造をつくりました。味噌も醤油も、諏訪は醸造の町です。
真澄を醸す宮坂家は、もともと諏訪家の家臣でした。戦国の世を経て刀を置き、1662年に酒屋になります。やがて高島藩の御用酒屋を務めました。銘柄の「真澄」は、諏訪大社の宝鏡「真澄の鏡」から取られています。
城と、神社と、酒。この町では、三つが同じ根から出ています。
そして1946年、その宮坂醸造の諏訪蔵から、きょうかい7号酵母が見つかりました。いま全国の多くの蔵が使う酵母の、ふるさとです。
——といったあたりの話は、別の記事に書きました。城を歩いたあとに読むと、たぶん少し景色が変わります。
DATA|高島城
長野県諏訪市高島1-20-1(高島公園内)
JR上諏訪駅から徒歩約10分
築城:1592〜1598年(日根野高吉)
1601年より諏訪氏が入封、高島藩として明治維新まで
1875年に天守などを破却、1970年に復興
続日本100名城(130番)/日本三大湖城
この旅で出会える蔵・地酒
宮坂醸造(真澄)/長野県諏訪市元町1-16
創業1662年。高島藩の御用酒屋。1946年、諏訪蔵から協会7号酵母が見つかった蔵。蔵元ショップ「Cella MASUMI」は上諏訪駅から徒歩10分ほど
諏訪五蔵(舞姫・麗人・本金・横笛・真澄)
甲州街道沿い、約500mのあいだに5軒。「ごくらくセット」を買うと、5蔵をめぐって飲み比べができる
諏訪御湖鶴酒造場(御湖鶴)/長野県諏訪郡下諏訪町3205-17
下諏訪町で唯一の酒蔵。2017年に前身の菱友醸造が破産したあと、福島県いわき市の磐栄運送が事業を引き継ぎ、2018年に再興。2021年、「御湖鶴 純米吟醸 山恵錦」がIWCのSAKE部門で最高賞のチャンピオン・サケに選ばれた。上諏訪から自転車で行けます















