見出し画像

「非日常の体験や日々の気づきを“独自”の視点で」──と、いう罠?|#創作大賞|#エッセイ部門

独自の視点なんてものは、自分と他者が存在し、自分の言葉(揺らぎとミスとバイアス、思い込みと気分と感覚)で語った時点で、すでに備わっている。 自分以外の誰かが見て、そこに「共感」があったり、「特異」だと感じたり、「反感」を抱いたり。そういう感情の動きが生まれた時点で、そこには立派な独自性があるわけだ。

でもよ?

そんなものは、誰もが持っている当たり前のものだ。 結果的に「独自の視点」そのものには、正直たいした意味はない。世の中のほとんどのことに、本質的な意味などないのと同じように。


「意味がないこと」をどう呑み込むか?


僕たちは普段、その「意味のなさ」に目をつむり、誰かが決めた「みんなが思う意味」を信じて生きている。 しかし、人間はほぼ同じ遺伝子でできていると言えども、個々に「揺らぎ」がある。だからこそ、「みんなが思う意味」を見出せないモノに直面し、それを「吞み込めない」瞬間が必ず訪れる。

それでも、それを「やらなきゃいけない(やり過ごさなければいけない)」時があるだろう。 その時、なんとなく呑み込むか。 あるいは、「自分なりに意味を込めて」呑み込むか。

自分なりに意味を込めて呑み込んだとき、そこに初めて、その人自身の「独自の乗り越え方・捉え方」が生まれるのだと思う。

独自の視点は、日常にも非日常にも絶対にある。本当は誰でも持っている。

では、「独自の視点で語る」とはどういうことか?

それは、物事の意味のなさに気付いてしまってもなお、それを越えていくためにどう意味付けをしたのか。それを考え、苦悩しながら言葉にすることなのかもしれない。


抽象と具体の交叉、そして独自の「選択」


そうやって絞り出した言葉が、あるとき「届く形」で結像する、つながる。

“つながる” とは何か?

それは、抽象だけでも、具体だけでも成立しない。

エッセイ部門の中で人に届いているものは、抽象と具体を美しく交叉(交差)させたものが多い気がする。 抽象を捉えたうえで具体としてイメージさせ、最後に引いて再び抽象を重ねる。あるいはその逆をする。これは非常に難しい技術だ。

特に、この「具体」を “選ぶ行為” は、単なる慣れではなく、センスや偏りによるものだと思う。

ここにこそ「独自」が宿る。

選べないのに、人に届けることができるのか? 僕には分からない。 独自の視点を持つだけではダメなんだ。独自の「選択」こそが、言葉に独自のカタチを与えるのだから。


「届く」という奇跡と時間


独自の視点に気づき、違和感から目を背けずに形にする。そこまでできても、それが「選ばれる」、あるいは誰かに「届く」とはどういうことなのか。

ここには「時間」の概念が必要だ。

今、それを必要とする人に、今のタイミングで届く。これは案外難しい。

この広大な宇宙に、我々以外の宇宙生物が存在するかという問いに近い気がする。 無限に広がる宇宙のスケールから見れば、生命が存在する時間など生まれてすぐに「今際の際」のようなものだ。その一瞬の中で、同時に存在し、出会うことができたら、それは紛れもない奇跡だ。

あなたが書いた「“今” 届けたい何か」が、誰かの「“今” 求めている何か」と、同じ「今」として出会うこと。 宇宙の奇跡とまでは言わずとも、それはとても難しいことなんだと思う。


文字は「引き継ぐもの」


創作大賞に挑むあなたへ。 届けたい言葉を、あなたが選んで、ここに置いてくれて、ありがとう。 挑んでくれた何かが、「残る」ことに意味があるのだから。

漫画『ランド』にある言葉を思い出す。

文字を消しながら考えた…

“文字” は私一人だけで終わらせるものじゃない。
“文字” は「引き継ぐもの」

私はその機会を待っていたんだと思う。
“想い” を伝えるだけじゃない ───

人は忘れる
人は死ぬ

“伝えたい思い” を途切らせないためにも
文字が生まれたんだと思う。
命が消える瞬間…
命をつなぐ役目を終えた 蝉せみ みたいなもので
さほど、怖くはない。

命を繋ぐように、文字を繋ぐ。

『ランド』―主人公、杏のセリフ


しかも、これからはAIがいる。

膨大な情報の中から検索し、抽出し、届けてくれる存在だ。 AIの中で抽出される過程で、もしかしたら元の想いは少し薄まってしまうかもしれない。 でも、きっと同じように何かを残した人の想いと絡まって、紡がれて、未来の誰かに届くと思う。

だから、書く前から「独自の視点とは何か」なんて言葉の罠に思い悩む必要はない。

何気ない日々の気づきであれ、非日常の体験であれ、世界に流れる “意味普通” に苦悩し、それでも自分なりに “意味落としどころ” を込めて選び取ったあなたの「独自のカタチ具体」は、そのまま文字として残る。

それは、今すぐ選ばれなくても、今のタイミングで届かなくてもいい。 あなたが残したその独自の揺らぎは、いつかの誰かの「今」と奇跡のように交叉して、きっと届くのだから。


……なんてことを、かつて「#創作大賞」に投稿された、無数のエッセイ記事を前に勝手に感じたのでしたw


それにしても、創作大賞って、つまりはクリエイターの “渾身の気付き” がタダ無料で放置されること……それって────


本当にありがたいことありえない“罠”です!(°∀°;)


noteも、残酷かつ、粋なことするよねwww


さて、今日もお付き合いいただきありがとうございました。
この問いが、あなたの新たな“問い”の入り口になれたなら幸いです。


#創作大賞2026
#エッセイ部門


引用作品:

2026.05.21まで1~4巻が無料で読めるようです!

※Amazonのアソシエイトとして、適格販売により収入を得ています。

顔のない問い


参考記事:

須川さんの創作大賞の応募に関するまとめ記事!めっちゃ分かりやすかったです~😳 「気になるけど、まぁ別にテキトーでいいか~」って思ってたんですが、ちゃんと書いてみようって思い立ちました。応募形式になってるか分かんないけどwww


関連記事:


謝辞:

この記事は、心野けいかさんとの「#今日こそ」の会話の中から生まれました。この場を借りて、感謝を申し上げます✨


いいなと思ったら応援しよう!

顔のない問い よろしければ、応援お願いします🌞 いただいたチップは僕のお昼ご飯になります。