商工会の経営指導員㉔ 封筒に託された未来【#創作大賞2025#お仕事小説部門】
夜、旧商工会事務所の中に悠斗、秋山、三浦、佐伯の姿があった。
佐伯は決意を新たにした。
「法の網を使って、正義をねじ曲げる……。
ならば、こっちは“人の信念”で、それを正すしかない」
その声は、揺れていなかった。
佐伯は、机の上に置いた二つの封筒をそっと手に取る。
一つは、法的に開示可能な会議要旨と議決記録。
もう一つは、自らが出席し発言したことを明記した誓約文。
「森田くん、これを君に託す。
もう一度、誰かに渡すつもりはない。君だから渡す」
封筒を差し出すその手に、わずかな震えがあった。
それが、彼の覚悟の証だった。
悠斗は、深く頭を下げ、封筒を両手で受け取った。
「佐伯さん……あなたがここまで残してくれたから、今、僕らは動けているんです」
「この街で何が起きていたのか、知る権利がある人たちが、たくさんいる」
「だから——僕たちが止まったら、全部、また闇に戻ってしまう」
悠斗が封筒を受け取り、深く頭を下げたそのとき——
不意に、控えめなノック音が響いた。
ドアが開き、見慣れない中年の男が一歩、室内へと足を踏み入れる。
濃いコートの襟を立て、顔に疲れの色を浮かべてはいるが、その目には鋭い光があった。
「お邪魔します。記者の藤嶋です。森田悠斗くん……こちらにいると聞いて」
「……藤嶋記者……!」
悠斗が声を上げ、秋山が思わず立ち上がった。
「少し前に、君たちから受け取った資料。あれを見て——動かずにはいられなかった」
藤嶋は言うと、手に持っていた古びたノートを机の上に置いた。
「これは、十数年前、俺がまだ若かった頃に追っていた“再開発初期計画”の資料だ。
一度は握り潰された話だが、どうやら今の件と“根っこ”がつながっている」
佐伯が、静かに問いかける。
「……あなた、もしかして、あの“桜川記事”を書いていた?」
「覚えてくれてたか。あれ以来ずっと、“次”を待っていたんだ」
二人の視線が交わる。
立場も経歴も違う。
だが、“なぜ黙っていられなかったか”は、同じだった。
佐伯が、かすかに微笑んだ。
「……皮肉ですね。報道と行政、それぞれの片隅にいた人間が、こうして同じ部屋で、同じ“膿”を見てるとは」
藤嶋が肩をすくめる。
「俺たち大人は、諦めて、手遅れになる前にやるしかない。……そう思っただけさ」
悠斗が、二人を見つめる。
「じゃあ……一緒に?」
三浦は首を振った。
「いや。ここからは、商工会の番だ。
藤嶋記者は“伝える側”だし、佐伯さんは“過去を明かす側”。」
「だが、“真っ当に生きる人間が報われる未来”を作っていくのは俺たちしかいない」
その目には、静かな決意が宿っていた。
「三浦さん...。」
佐伯も、静かに頷く。
「託すよ、森田くん。この街に必要なのは、過去じゃなく、“これから”なんだ」
秋山がその横で微笑み、小さくうなずく。
沈黙していた部屋の空気が、確かに変わった。
“失われた声”と、“これからの意志”が、確かに繋がったのだ。
悠斗は、強く封筒を握りしめる。
「……暴くんじゃない。証明するんだ。嘘に支配された街を、真実で塗り替えるために」
