ジェームズ・タラリコ候補は聖書を用いてキリスト教ナショナリズムを批判
アメリカ合衆国の中間選挙が今秋行われます。もっとも注目されているのがテキサス州での上院議員選挙。民主党候補が長老教会(PCUSA)神学生のジェームズ・タラリコ元中学校教員。共和党候補がトランプ大統領の強い支持を受けた保守強硬派(MAGA派)のケン・パクストン州司法長官。
ジェームズ・タラリコ民主党候補
アメリカ合衆国テキサス州において今年(2026年)3月の民主党予備選挙で連邦上院議員選挙候補者にジェームズ・タラリコ氏が勝利し選ばれました。
ジェームズ・タラリコ氏の公式ウェブサイトには「ジェームズはテキサス州出身の8世代目で、元中学校教師、そして長老派(プレスビテリアンチャーチ)神学生です。(テキサス)州下院議員として、彼はテキサスを乗っ取った億万長者の巨額寄付者や傀儡政治家たちとの闘いを率いてきました」と記載されています。
「長老派(プレスビテリアン・チャーチ)神学生」とありますが、正確にはアメリカ合衆国(USA)長老教会(PC)、つまりジェームズ・タラリコ氏はアメリカ合衆国長老教会(PCUSA)神学生になります。
個人的には「福音派」(エバンジェリカル)とか「主流派」(メインライン)とかに分類することは好まないのですが、PCUSAは主流派になります。
PCUSAと言えば、同性愛者の教職者を長年の議論の末に容認していますので宗教保守とは言えません。しかし、PCUSAも簡単に認めたわけではなく、長い期間議論してきたということは、強く反対する方もいらっしゃったということだと思います。
そういう多様な信仰をもつ方々が集まった教会がPCUSAだと個人的には思っています。ジェームズ・タラリコ氏は、そのPCUSAに属する神学校の学生ということです。
ケン・パクストン共和党候補
他方、テキサス州の連邦上院選挙における共和党の候補者は、トランプ大統領の支持を受けた保守強硬派(MAGA派)のケン・パクストン州司法長官です。
共和党も3月に予備選挙でケン・パクストン州司法長官と現職のジョン・コーニン上院議員が争いましたが、二人とも過半数の票を得ることがなかったので5月26日に決選投票が行われました。
その決選投票の結果、MAGA派のケン・パクストン州司法長官が正式に共和党候補となり、それ以来、ジェームズ・タラリコ民主党候補を「フェイク・クリスチャン」などとの攻撃が一層激しくなりました。
キリスト教神学者の記事を読む
テキサス・オブザーバー(TEXAS OBSERVER)が先週の水曜日(2026年6月3日)午前10時51分(アメリカ中部夏時間)にデヴィッド・R・ブロックマン(David R. Brockman)博士によるウェブ記事『「偽クリスチャン」? それとも真のクリスチャン?(‘Fake’ Christian? Or Faithful?)』 を配信しました。
テキサス・オブザーバーは1954年にテキサス州オースティンで創設された非営利の独立系報道機関で、大手メディアが報じない権力監視や社会問題を扱い続けています。
デヴィッド・R・ブロックマン博士はアメリカの宗教研究者でありキリスト教神学者です。 主に「宗教と政治」「キリスト教ナショナリズム」「宗教間対話」を専門とし、学術活動のほかメディアへの寄稿や執筆活動を行っています。
デヴィッド・R・ブロックマン博士が執筆したテキサス・オブザーバーのウェブ記事の概要は「MAGA支持者たちはジェームズ・タラリコを『冒涜者』と非難するが、彼は正真正銘の主流派長老派教会の信徒である。これは、テキサス州内外におけるキリスト教の多様性を改めて認識させる好例と言えるだろう」とウェブ記事の冒頭に書かれています。
キリスト教がいかに多様か
ブロックマン博士は、まずニューヨーク・タイムズ紙のコラムニスト・デイビッド・フレンチ氏の言葉を紹介しています。
「タラリコ氏がキリスト教徒らしい生き方をしているのは当然のことだろう。彼は現在、オースティン長老派神学校(APTS)での牧師養成課程を休学中である」。
しかしブロックマン博士によると、「この若き政治家兼神学生に対するMAGA支持派キリスト教徒の反応を見ると、まるで反キリストが上院議員選に出馬したかのようだ。『悪魔的』『偽キリスト教徒』『冒涜的』『極めて過激で極端な見解』などと非難されている」と。
そして「ニュースマックス(Newsmax)の司会者の中には、彼が『聖書から偽の箇所を歪曲し、歪曲して利用している』と非難する者もいた」と。日本の大学神学部准教授でさえも聖書の「恣意的解釈」と批判しています。
とくにジェームズ・タラリコ氏が、過去に神を「ノンバイナリー」と表現したことでトランプ大統領やトランプ支持者からの激しい批判にさらされています。
ブロックマン博士によると、ジェームズ・タラリコ氏は後に「性別を超越した存在」という意味だったと釈明したそうですが、アマリロ選出の共和党下院議員ロニー・ジャクソン氏は、この声明はタラリコ氏が「筋金入りの過激左翼」であることを示していると述べたそうです。
ブロックマン博士は「このような行き過ぎたレトリックは、ポスト真実の誇張の時代における悲しい事実です。しかし、反タラリコの猛烈な暴言は、キリスト教徒であるための2つの異なる方法の間の深く、非常に公的な衝突を明らかにしています」と指摘しています。
つまり、トランプ支持者の中でも特にMAGA派のクリスチャンは中絶反対、反LGBTQ+、反移民の「キリスト教国家主義」を聖書が規定していると主張し、ジェームズ・タラリコ氏が所属する長老教会(PCUSA)やプロテスタントの主流派は「イエスに従うことの意味について非常に異なる理解」を持っており、MAGA派のクリスチャンとは正反対の政治を導くものとなっています。
ブロックマン博士は「メインラインの伝統( Mainline tradition)」の中でジェームズ・タラリコは「非常に正統派」と、またタラリコの選挙活動とタラリコの選挙活動が引き起こした「右翼キリスト教徒からの甲高い攻撃は、キリスト教がいかに多様であるかを鮮明に思い出させます」と述べています。
政教分離の伝統に立ち返る
またブロックマン博士は「逆説的ですが、タラリコの恥ずかしがることなく聖書に準拠した政治は、我が国の由緒ある、しかし今では脆弱になっている政教分離の伝統を守るという緊急性も強調しています」と重要な指摘をしています。
日本の学者の中にもジェームズ・タラリコが聖書を用いてキリスト教ナショナリズムを批判することが「政教分離に反する」とか、聖書を用いて社会から疎外された人々と共なる政治を訴えることが「宗教の政治利用」で許されないと批判する方もいます。
しかし「逆説的」ですが、ジェームズ・タラリコを聖書を引用することで政教分離の必要性を訴え、イエスの教えに基づいてキリスト教ナショナリズムを批判しています。
宗教の政治利用にあたるかどうか
聖書解釈が宗教の政治利用にあたるかどうかという問いに対しては、解釈の内容や動機、その用いられ方によって評価すべきです。一概にすべてが悪質な政治利用とは言えないと思います。
聖書の一部の文言を都合よく切り取り、特定の政治権力や排他的な政策を正当化するために用いる場合、宗教の政治利用と批判されるべきケースだと考えられます。
聖書(一部の文言)を根拠にして「アメリカはキリスト教徒のための国であるべきだ」と主張し、移民排除や他の宗教の排斥を正当化しようとする動きも、宗教の本質を歪める政治利用であると批判されるべきケースです。
一方で、聖書の教え(弱者救済、平和、正義)を根拠に政治や社会の不条理を正そうとする行為は、信徒にとっての「信仰の実践」であって必要な社会的関与であると、肯定的に捉えてよいと思います。
疎外された人と共に生きる
ジェームズ・タラリコ候補の場合は「貧しい人、病気の人、疎外された人と共に生きるように」とイエスが説いているという聖書解釈に基づき、CEOではなく労働者の賃金を引き上げること、働く家族を支援する税額控除を拡大すること、医療費および処方薬のコスト削減、住宅費の引き下げ、食料品コストの引き下げ、エネルギーコストの削減、そして食料品から車や衣料品まですべてを高騰させているトランプ関税の撤廃を訴えています。これは決して宗教の政治利用ではありません。
キング牧師が率いた公民権運動(黒人差別撤廃運動)も、聖書が出発点でした。「神の前での平等の追求」という聖書解釈は、社会をより良くするための働きとして歴史に残っています。
弱者救済と愛の実践のため
そして聖書解釈が「政治利用」か「正当な信仰の実践」かを分けるポイントは、目的が「他者の排除・権力の獲得」ではなく「弱者の救済・愛の実践」なのか、また他者にその信仰やドグマ(教条)を法的に強制しようとしていないかどうか、の2点になります。
同じ聖書を読みながらも、ある人はそれを愛と平等のメッセージとして社会変革にもちい、別の人は権力闘争と選民思想教育の道具として利用していますが、ジェームズ・タラリコ民主党候補が前者にあたるか、後者にあたるかどうか、ジェームズ・タラリコ候補に関連する記事を読んでいただくと明確になるはずです。

(テキサス州の下院議員Xアカウント)
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