商工会の経営指導員㉖ 決壊——“権力”の終わる音【#創作大賞2025#お仕事小説部門】
張り詰めた沈黙を破ったのは、シャッター音だった。
それを皮切りに、議場は一気に騒然となる。
報道陣が一斉に立ち上がり、マイクを突き出した。
「川崎市長、事実関係についてご説明を!」
「滝本局長、先ほどの音声は本物ですか!?」
「村上社長、市補助金の不正受給は事実との証言がありますが!?」
テレビ局の照明が一斉に光を放ち、フラッシュが交錯する。
まるで、真実を白日の下に引きずり出す“尋問の嵐”だった。
中央の席にいた滝本は、その質問の雨を前に、完全に言葉を失っていた。
ネクタイを緩め、震える指で額の汗を拭う。
会議机に手をついて立ち上がるが、足がもつれかけ、椅子がガタンと倒れた。
「……これは、政治的な陰謀だ……私を貶めるための……」
そう絞り出すように呟いたが、もう誰も彼を“権威”としては見ていなかった。
その姿はむしろ、崩れかけた石像のようだった。
誇りも威厳も、すでに瓦解している。
その隣、川崎市長は必死に表情を取り繕っていた。
「皆さん、どうか冷静に! 市の内部調査を——」
だがその声は、怒号とフラッシュの波にかき消された。
傍聴席の市民からも、声が上がる。
「冷静に? これまで私たちを“冷たく”あしらってきたくせに……!」
「住民の声を踏みにじって、今さら何が冷静だ!」
ついに、市長席の前にいた秘書が小声でささやいた。
「……市長、警察が建物の外で待機しています」
その言葉に、川崎の顔が凍りついた。
一方、演壇横の扉に向かって、そっと抜けようとする男がいた。
——村上英彰、東海ディベロップメントの代表。
静かに椅子を引き、誰にも気づかれないように背を向けたその背中に、記者のフラッシュが集中する。
「村上社長! どこへ行かれるんですか!」
「今の証拠について、コメントは!? 補助金返還については!?」
無言のまま、コートの襟を立てて扉に手をかける。
……だが、その先には——警察官二名が、無言で立っていた。
その瞬間、村上の体がビクリと硬直した。
目だけが左右に泳ぎ、状況を受け入れきれないように、首を振る。
「……嘘だ……こんな……はずじゃ……」
音もなく、力が抜けたようにその場に膝をついた。
逃げ道は、もう——どこにもなかった。
誰にも届かぬような小さな声で、三浦は空気に問いかけた。
「これが、“権力”の終わる音か……」
失った者の声が、ようやく届いた気がした。
記者に囲まれる中、悠斗は演壇に再び立ち、議場を見渡す。
もう、彼の手は震えていなかった。
「……これが、僕たちが掴んだ“真実”です」
「権力は、信じるに足る“正義”があって初めて意味を持つ」
「これからも——この街で生きていくために」
その声に、傍聴席の誰かが、小さく拍手をした。
それは次第に、波のように広がっていく。
議場が、拍手に包まれていった。
舞台の裏で見ていた記者・藤嶋は、そっとカメラを置いた。
誰にも見られない場所で、目を拭う。
その時、議場の天井から、一筋の光が差し込んできた。
それはまるで、この街にようやく射した“夜明け”のようだった。
