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精神病→克服→再就職だからわかる人間関係の改善方法

みはCOMという名前で発信しています。
私は以前も少し触れましたが、かつて重度の精神疾患を患い、長い闘病生活を経験しました。
そして今は、無事に回復し、社会復帰を果たすことができています。
一度は会社を退職し、再就職を目指して就職活動を始めましたが、
精神疾患があるというだけで、採用のハードルはとても高く、何度も落ち込むことがありました。
「もう、このまま就職できないのではないか」
「経済的な自立はもう無理なのではないか」
そんな不安が心を支配する日々が続きました。
それでも、私は諦めずに挑戦を重ね、最終的には一般採用で再就職することができました。
今では、元気に働きながら日々を過ごせています。
私のように、精神疾患までは至らなくても、日常の中でストレスや悩みを抱えている方はきっと多いと思います。

 では、どんな悩みがあるのでしょうか。
たとえば、
職場での同僚や上司との関係。
家庭での配偶者や子どもとの関係。
学校での友人との付き合い方。
あるいは、仕事そのものがうまくいかないといった悩みもあるでしょう。
本当に、人それぞれ、さまざまな“心の揺らぎ”があるはずです。
今回は、その中でも「人間関係」に焦点を絞って、お話してみたいと思います。
では、具体的にどんな人間関係の悩みが多いのでしょうか。
たとえば職場では、上司や同僚と折り合いが悪い。
学校では、友達との関係を保つのに疲れてしまう。
家庭では、配偶者や子どもとのコミュニケーションに悩む。
では、これらの悩みはなぜ発生するのでしょうか。
原因は様々あると思います。
挙げればきりがないほど、人間関係の問題は身近で、そして複雑です。
だからこそ、問題が山積みのまま、何から手を付ければわからなくなってしまう方も多いのです。
私自身、以前の職場で人間関係に悩み、心が限界を迎えました。
特に上司のパワハラがひどく、社風としてそれが容認されているような環境でした。
報告一つするにも、細心の注意を払わなければなりませんでした。
「悪い報告」をせざるを得ない時は、その上司は激昂することが日常茶飯事でした。
みなさんも、似たような経験はないでしょうか?
仕事をしていると、「いい報告」ばかりではありません。
むしろ「悪い報告」をしなければならない場面のほうが多いかもしれません。
それでも会社員にとって、報告は義務です。
どんなに言いづらくても、避けて通れないことです。
それなのに、どんな些細なことでも小言を言う。すぐ怒鳴る。
そんな上司がいたら、どれだけ報告しにくくなることでしょう。

私の日々のストレスは、そんな小さな積み重ねが、まるで見えない重りのように心にのしかかってきたのです。
報告のたびに「怒鳴られないか」と顔色を伺い、言葉を選び、声を震わせながら話す。
そんな緊張の連続に、私はいつしか、呼吸すら浅くなっていくのを感じていました。
さらに、こんな上司はいませんか?
・都合の悪い仕事だけ、こちらに振ってくる
・説明もなく「会社の指示だから」と丸投げしてくる
・案件の背景がわからないまま、確認作業から始めることになる
同僚にも影響を受けます。
・仕事をしない同僚のせいで、仕事が大量にこちらに流れてくる
・やたらとマウントを取ってくるが、助けてくれるわけではない
私も、まさにそんな職場にいました。
業務量は多く、マルチタスクを強いられ、精神的にも限界寸前。
そして最後に決定打となったのが、直属の上司からの明確な嫌がらせでした。
そこから、私は精神を病んでしまいました。
では、あのとき、どうするべきだったのでしょうか?
これは、いまだからこそ言えることです。
一度病気を経験し、そこから立ち直ったからこそ、はっきり言えることがあります。
それは──
職場でも、学校でも、家庭でも。
人間関係において、すべてに共通する“ある一つのこと”です。
それは、相手は変わらないということです。
私たちは、様々な人間関係に直面した時、
どうにかしてその関係を打開しようと必死になります。
自分がへりくだったり、どうにか修復しようとしたり、
あるいは、その場をなんとか取り繕って、表面だけでも平穏を保とうとしたり。
でも、正直に言えば、起きてしまったことは変えられません。
そして、それによってこじれてしまった人間関係も、
すぐに変わるものではないのです。
私たちが悩むのは、きっと「この関係を何とかしたい」と願うから。
どうにか好転させたい。そんなふうに思ってしまうのは当然なことです。
でも、先ほどもお伝えしたように、「過去に起きたこと」はもう変わりません。
けれど、ひとつだけ変えられるものがあります。
それは、「これから自分がどうするか」という選択です。
たとえば、私の経験で言えば、パワハラや嫌がらせによって心を病んだ、その事実を過去に戻って変えることはできません。
正直に言えば、病気と診断された当初は、元職場の人たちへの恨みもありました。
「なんであんな仕打ちを…」という気持ちが渦を巻いていました。
でも、その怒りにとらわれ続けていたら、治るものも治らなかったでしょう。
考えてみてください。
病室の中で、いまの自分の状態を冷静に見つめ、少しずつでも治療に向き合うのと、
過去の出来事を繰り返し思い返し、怒りや悔しさに身を焦がしながら過ごすのとでは、
どちらが回復に繋がるでしょうか?
私ははっきり言えます。前者です。
入院当初、私は何度も思いました。
「どうしてこんなところにいるんだろう」
「いつ退院できるんだろう」
(※当時、私は閉鎖病棟に入院していました)
でもある日、ふと気づいたのです。
「ここにいることは、今すぐ変えられない。じゃあ、自分はどうしたいのか?」
そのとき、心の底から思いました。
──退院したい。
では、そのためにはどうするべきか。
答えは明確でした。症状を少しでも緩和させ、回復に向かって歩くしかありませんでした。
そこから私は、「じゃあ今、何ができるか?」を考えるようになりました。
これは、あらゆる人間関係にも当てはまることだと思うのです。
嫌な上司、理不尽な同僚。
彼らをどう変えるかではなく、「自分がどうしたいのか」に意識を向ける。
たとえば:
· 悪い報告をしなければならないが、プロジェクトをいい方向に進めたい
· 丸投げされた仕事が多すぎるなら、どこまでならできるかを明確に伝えたい
· 不明確な依頼なら、担当者を探して、詳細な内容を確認したい
そう、実は私たちは「どうしたいか」という結論を、心の奥ではもう知っているのです。
でも、不都合なことや感情が先に立ってしまうと、どうしようかと悩みが深まり、
その答えに気づけなくなってしまうんです。
だからこそ、私はこう思います。
「起きたことや相手は変えられない」──それを最初から腹を括って生きる。
そうすれば、冷静に、落ち着いて、次の一手を考えられるようになります。
そして、着地点を自分で決めることができるようになる。
その着地点も実は、最初から自分の中に答えとして存在していたのだと気づくことでしょう。
だからこそ、私は伝えたいのです。
「悩むよりも、自分の気持ちに素直になってみてください」と。
いまもし、悩みの渦中にいる方がいらっしゃるのなら、
ほんの少しでいいから、一度冷静になって、自分の気持ちに耳を澄ませてみてください。
きっと、「どうしたいか」が見えてくるはずです。
そしてその瞬間から、人生はもう、少しだけ前に進み始めているのかもしれません。
もし、この文章が、あなたの悩みを解決する糸口や、気持ちが少し軽くなる一助になれたなら、とても嬉しく思います。

幻想詩「赤き流転」
緑のうねり
大河となりて
うねり狂う
背負う十字架
命の証
証極まり
滲み滴る結晶
赤き灯火
力の限り燃え
朽ち果て
漂う命の終末
残り火 
薫るのみ
鎮魂の涙
時雨と成りて
降り注ぎ
忘却の雨
溢れる赤き雫
注ぐ白き激流
大河となり
朱に染める
命形変えども
流れる色
そのままに
母なる恵みに
帰るのみ
流転の海原
上がる産声
魂の飛沫
天に舞う



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