商工会の経営指導員⑱ 三浦の反撃—汚職の証拠を掴め!【#創作大賞2025#お仕事小説部門】
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夜の桜川商工会上山支所は、昼間とはまるで違う顔を見せていた。
月明かりすら届かぬ上山支所の裏手に、人影が静かに忍び寄った。
三浦誠司——かつて滝本局長の懐刀とまで言われた男は、いま、息を潜めて建物の裏口に立っていた。
彼の目的地は、桜川商工会上山支所の旧保管庫。
「……きっと、ここに証拠があるはずだ。」
平成の市町村大合併の煽りを受けて、旧上山町が桜川市と合併を果たすと同時に、上山商工会は桜川商工会と合併をした。
上山商工会はかつて桜川商工会が合併する前、県内でも有数の規模を誇る商工会の一つだった。
最近はあまり使われていないが、合併前の重要な資料はここに保管されている可能性が高い。
彼は、一度だけ振り返った。
額にはじっとりと冷や汗。
鼓動は早鐘のように鳴り、喉の奥が焼けつくように乾いている。
商工会にとって、三浦は有能な職員だった。
滝本局長からの信頼も厚く、業務の最前線で動いていた。
しかし、だからこそ、この汚職の実態を知ってしまった。
「……行くしかねぇ。」
覚悟を決め、彼は建物の奥へと足を踏み入れた。
保管庫は、商工会館の裏側を抜けた先にある倉庫のような部屋だ。
普段は鍵がかかっているはずだったが——
「……開いてる?」
一瞬、三浦の背筋に悪寒が走る。
しかし、いまさら引き返せるはずがない。
三浦は、慎重にドアノブを回した。
ガチャリ……
三浦は、深く息を吸い込んで中に入った。
ギシッ、ギシッ、と古びた廊下を慎重に進みながら、彼は背後を何度も振り返った。
「……ここにあるんだ。..すべての元凶が……。」
手に汗を握りながらドアノブを回す。
ギ……ギィィ……
鈍く軋む音と共に、扉が開く。
その瞬間、三浦の鼻を突いたのは、古い書類とカビの混ざった、時間が腐ったような匂いだった。
一歩、足を踏み入れる。
書類棚には過去の決算報告や総代会議事録が雑然と並んでいる。
鉄製の棚が影のように並び、棚の隙間から月の光が差し込む様は、まるで亡霊たちがこちらを見ているようだった。
「……どこだ……どこにある……!」
彼は震える手でファイルを掴み、めくり、破りそうな勢いで探し続ける。
そして——ついに、その一冊にたどり着く。
『桜川市都市開発事業計画』
そこには、恐れていた通りの名が連なっていた。
滝本伸一(桜川商工会事務局長)
川崎信吾(元桜川市議会議員:現桜川市長)
村上隆一(東海ディベロップメント社長)
「なんてこった.....市長も、グルだったのか...
東海ディベロップメント.............村上?...!!まさか、、。」
さらに、赤いペンで手書きされた注釈がページに走っていた。
「土地買収額:3倍水増し」
「補助金:表・裏ルート両方から受給」
「議員関与口止め金:済」
目の前の事実が、三浦の視界を歪ませた。
これがあれば、やつらの不正を暴くことができる。
だが、次の瞬間——
「お前は、本当にそれでいいのか?」
その声が、まるで時間の流れを止めるかのように、背後から冷たく響いた。
三浦の全身が硬直する。
ゆっくりと振り返ると——
滝本伸一が、そこに立っていた。
彼の目は、深海の闇を漂う怪魚のように鋭く、そして冷たく光っていた。
「……どうしてここに?」
「お前こそ、こんなところで何をしている?」
三浦は、手にした書類をそっと隠した。
「……整理を..していただけです。」
滝本は、ゆっくりと一歩、近づいた。
「お前が何をしているのか、分かっている。」
「そして、お前がその書類を持ち出せば、どうなるのか、ということもな。」
三浦は、息をのんだ。
「……お前は、すべてを失うことになるぞ。」
三浦の拳が、ぎゅっと握りしめられる。
「お前は、本当にそれでいいのか?」
滝本伸一の低く、静かな声が響いた。
三浦の手には桜川商工会、東海ディベロップメント、そして桜川市の癒着を示す資料がある。
これさえ公表すれば、すべてが終わる。
滝本も、村上も、桜川市の不正も——。
だが、その前に立ちはだかるのは滝本会長その人だった。
「私の言っている意味は、分かっているな?」
滝本は、静かに歩み寄る。
「三浦、私がどうなるか、そんなことはどうでもいい。だが……お前はどうなる?」
三浦は、じっと滝本を睨んだ。
「…….....」
滝本は腕を組み、ゆっくりと言葉を続ける。
「お前は、桜川商工会の経営指導員として生きてきた。」
「誰よりも地域経済のために結果を出し、誰よりもこの世界で生き残るために戦ってきた。」
「それなのに……」
滝本の目が鋭くなる。
「この証拠を公表した瞬間、お前はすべてを失う……みずからユダになる道を選ぶのか、三浦。」
滝本は静かに微笑む。
「歴史はな、正義を貫いた者ではなく、組織を裏切った者に最も厳しい評価を下してきたものだ。」
三浦の眉がかすかに動いた。
滝本はゆっくりと歩を進める。
「ユダは、己の信じる道を選んだつもりだった。だが、結局....誰も救えなかった。」
三浦は滝本をじっと見つめる。
「.......滝本局長、昔、桜川市東陵町の交差点の北にあった小さな雑貨屋を覚えていますか?」
滝本の目は、冷徹だった。
「ああ。そういえば、神経質な亭主がいたな。確か、亡くなったそうだが。」
「私の父です。」
「、、、そうだったのか。」
「私の父親は、商工会に潰された。そして、私は母親とともに苦しい生活を強いられた。」
「、、三浦、それは過去の話だろう?今のお前は、商工会の経営指導員として、十分に成功し、安定した生活を送っている。過去に縛られて、何の得がある?」
三浦の指が、握りしめた資料の上で震えた。
滝本は、さらに追い打ちをかけるように言った。
「お前の父親が亡くなったのは、商工会のせいじゃない。」
「弱かったからだ。」
その言葉が、三浦の胸を深く抉った。
「……弱かった?」
