見出し画像

ミラノの出会い(フランス恋物語79)


Octobre

9月にプロヴァンス地方(アヴィニヨンアルルニーム)や、ストラスブールナンシー、シャトー・ティエリなど、旅行の予定を詰め込んだら、あっという間に10月になってしまった。

9月の旅で特に印象に残ったのは、シャトー・ティエリでミカエルと再会し、幸福な時間を送ったことだ。

「素敵な思い出が残ればいい」と割り切っている自分と違い、ミカエルは盛り上がってしまったようで、私がパリに戻ってからも何度も熱烈なメールを送ってきた。

私だって・・・ミカエルのことは大好きだし、できることならずっと一緒にいたい。

しかし彼はパリから離れた所に住んでいるし、今月末に私は帰国を予定している。

この状態でどうしろっていうの!?


「10月末までのパリに住んでいる間、ヨーロッパ圏の気になる場所に行っておく」とミッションを掲げた私は、それを遂行することで頭がいっぱいだった。

10月に入ると、5日~8日に行く北イタリア一人旅の準備に大忙しだ。

ミカエルには気のいい返事をしていたが、「もう会うことはないだろうな」と私は冷めた考えをしていた・・・。

Milano

10月5日の朝。

北イタリアの旅でまず降り立ったのは、ミラノだった。

パリから飛行機で1時間のミラノは、国内旅行の感覚で行けるから嬉しい。

Milano(ミラノ)
ミラノは北イタリアに位置し、商業・工業・金融・観光の街として国際的に著名な都市である。
ミラノ・コレクションなどで知られるように古くから服飾・繊維産業などファッション関連の産業が盛んな土地柄であるが、近年は航空産業自動車産業、精密機器工業なども発達しており、イタリア最大級の経済地域を形成している。
中世の時代ミラノ公国の首都として栄え、ルネサンス期にはフィレンツェと並ぶ黄金期を迎えた都市でもあることから、観光は、歴史・美しい街並み、芸術など様々な見どころを堪能できる。

ミラノは有名なドゥーモレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」が見たくて、絶対行って見たい都市の一つだった。

団体ツアー

旅の初めの観光は、珍しくツアー予約をしていた。

その理由は「最後の晩餐」目当てで、これが描かれているサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会に入るのに個人予約は難しいが、「ツアー利用なら直前でも行ける」と聞いたからだ。

元々団体旅行は好きではなかったが、何も考えず受け身で観光できるのは、一人旅に疲れ気味の私にちょうど良かった。


しかし・・・ツアーバスに乗り込むと、私はなんともいえない孤独感に襲われた。

周りを見渡すと、参加者はヨーロピアンと日本人が半々という顔ぶれだったが、みなカップルか家族連ればかりで、一人参加は私だけのようだった。

しかも、イタリアは日本人の”ハネムーンランキング1位”の常連国だけあって、私以外の日本人は新婚旅行のカップルばかり。

まぁ私だって元夫との新婚旅行はフランスだったし、似たようなものだったが・・・。

唯一の仏語話者

そんなことで凹んでいても仕方がないので、私は空しい気持ちを捨て、ガイドの話に集中することにした。

イタリア人の男性ガイドは伊英仏が話せるトリリンガルで、最初に英語でこう質問した。

「私は英語でもフランス語でも説明ができますが、この中でフランス語希望の方はいますか?」

私は勢いよく手を挙げたが、20人ぐらいいる参加者で仏語話者は私一人だった。

「なんで100%見た目日本人なのに、英語よりフランス語?」・・・日本人カップルにはそう思われたのかもしれない。

私は空気を読んで、「説明は英語で結構ですが、質問はフランス語でします。」とフランス語でそのガイドに伝えた。

フランスに来てから日本にいた時に比べて英語もだいぶ聞きとれるようになっていたが(というか、前がひどすぎた)、自分が話す場合は、断然フランス語の方が自然で楽だった。

1週間後にはマルタ島に英語留学する予定なのに、これじゃダメなんだけれど・・・。


このツアーで回ったのは、スフォルツァ城「最後の晩餐」のあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィレ教会、スカラ座、ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア(ガラス天井がとても美しいアーケード)、そして、ミラノのドゥオーモ・・・という行程だった。

L'Ultima Cena

教会内の「最後の晩餐」がある空間に案内されると、ガイドによる説明があり、それを聞き終わると参加者は自由に見る時間を与えられた。

L'Ultima Cena】(最後の晩餐)
レオナルド・ダ・ヴィンチの作品の一つ。
キリスト教の新約聖書のうちマタイによる福音書第26章やヨハネによる福音書第13章等に記されているイエス・キリストと12使徒による最後の晩餐を題材としたもので、「12使徒の中の一人が私を裏切る」とキリストが予言した時の情景が描かれている。
絵は、ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂に描かれたもので、420 x 910 cm の巨大なものである。
レオナルドは1495年から制作に取りかかり、1498年に完成している。
「レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院」として、世界遺産に登録されている。
レオナルドは、遠近法、明暗法、解剖学の科学を駆使し、それまでとはまったく違った新しい芸術を生み出した。

「最後の晩餐」を見ることはもう一生ないだろうと思い、私は絵の真ん前に立ってずっと見つめていた。

向い側の壁に描かれているモントルファノの「キリストの磔刑」も気になりつつ、そちらはちゃんと見なかったのが少し心残りだったが・・・。

でも、有名すぎる「最後の晩餐」を間近でじっくり見ることができたのは、人生の財産が一つ増えたといえるくらい貴重な経験だと思った。  

ガイドから「次に移動しますよ」という声がかかり、教会を出ようとすると、ある日本人男性に声をかけられた。

「あの、一人で来ているんですか?」

・・・振り返ると、声の主は60歳ぐらいの西田敏行似の男性だった。

「えぇ、そうです。

今パリに住んでるんですが、友達と予定が合わなくて・・・。

仕方がないから一人で来ました。」

返事をしながら「あれ、日本人って新婚旅行カップルだけじゃなかったっけ?」と思い、彼の隣を見ると、谷原章介似(40歳くらい)のイケメンが立っていた。

私はこの不思議な二人の組み合わせに興味を持った。

西田敏行(仮名)はスーツなのに、谷原章介(仮名)はシャツにスラックスというカジュアルな格好・・・ということは?

「あの、もしかして、お二人は接待とか、そんな感じですか?」

日本人同士の気安さから、初対面なのに私は不躾な質問をした。

「えぇ、そんなもんです。僕は接待する方で、彼はされる方。」

西田敏行(仮名)は、笑顔でノリよく返答をしてくれた。

異端同士

その後も、ツアーの途中で顔を合わすと彼らと軽い雑談をした。

”新婚旅行カップルばかりの日本人コミュニティ”の中で、異端だった私たちは変な仲間意識を持ちつつあった。

「もう一人でご飯を食べたくない!!」

今まで行ったフランス国内旅行やスペイン旅行でそう痛感した私は、このツアーが終わったら、あの二人をランチに誘おうかと考え始めていた。

一応向こうは仕事中だし大人の男性二人組だから、”ランチが終わったら即解散”で、変に誘われることもないだろうと思ったのだ。


ツアー中最後の観光スポットであるミラノのドゥオーモを見終わると、ガイドから解散の合図があった。

私は西田敏行(仮名)に近付き、「一人でご飯を食べるのは寂しいので、良かったら一緒に食べませんか?」とストレートに言った。

突然の申し出に彼らは驚いていたが、すぐ笑顔になって「えぇ、喜んで。」と快諾してくれた。

私が安心するようにとそれぞれ名刺をくれ、彼らの名前は、西田敏行(仮名)は山田さん、谷原章介(仮名)は北原さんだということが判明した。

会社名を見ると、二人は貿易関係の仕事をしているようだった。

Pranzo

連れて来られたのは、ガッレリア内にある高級そうなイタリアンレストランだった。

「あ、あの・・・。こんな高そうな店、私払えません。」

そう言うと、山田さんは人懐っこい笑顔でこう言った。

「大丈夫ですよ。これは僕の会社の経費で落ちるので。

安心してどんどん食べてください。」

その言葉を聞いて、私は遠慮なく頂くことにした。

「イタリア料理は何食べても美味しいだろう」と思い、注文は彼らにお任せする。

二人の様子を見ていると、北原さんがミラノ在住のようで、流暢なイタリア語でウェイターに注文していた。

それを見て、「フランス語もいいけど、イタリア語の音の響きもいいな」と思った。


美味しい料理を食べながら、私たちの会話は弾んだ。

二人とも紳士で優しくて、「一人旅の孤独な食事」を覚悟していた自分にとって、天国のような時間だった。

食事が終わると、山田さんは次の取引先とのアポがあると言って、急いで駅の方向に向かって行った。

レストランの前でその姿を見送りながら「あぁ、これでまた単独行動か・・・」と思っていると、北原さんがこんなことを言ってきた。

「レイコさん、これから午後も一人で観光するんでしょ?

良かったら、僕が案内しますよ。

ミラノ市民なので、遠慮なく何でも聞いてください。」

私は驚いたが、名刺をもらって身元は判っているし、「もう一人旅はイヤだ」という気持ちから、その申し出を受けることにした。

それに、彼の落ち着いた大人の佇まいと、美しいイタリア語の発音もいいなと思ったし・・・。

「本当ですか?すごく嬉しいです。

それじゃ今日一日、よろしくお願いします。」

北原さんの爽やかな笑顔が、さらに安心感を与えていた・・・。

Museo Poldi Pezzoli

「ガイドブックで、『ポルディ・ペッツォーリ美術館が、ミラノで観光客人気No.1の美術館』と書いてあったのですが、北原さんは行ったことありますか?」

私が尋ねると、彼は笑顔で応えた。

「あぁ、あそこは僕も大好きですよ。

是非行きましょう。」

レストランから10分も経たない所に、その美術館はあった。

【Museo Poldi Pezzoli】(ポルディ・ペッツォーリ美術館)
元はミラノの貴族であった美術収集家ポルディ・ペッツォーリの私邸で、1879年にポルディ・ペッツォーリが亡くなると、コレクションとともにミラノ市に寄贈された。
絵画、ガラス工芸、陶磁器、日時計、刺繍作品、家具などを展示している。ピエロ・デル・ポッライオーロ『若い貴婦人の肖像』サンドロ・ボッティチェッリ『聖母』は有名。

ここに来て一番感動したのは、ボッティチェリの『聖母』があることだった。

絵画以外にも、武器やタペストリー、宝石など、貴族ならではの豪華なコレクションが展示され、私はそれらを興味深く眺めた。

傍らで一緒に見ていた北原さんが尋ねた。

「どうですか?ここは気に入りました?」

私は彼の方を振り返りながら答えた。

「えぇ、それはもう。

ミラノの貴族がどんな生活をしてるのか想像できて楽しいです。」

北原さんは、この美術館の別の魅力も教えてくれた。

「ここは展示品も良いけど、インテリアも良くて、その点も見てほしいんだよね。

ほら、2階に上がる螺旋階段の中央のスペースに小さい池があったり・・・。

こういうの見ると、『さすが貴族の館だな』って思うでしょ?」

・・・確かに言われてみると、そうだ。

「いいですね。”家の中に池”だなんて憧れます。

あと、内装が私の好きなアールヌーボーのテイストを取り入れているみたいで、その点も気に入りました。」

”アールヌーボー”という言葉に、北原さんは反応した。

「アールヌーボーいいね。僕も好きだよ。」

・・・こうして私たちはアールヌーボーを発端に、ヨーロッパ文化の話題で意気投合したのだった。

 Duomo di Milano

ポルディ・ペッツォーリ美術館を出ると、私たちはドゥオーモを目指して歩いた。

午前中のツアーでドゥオーモの中は見学したが、屋上には昇らなかったので、夕方に昇ろうと決めていたのだ。


歩きながら、私は今日の午前中に見たドゥオーモの感動を興奮気味に話した。

「私、フランスで色んなカテドラルをいっぱい見てきましたが、ミラノのドゥオーモみたいなのは初めてです。

壁が白や淡いピンクの綺麗な大理石で構成されていて、その色がとても優美で女性的で、まさに私好みだと思いました。

このドゥオーモの美しさは別格ですよね!!」

私の絶賛を聞くと、北原さんもその意見に賛同した。

「そんなに僕の街のドゥオーモを褒められると、嬉しいよ。

僕はフランスは詳しくないけど、イタリア国内のカトリック建築はたくさん見てきた。

その中でも、やっぱりここが一番だね。」

イタリアに詳しい北原さんお墨付きのドゥオーモなら、ここは間違いないと思った。


ドゥオーモの1階からエレベーターに乗り屋上へ出ると・・・そこには長い歴史を感じさせるミラノの街が広がっていた。

夕陽に照らされるその景色は美しかったが、私が気になったのは、天を突きささんばかりの尖塔の上に乗ってる聖人たちの彫像だった。

「北原さん、あの人たち、聖人っていうより、仙人って感じじゃないですか?

漫画に出てきそうな、武道の達人が棒の上に立ってる感じ。」

私が日本人にしか通じなさそうなネタを言うと、彼は大爆笑した。

「レイコさん、面白い発想するね。

確かに言われてみたら、仙人に見えなくもない。」

落ち着いた雰囲気の北原さんが爆笑するのは意外だったが、彼の中の少年っぽい面を見付けて、私は少し惹かれるのを感じた・・・。


Cena

連れて行ってもらったお店は、シーフードの美味しいイタリアンだった。

「ディナーの代金を半分払う」と言ったのだが、北原さんが「年下の女の子には払わせることはできない。」と言うので、結局お言葉に甘えることにした。


食事の終わりに近付いた頃、北原さんは明日からの私の旅程を尋ねた。

私は3泊4日でミラノ・フィレンツェ・ベネチアを回るつもりであること、ホテルは全て予約してあること、そして明日の朝にはミラノを出て、フィレンツェに向かうことなどを話した。

・・・北原さんは少し考えた後、驚くような提案をしてきた。

「良かったら、僕にもその旅行を同行させてくれないかな?

フィレンツェもベネチアも行ったことあるけどだいぶん前だから、久しぶりに行ってみたいなと思ってたんだ。

レイコさんは美術にも詳しいし、話が合うから一緒に行ったら楽しそうだし。

あと、イタリア男はナンパがひどいから、レイコさんみたいな綺麗な女性の一人旅は大変だよ。」

私は一人旅がイヤだし、今日一緒に行動して北原さんに心を許していたので、それも悪くないな・・・と考え始めていた。


でも、一つだけ気になることがあったので、それだけは確認しておこうと思った。

「北原さんは、奥さんとか彼女はいないんですか?

たとえ宿泊が別だとしても、自分のパートナーが女性と一緒に旅行だなんていい気はしないと思うのですが・・・。」

”こんな素敵な男性に相手がいないはずない”と、私は思っていた。

予想外の質問に、彼は驚いたようだった。

「僕は結婚していたけど、5年前に離婚したよ。

結婚していた時は日本にいたんだけど、『イタリアに行って事業をしたい』と言ったら大反対されてね。

でも僕はどうしても諦められなくて、妻と別れて単身ミラノにやってきた。

彼女がいたことはあったけど、今は一人だよ。

それがわかったら、一緒に行かせてくれるの?」

・・・そこまで言われると、断れなくなってしまった。

「わかりました。では、明日からもお願いします。」

その返事を聞くと、彼はにこやかに微笑んだ。

Giapponese

北原さんはホテルまで見送ってくれると、「明日朝8時に迎えに行くね。」と言って帰っていった。

当たり前のことだが、彼はフランス人ではないので、ビズもキスもしない。

「やっぱり、日本人男性はお堅いよね。

フランス男みたいに簡単に恋愛に発展しないはずだから、大丈夫。」

そう安心して、私はこれからの旅を送るつもりでいた。


しかし、イタリア生活の長い彼はその枠に当てはまらないことを、私は後で知ることになる・・・。


いいなと思ったら応援しよう!

Sayulist(さゆり)@Kindle作家ベストセラー二冠👑 面白いと思ったらチップで応援よろしくお願いします。