ナンシーの旅(フランス恋物語77)
de Strasbourg à Nancy
9月25日。
ミヅキちゃんとの2泊3日旅行2日目の今日は、ナンシー観光の日だ。
ストラスブールから電車で西に約1時間30分、ロココとアールヌーボーの街、ナンシーへ移動した。
Nancy
”Nancy”・・・この英語圏の女性のような地名はフランスっぽくなくて、私はあまり好きではなかった。
この違和感ありまくりの名前の街に自分が行くことになったのは、他でもない「”Art nouveau”(アールヌーボー)建築や作品が見たい」・・・ただそれだけだ。
同じくミヅキちゃんもアールヌーボー好きなので、ストラスブールに行くついでにナンシーに行く計画に賛成していた。
【Nancy】(ナンシー)
パリから西に380kmほどの場所に位置するローレヌ地方の中心都市。
元ポーランド王・スタニスラスが18世紀にフランスへ亡命し、ローレヌ地方を統治したことで繁栄した街である。
現在はスタニスタス広場、カリエール広場、アリアンヌ広場の3つが合わせて世界遺産に登録されている。
また、アールヌーヴォー発祥の地でもあるナンシーを歩けば、至るところで美しい装飾に出合える。
ナンシーの駅前に出てみると、近代的なビルが立ち並び、何の変哲もない風景の街に、私たちは肩透かしを食らった。
Place Stanislas
まずはホテルに荷物を預け、ランチのレストランを求めて観光の中心地であるスタニスラス広場を目指して歩く。
【Place Stanislas】(スタニスラス広場)
広場の設計はナンシー出身の建築家エマニュエル・エレで、ゴールドに輝く噴水や、門を彩るきらびやかな装飾は、金具工芸職人のジャン・ラムールによるもの。
18世紀に生まれたロココ様式は曲線を多用した豪華な装飾で多くの貴族の邸宅を彩った。
その丸みのある優美なスタイルは、その1世紀のちに生まれるアール・ヌーヴォーにも影響を与えた。
スタニスラス広場の手前の通りで、テラスの客が多くて料理も美味しそうなレストランがあったので、私たちはここでランチを食べることにした。
着席すると、ミヅキちゃんが尋ねた。
「何食べようか?
昨夜のストラスブールのベックオフは結構重かったよねぇ。」
私は隣のテーブルで客が食べている料理に目を付けた。
「あのグラタンみたいなのが美味しそうじゃない?
あれと同じ物を頼んでみようか。」
結論から言うと・・・この選択は失敗だった。
上にのってるチーズが匂いにクセがあって好きじゃない、しかもその中身はじゃがいもと肉で、昨夜食べたベックオフと変わらないではないか。
私たちは胃もたれを起こしそうで、やむなくそのグラタンを残した。
「なんか適当に頼んで、ハズレをひいちゃってゴメンね。」
私が謝ると、ミヅキちゃんは笑顔で流してくれた。
「いいよいいよ。私も美味しそうって思って選んだんだから。
晩御飯はもうちょっと慎重に選ぼう。」
私は、パリのうちに帰ってうどんが食べたいと思った。
Art noubeau
食事を終えると観光案内所に行き、美術館割引・トラム・バス乗車券2回分・オーディオガイド無料などの特典がある「ナンシー・シティ・パス」を購入した。
まずは駅の反対側まで足を延ばし、アールヌーボー建築で有名なマジョレルの家に入った。
【La villa Majorelle】(マジョレル邸)
1901〜1902年に建てられた、ナンシー派の家具職人ルイ・マジョレル(Louis Majorelle1859~1926年)のアールヌーボー様式の邸宅。
マジョレルは、エクセルシオールの調度品を手掛けたことでも有名である。
この邸宅の設計はパリの建築家アンリ・ソヴァージュによるが、内装は様々なナンシー派の芸術家が手掛けている。
マジョレルの家を出るとまたスタニスラス広場の方向に戻り、「アールヌーボー美術館」ともいうべき”Musée des Beaux-Arts de Nancy”(ナンシー派美術館)を見学した。
【Musée de l’École de Nancy】(ナンシー派美術館)
ナンシー派のパトロンだったジョーヌ・ゴルバンの邸宅を改装して設立。
エミール・ガレやマジョレルなど、ナンシー派といわれる時代を率いた作家たちの作品を多数展示。
一軒家の中に、アールヌーボー調の家具やカーテン、寝具、照明を各部屋に配置されている。
ガレは、ナンシー留学の日本人・高島北海と交流があったことから、彼からジャポニスムの影響を受けている。
ナンシーが誇る二つのアールヌーボーの施設を回った後、私たちは感想を述べた。
「建築や展示品は素晴らしかったけど、一度バルセロナのガウディを見てしまうと、あれを超えるものはないと思っちゃた。
アールヌーボーとモデルニスモは似て非なるものかもしれないけど。」
それを聞いて、博識のミヅキちゃんがモデルニスモについて教えてくれた。
「バルセロナのモデルニスモは、アールヌーボーの他にもイスラム建築の影響を受けたり、カタルーニャの民族主義も関係してるらしいよ。
でも、私もガウディ建築の方が好きだから、レイコちゃんの言うことはよくわかる。」
私は6月に行ったアンダルシア旅行とバルセロナ旅行を懐かしく思い出した・・・。
Musée des Beaux-Arts de Nancy
観光案内所にオーディオガイドを返したら、次はナンシー美術館(14~20世紀のヨーロッパ絵画所蔵)へ向かった。
私たちが入館した時はもう17時過ぎで、受付の人に「18時で閉館ですよ。」と言われてしまった。
私たちがなぜここを後回しにしたかというと、絵画がメインであまりアールヌーボーと関係なさそうだと思ったからだ。
【Musée des Beaux-Arts de Nancy】(ナンシー美術館)
1793年にナポレオンの文化振興政策により作られ開館した美術館。
14~20世紀の作品を収蔵しており、ルーベンス、ドラクロワ、モネ、ピカソなどの有名画家や、クロード・ロランなどの近代画家、ナンシー派のドーム兄弟のガラス工芸は約400点にものぼる。
ナンシー美術館は、絵画よりもガラス工芸の方が印象に残った。
18時ぎりぎりに美術館を出ると、スタニスラス広場をはじめ、凱旋門などロココ美術の場所を見て回り、ナンシー観光を終えた。
Le dîner
さて・・・ついに問題のディナーの時間が来た。
2日連続重い物を食べて胃が辛い私たちは、和食や中華系のレストランを探したが、ナンシーでは見当たらなかった。
すると、ファーストフードっぽい雰囲気のパスタの店があったので、店のおじさんに「トマトソースで魚介類のパスタはある?」と聞いてみた。
彼は「あるよ。トマトソースで、具は小エビとツナ。6ユーロだよ。」と言ったので、私たちはここで食べることにした。
二人お揃いで頼んだシーフードのトマトソースパスタは成功で、私たちは喜んだ。
「レイコちゃん、最後の晩餐は当たりで良かったね~!!
店のおじさんも、きさくな感じのいい人で、私癒されたわ。」
「本当に良かったよ~。
もう、地方の名物料理とか気にせず、自分たちの食べたい物を食べた方がいいかもね。」
私たちは、この旅で一つの教訓を得たのだった・・・。
Girls Talk
ホテルで寝る準備が出来ると、私たちはそれぞれのベッドに入ってガールズトークを開始した。
今夜の議題は「明日のミカエルとのデート」についてで、ミヅキちゃんの質問から始まった。
「私、”シャトー・ティエリ”って初めて聞くんだけど、何か観光する所ってあるの?」
私は事前に調べてきた結果を報告した。
「それがね、ネットで見ても城跡があるくらいで・・・。
でもいいの。
ミカエルに会えたら、私はそれだけで幸せだから。」
我ながら殊勝なことを言ってるなと思った。
「そんなこと言っても、彼は実家暮らしでしょ?
うちにも上がれなかったら、行く所ないんじゃない?」
ミヅキちゃんが現実的な問題を投げかける。
「まぁ今は過ごしやすい気候だし、散歩しながら喋ってるだけでいいよ。」
ミヅキちゃんはいたずらっぽい声で言った。
「いやいや、喋るだけでは済まないでしょ?」
私は反論した。
「まぁキスはするだろうけど、それ以上はないよ。」
「本当に?」
「本当に。」
私は思っていることを素直に言った。
「ミカエルはそんな人じゃないと思うんだよね。
もっと純粋というか、”ただ、私を抱きしめてキスできればそれでいい”って思ってそうな感じなんだもん。
私も同じ気持ちだし。」
ミヅキちゃんは驚いた声で言った。
「えぇ~、だって相手は22歳の男の子でしょ?
それだけで済むとは思えないんだけど。
もしかしたら、『今、家に親いないから』って呼ばれるかもしれないよ?
どうする?」
私にその発想はなかった。
「まぁその時はその時で行くよ。
私はなるべく彼の意向に添ってあげたいの。」
ミヅキちゃんは羨ましそうに言った。
「そっか・・・。
レイコちゃんはそんなにミカエルのこと好きなんだね。
とにかくどうだったか、後で報告よろしくね。」
「もちろん報告するよ。」
ここでガールズトークは終了し、私たちは「おやすみ。」と言って寝ることにした。
・・・もしかしたら、ミカエルと会えるのは明日で最後かもしれない。
これ以上ないくらい”奇跡的で幸せな出会い”を、私はなるべく大切にしたかった。
明日のミカエルとの再会は、私の人生で忘れられないものとなるのである・・・。
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