死の淵で出会う人類の記憶:ユングの集合的無意識と臨死体験の接点
こんにちは。
西炎です。
今回はスイスの心理学者カール・ユングの集合無意識をテーマにしたいと思います。
カール・ユングとは?

カール・ユング(1875-1961)を一言で表すなら、「心の地図を最も深く、広く描こうとした冒険家」です。
彼は単なる精神科医にとどまらず、神話、宗教、錬金術、東洋思想、さらには占星術やUFO現象までを研究対象とした、非常に多才で謎めいた人物でした。
彼の人物像を理解するための4つのポイントをご紹介します。
1. 裕福ではないが、知的な孤独児
スイスの牧師の息子として生まれました。
幼少期は友達が少なく、一人で石と会話したり、自分の心の中に「もう一人の自分」がいると感じたりするような、内向的で想像力豊かな子供でした。
この「自分の内面をじっと見つめる性格」が、後の心理学の基礎となりました。
2. フロイトとの「運命的な出会い」と「決別」
心理学の父、ジークムント・フロイトと出会った時、二人は13時間もぶっ続けで語り合ったという伝説があります。
フロイトはユングを「後継者(皇太子)」と呼び溺愛しましたが、数年で決裂します。
フロイト: 無意識は「抑圧された性欲」のゴミ溜めだ!
ユング: いや、無意識は「人類の知恵や創造性」が眠る宝庫だ! この対立により、ユングは独自の「分析心理学」を打ち立てることになります。
3. 自らの「狂気」と向き合った時期
フロイトと別れた後、ユングは一時的に精神的な危機に陥り、奇妙な幻覚や夢に襲われます。
彼は逃げる代わりに、それらをすべて記録し続けました。
これが後に、彼が描いた美しい絵と考察が詰まった伝説の書『赤の書(The Red Book)』となりました。
4. 科学と神秘の境界線に立った人
ユングは医師でありながら、「理屈で説明できないこと」を否定しませんでした。
内向型・外向型: 今では当たり前のこの性格分類を作ったのはユングです。
東洋思想への傾倒: 『易経』や禅、ヨガを深く研究し、西洋的な視点に東洋の知恵を取り入れようとしました。
ユングの横顔(エピソード)
家を自分で建てた: チューリッヒ湖畔に「ボリンゲンの塔」という別荘を、自らの手で石を積んで建てました。そこには電気も水道もなく、彼はそこで薪を割り、思索にふける時間を大切にしました。
ユーモアがあった: 非常に知的でしたが、堅苦しい人ではなく、パイプをくゆらせながら冗談を言うような、温かみのある人物だったと言われています。
ユング自身も、1944年に心臓発作で倒れた際、強烈な臨死体験をしています。
彼は宇宙から地球を見下ろすようなビジョンを見、そこで「自分という存在の真実」に触れたと語っています。
ユングはこのような業績があります。
興味深いのはフロイトとの論争です。
無意識についてはどちらが正しいのでしょうか?
私はもう20年以上も瞑想で内観をしています。
そういう意味でフロイトのゴミ貯めであるという推測は確実に当たっていると思います。
直前に考えていたことを想念インパルスとして無意識は執拗に意識に送り出していることは何度も体験しています。
また逆にユングのいう宝の宝庫というのも正しいです。
そのインパルス信号によって突然人生の局面を変えるような気づきにつながることもやはり体験しています。
その場にいなかったので論争の内容はわかりませんが、私が思うに論争するほどの内容でもない気がします。
保存した器であることは変わりなく、その内容の評価で論争に至っているのであり枝葉末節であると思いますね。
また人間によって低俗であればゴミであるし、高尚であれば宝でもあるわけです。
所詮知れた論争でどちらでも構いません。
ユングの心理学理論
カール・ユング(C.G. Jung)の理論は、一言で言えば「人間の心がいかにして全体性(バランス)を取り戻し、本当の自分になっていくか」を追究した体系です。
彼は、フロイトが重視した「抑圧された性衝動」だけでは説明できない、もっと深く、前向きで、スピリチュアルな心の動きに注目しました。
主要なポイントを4つに整理して解説します。
1. 心の構造:意識・無意識・集合的無意識
ユングの最も独創的な点は、無意識を二層に分けたことです。
意識: 「私」と認識している部分(自我)。
個人的無意識: 個人の経験に基づく、忘却や抑圧された内容。
集合的無意識: 人類が進化の過程で共有してきた、生まれながらに持っている共通のイメージ(原型)の層。
2. アーキタイプ(原型)
集合的無意識の中に存在する「人類共通のパターン」です。
これらは神話や夢、そして臨死体験のビジョンにも現れると言われています。
ペルソナ: 社会的な顔(仕事用の自分など)。
シャドウ(影): 自分が認めたくない、自分自身の暗い側面。
アニマ/アニムス: 心の中に眠る異性の性質。
老賢者/太母: 知恵の象徴や、全てを包み込む(あるいは飲み込む)母親の象徴。
3. 自己実現(個体化)
ユング心理学のゴールは、「個体化(Individuation)」です。
これは、意識(自我)が、無意識の中に隠れた「シャドウ」や「アニマ」などの多様な側面を受け入れ、心の中心である「自己(セルフ)」へと統合されていくプロセスを指します。
ユングの言葉: 「無意識を意識化しない限り、それはあなたの人生を支配し、あなたはそれを運命と呼ぶことになる」
4. シンクロニシティ(共時性)
「意味のある偶然の一致」のことです。
例えば、「誰かのことを考えていたら、その人から電話がかかってきた」というような、因果関係はないけれど、主観的に強い意味を感じる出来事です。
ユングはこれを、「心の世界」と「物理的世界」がつながっている証拠だと考えました。
ここで興味深いのはシンクロですね。
ただしシンクロについてはユングの独創かどうかはわかりません。
天才邵康節が編み出した梅花心易

ユングの集合無意識に非常に近いのが梅花心易です。
「梅花心易(ばいかしんえき)」とは、中国の北宋時代、伝説的な儒学者である邵康節(しょうこうせつ)が編み出したとされる占術です。
ユングが提唱した「シンクロニシティ(共時性)」を、千年以上も前にシステム化したような、非常に直感的で鋭い占いとして知られています。
1. 最大の特徴:道具を使わない
通常の「周易」では、50本の棒(ぜい竹)やサイコロを使いますが、梅花心易は「目の前の現象すべて」を卦(記号)に変換します。
時間から出す: 「〇月〇日〇時」という数字を計算して占う。
音や数から出す: 「カラスが3回鳴いた」「客が2人入ってきた」といった数から占う。
方位や色から出す: 「南から赤い服の人が来た」といった状況から占う。
2. 「動けば占う」という哲学
梅花心易の根底には、「何かが動く(変化する)とき、そこには宇宙の意思(メッセージ)が宿る」という考えがあります。
例: > 友達から相談の電話がかかってきた「その瞬間」の時刻を使って、その問題の結末を予言する。
3. ユングの「シンクロニシティ」との関係
ユングは、中国の占いや思想に深く傾倒していました。
梅花心易はまさに、「外の世界で起きた偶然(カラスの鳴き声など)」と「自分の問い(悩み)」が、深いレベルでつながっているという、ユングの共時性理論を体現したような占術です。
意味のある偶然の一致: ユングがシンクロニシティを確信したように、梅花心易も「偶然起きた出来事には意味がある」と考えます。臨死体験中に見るビジョンも、単なる脳のバグではなく、宇宙や集合的無意識からの「意味のあるメッセージ」として捉える視点を提供できます。
世界を記号(シンボル)として読む: 梅花心易が「現象を卦に変換する」ように、ユングも「夢やビジョンを原型(記号)として解読」しました。両者は「目に見える現象の裏側にあるパターンを読み解く」という点で共通しています。
梅花心易の成り立ち(エピソード)
創始者の邵康節が、梅の花を見ている時に二羽の雀が争って地面に落ちるのを見て、「明日、近所の娘が梅を折ろうとして落ちて怪我をする」と予言し、見事に的中させたことから「梅花心易」という名がついたと言われています。
シンクロしたかどうかはどうでもいい問題

しばしば私の場合メールをもらいますが、シンクロの意味を勘違いしていて答えようがなく閉口することが多いです。というよりもシンクロを正しく理解している人を見たことがないんですね。
・黄色の服を着て友人と会うと友人も黄色の服だった
・携帯を購入した後に会った友人も携帯を買っていた
こういうことはどうでも良いことです。
意味のない偶然の一致でしょう。
私は龍雲などどうでも良い現象に何の興味もないですし、そんなことで騒ぎ時間を無駄にする趣味もありません。
梅花心易をかじると、宇宙の真理を感じるときがあります。
たとえば知り合いにその人の未来を相談されたとします。
その相談を受けているときに、カラスが鳴いたとき、この友人の未来は暗いなどというように的確に未来がわかることがあります。
あるいは知り合いに自分の離婚回数を当ててみてといわれて、そのときに部屋にある絵の内容から離婚回数を当てることができたりというような感じです。
カラスと未来とは本来関係ありません。
しかしもし関係するのであれば、カラスと友人の未来とは同じシステム上に存在することを意味します。
離婚回数と絵も同様です。
つまりこれらを推測すれば、宇宙全体で共通のシステムがあり、すべての存在するものはそのシステム上生きていることになります。
あなたは今日コンビニでおにぎりを買ったとしましょう。
そのおにぎりの個数やメーカー名はそのときにそのコンビニにいた人に影響を与えているのかもしれませんね。
あなたが今日車を運転したとしましょう。
その車にはナンバーがあり、あなたの今日の運転は車の近くにいた無数の人の人生に影響を与えたわけです。
つまり一人で生きている人は絶対に存在せず、すべての存在は一見何の関係もなくても相互に行動1つずつ相互に影響を与えているというわけです。
もしあなたの人生が現状満足できないものであれば、それは今まであなたのそばを通った人が悪かっただけかもしれません。
ユングの集合無意識と臨死体験

ユングの「集合的無意識(Collective Unconscious)」について、今度はより本質的なイメージが掴めるように、3つのポイントで分かりやすくお伝えします。
一言でいうと、それは「心の奥底にある、全人類共通のOS(オペレーティングシステム)」のようなものです。
1. 心の「地下水脈」というイメージ
私たちの心は、表面上は個別の「島」のように見えます。
しかし、海の底深く(心の最深部)では、すべての島が巨大な一つの大陸でつながっています。
意識: 海面に出ている島(「私」という自覚)。
個人的無意識: 波打ち際の下にある、その人独自の思い出や忘れた記憶。
集合的無意識: 海の底の地殻。人類が数百万年の歴史の中で積み上げてきた、共通の反応パターンやイメージの貯蔵庫です。
2. なぜ「集合的」なのか?(遺伝する心)
この無意識は、後から学習して身につけるものではありません。
「生まれつき備わっているもの」です。
例えば、一度もヘビを見たことがない赤ん坊がヘビを怖がったり、全く異なる文化圏の子供たちが同じような「怪物」や「英雄」の夢を見たりするのは、この集合的無意識の中に「原型(アーキタイプ)」という共通の型が刻まれているからだとユングは考えました。
3. 具体的な「型(原型)」の例
集合的無意識の中には、以下のような共通のイメージが眠っています。
グレートマザー(太母): 全てを包み込み育むと同時に、全てを飲み込む恐ろしい母親のイメージ。
オールド・ワイズ・マン(老賢者): 迷った時に現れる知恵の導き手。
シャドウ(影): 自分が認めたくない、心の闇の部分。
臨死体験(NDE)とのつながり
臨死体験において、この集合的無意識は非常に重要な役割を果たします。
世界中の人々が、文化や宗教を超えて「まばゆい光」「亡くなった親族」「お花畑」「トンネル」といった共通のビジョンを見るのは、死に直面して個人の意識が消えかかったとき、心の最深部にある「人類共通の死と再生のプログラム(集合的無意識)」が発動するからだ、と説明することができるからです。
ユングの集合無意識と道教の本物の霊符

日本ではさまざまな霊符が伝わっています。
・陰陽道系
・修験道系
など種類はありますが、その源流はすべて中国道教といって過言ではありません。
日本に伝わっている霊符というのは書いて飾っても何も起きません。
たしかに一部開運系で本物のものもあり、未来が良くなることはありますが、即座に何か超絶的な体験が起きるわけではないです。
しかし中国道教の最奥の本物の霊符は次元そのものが違い、書いて額に貼ったときに生きたままあの世に移行します。
つまり強制的に臨死体験をします。
本場中国の道士でも知る人はかなり少ないはずです。
その間に見るものは
・川
・河原
・木
・神仏
などというようにいわゆる臨死体験で見たとよく聞くものが多いです。
ここからユングのいう共通の記憶があり、それが集合無意識であるというのはわかる気がします。
本当は集合無意識のさらに奥にもう1つ最大の意識が存在するのですが、それはもはや物質でも半物質でもない純粋な意識の領域です。
ちなみにこの道教の霊符を使うと、あの世の自分の家という場所に行けます。
そこで家の掃除をしたりすると金運が上がったり、他の運も上がるようになります。
人間は死後3日ほどこの世に滞在するようです。
・死亡直後その場に漂う
・数時間すると生前縁のあった知人の場所に行く
・その後臨死体験をする
・3日もするとあの世に移行する
あの世のは記憶や体験の整理する場所です。
何の記憶もそこではとどめることもできません。
死後3年で転生してくるのですが、ごくごくまれに偉大な人生を送った人は転生まで数十年かかるようです。
ですのでユングのいう集合無意識というのは物質意識で最後に体験する夢のようなものだと思います。
まだ意識が完全に整理されていないタイミングで見るものということですね。
さてこの集合無意識を利用してさまざまなことを現実化するという術もキリスト教、あるいは西洋魔術では伝わっています。
聖杯なども使うのですが、西洋も東洋も頭の良い人がいきつく結論は同じということですね。
