窮地に立たされたアルルの女(フランス恋物語72)
Arles
9月中旬、私は3泊4日で南仏プロヴァンスへ一人旅に来ている。
2日目の今日はアルル観光の日だ。
アルルは、正直そこまですごく行きたい街ではなかった。
アルルのローマ時代の遺跡とロマネスク様式建造物が世界遺産になっていて、アヴィニヨンとニームの中間地点だし、まぁせっかくだから寄ってみるか、といった動機で立ち寄ったのだが・・・。
結果的に、アルルに立ち寄ったせいで私はとても怖い思いをした。
de Avignon à Arles
9月18日の朝。
アヴィニヨンのホテルの窓を叩く雨音で、私は目覚めた。
一応折り畳み傘は持って来たが、靴は普通のスニーカーだし、予想外の雨にテンションが下がる。
9:49アヴィニヨン発→10:06アルル着の電車で移動した。
電車に乗ってる間に雨は止んだが、アルルに着いてからも空は怪しい雲行きだった。
チャラ男
アルルに着くと街の中心部に行き、まずは予約しておいたホテルにチェックインしに行った。
ホテルの受付のお兄さんはイケメンだが、ホテルマンにあるまじきチャラい印象で、私は不安になった。
その予感は的中し、カードで宿泊費を払うと、そのチャラ男は本来の値段より1ユーロ多くカードの機械に金額を打ち込んでいた。
私が抗議すると、「あぁ間違えた。ごめんごめん。」と言い1ユーロを返したが、その態度には全く誠意が感じられない。
これで全くフランス語が話せない人ならぼったくられるんじゃないかと思うと、私はこのホテルに不信感を抱いてしまった。
その後、チャラ男はホテルの注意事項を言った。
「21時になったらこのホテルの扉は施錠されるので、21時以降はこの暗証番号を押して入ってください。」
そう言って彼がメモした暗証番号は自己流の数字で、とても読みにくかった。
大事なことなので、私はしつこいくらい何度も数字を聞き直した。
チャラ男はめんどくさそうに答えた。
「よくこんなのでホテルマンが務まるな。」
私は今まで世界中の色んなホテルに泊まったが、ここまで感じの悪いホテルマンに当たったことはない。
立地良し、内装はオシャレ、ロビーのパソコンでネットができる、私が重視するバスタブもある・・・など、建物や設備そのものは良いのに、あのチャラ男のせいでホテルの印象が悪くなり非常に残念だ。
この後、このホテルのせいで今までにない恐ろしい目に遭うとは、私は夢にも思わなかった・・・。
Les Arènes
ホテルの部屋に荷物を置くと、雨の降らないうちに見ておこうと、ローマ時代の遺跡の円形闘技場へ行った。
曇り空の下を歩きながら、「暑さにダレてた昨日を思うと、雨は絶対イヤだが、曇りぐらいがちょうどいいのかもしれない」と私は思った。
【Les Arènes】(円形競技場)
古代ローマ時代のアンフィテアトルムの一つで、1世紀末頃に建造された。当時は3層構造で2万人を収容できたとされるが、現存するのは2層のみで、最上層は失われている。
それでも、アルルに現存する古代ローマ遺跡の中では最大のものである。
現在では闘牛や各種イベントに使われている。
紀元前に建てられたものが今でも残り、現在もイベントに使われていると聞いて、その歴史的価値だけでなく、現代でもその施設を上手に活用しているフランス人はすごいなと思った。
闘技場を出て少ししたら雨が降ってきたので、傘を差して次の目的地に急いだ。
L'église St-Trophime
次に入ったのは、ロマネスク建築が世界遺産に登録されているサン・トロフィーム教会。
【L'église St-Trophime】(サン・トロフィーム教会)
アルルの聖トロフィムスの聖遺物が納められている教会。
現在の建物の基本は11世紀から12世紀にかけて建造されたものであり、もともとは大聖堂(司教座聖堂)であった。
その後改築を経て現在の形になったが、1801年に小教区教会に格下げされた。
正面入り口のポルタイユは、ロマネスク期の美しい彫刻で飾られている。また、回廊の柱に刻まれた彫刻の数々も有名である。
この教会は、中庭を臨む回廊が有名なのだが、大雨の中で見学したら、ロマネスク様式というよりは、カンボジアの遺跡を思い出した。
晴天の中これを見たらまた違う印象になってたのかもしれない。
Thermes de Constantin
遅めのランチを食べてから、ローヌ川沿いの、ローマ時代の遺跡”Thermes de Constantin”(コンスタンティヌスの公衆浴場)を見に行った。
私はローマ観光をしたことがなかったので、ローマ時代の大衆浴場の遺構を見るのは、これが初めてかもしれない。
「昔この地もローマ帝国の支配下にあった」というのは世界史で知っている知識だが、実際に遺跡を見てみると不思議な気持ちになった。
【Thermes de Constantin】(コンスタンティヌスの公衆浴場)
コンスタンティヌス1世の治世下で建造された公衆浴場。
現存する遺構はカルダリウム(湯の部屋)、テピダリウム(ぬるま湯の部屋)、サウナ室のみである。
コンスタンティヌスの公衆大浴場は、外柵超しからもよく見えたので、わざわざ入るほどでもなかった。
・・・なぜこんな感想なのかというと、大雨の中、傘を差しながらの観光が本当に大変だったからだ。
大雨にすっかり参ってしまった私は、今すぐホテルで休みたくなったが、最後の気力を振り絞り、屋内にあるアルラタン博物館だけ行くことにした。
Musée Arlaten, Museon Arlaten
アルラタン博物館は、館内の展示品より、中庭のローマ時代の遺構が印象に残った。
【Musée Arlaten, Museon Arlaten】(アルラタン博物館)
館内には、ミストラルが収集したアルルの風俗、文化にまつわる品々が展示されており、昔の住居を再現した部屋もある。
また、古い民具や美術品のほかにも、フェリブリージュ運動やプロヴァンス文化に関する様々な資料も収められている。
中庭には2世紀の小集会所 (exedre romain) の遺構(石畳と腰掛)が現存しており、世界遺産に登録されている。
この博物館のいい思い出は、民俗衣装を着たお姉さんに写真を撮らせてもらった時、彼女の笑顔がとても素敵だったことだ。
もう早く休みたかったので、博物館を出ると、スーパーで晩御飯と朝御飯用のパンを買い、ホテルへ戻った。
L'eclairage
ホテルで仮眠を取り、昨日と同様20時に起きて、夜景を撮りに出かけた。
ライトアップされた円形闘技場の周りをぐるりと一周したが、雨のせいだろうか、アルル一の観光名所のはずなのにひっそりとしてて寂しい感じだった。
Le problème
私がホテルに戻ったのは、20:48。
・・・ここで、この旅行最悪の恐ろしい事件が起きた。
「夜間に閉まる外側のドアの、解錠コードのメモを忘れた」
受付のチャラ男は「ここを閉めるのは21時」と確かに言っていた。
しかし、さすがいい加減な国のフランス。
その時の気分次第で、早めに閉めてしまったようだ。
なんとなく思い出した数字を押してみたが、初めの3文字ぐらいしか思い浮かばない。
「そういえば、ホテルの電話番号を書いたメモを持ってたな」と藁をも掴む思いで電話したら、昨夜宿泊したアヴィニヨンのホテルに繋がった。
他の紙も探してみると、やっとここのホテルの番号を見付けた。
しかし電話をかけてみると、ドアの向こう側から着信音が空しく響くだけ・・・。
「おい、チャラ男、仕事しろよ!!」
ダメ元で力いっぱいドアを叩いてみたけど、それは徒労に終わった。
ふと道路の向こう側に目をやると、物乞いのおじいさんの姿が見えた。
私はちゃんとホテル代を払ったのに、夜外出したばかりに今夜は彼と同じ運命を辿るのか・・・それだけはイヤだ。
「まだ21時だし、さすがに他にも出かけてる客はいるだろう。
彼らが戻って来た時に一緒に入ればいいし。」
そう思えば、最悪の事態は避けられそうではある・・・。
それでも、この寒空の下、大して人通りのない道で女一人で待つのはとても心細い。
「待てよ・・・もう一度冷静に番号を思い出してみよう。」
受付のチャラ男の手書きの数字が読めなくて、何度も聞いて自分で書き直した時の感覚を、私は思い出そうとした。
「7・5・0・1・6・・・3?」
と押してみると、"75016"の時点でブザーが鳴り、分厚い木の扉は開いた。
あぁ、助かった・・・。
怖い思いをした私は軽くホームシックにかかり、残りの予定をキャンセルして、パリの自宅に帰りたくなった。
明日・明後日は本命のニームの闘牛だし、ファビアンと約束もしているから中止する訳にはいかないが・・・。
でも、ニームさえ行けば、夜はファビアンとその彼女と闘牛観戦するし、孤独な一人旅は今日で終わりだ。
そう・・・ニームさえ行けば大丈夫。
私は自分に言い聞かせながら、眠りについた。
しかし、このプロヴァンス旅行はトラブルが続き、私は疲労困憊するのである・・・。
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