商工会の経営指導員④ 見えない圧力、静かな妨害 【#創作大賞2025#お仕事小説部門】
「桜川マルシェ? ふざけるな。」
商工会の企画会議で、悠斗の提案を聞いた三浦は、一蹴した。
三浦誠司は、桜川商工会の主席経営指導員。
現場を知り尽くした剛腕でありながら、常に冷静沈着。数字にも現場にも強く、事業者からの信頼も厚い。
行政や金融機関とのパイプも太く、滝本事務局長の“懐刀”として、要所での交渉や判断を一手に担う存在だ。
「イベントで人を集めたところで、商店街の衰退は変わらねぇよ。」
悠斗は、強く言い返した。
「やらなければ何も変わりません!」
「やったって何も変わらねぇんだよ。」
三浦は冷ややかに言った。
「一時的に人を集めても、また元の状態に戻るだけだ。そんなことをやるくらいなら、商工会として堅実な支援をしたほうがいい。」
悠斗は、拳を握りしめた。
「堅実な支援って、何ですか? ただ補助金を出して、見守るだけですか?」
「違う。商工会は、安定した経営をサポートする組織だ。お前みたいな理想論者が勝手なことをして、余計な混乱を招くのは迷惑なんだよ。」
「三浦さんは、それで満足なんですか!?」
「潰れる店は潰れる。それが現実だ。」
「そんなこと、誰が決めたんですか?」
三浦は、悠斗の目を見つめた。
彼の瞳には、かつての自分を焼き尽くした“理想”への怒りが、微かに揺れていた。
会議が終わった後、悠斗はひとりで廊下に立っていた。
「……ダメなのかな。」
すると、横から声がした。
「森田くん。」
秋山真由だった。
「私は、森田くんの企画、いいと思うよ。」
悠斗は驚いて顔を上げた。
「でも、三浦さんが……」
「三浦さんは、きっと何か理由があるんだと思う。でも、それでも私は、森田くんが正しいと思う。」
秋山は、優しく言った。
「やろう。航太くんのためにも。」
その後も、悠斗は諦めずに商店街を回り続けた。
誰に冷たくされようと、どれだけ断られようと、足を止めることはなかった。
次の日も、そのまた次の日も、変わらぬ情熱を胸に商店街を歩き続けた。
日差しの強い午後も、冷たい風が吹く朝も、ひとつひとつの店の戸を叩き、言葉を尽くして想いを伝えた。
「桜川マルシェを、この町の希望に変えたいんです」
その願いだけを握りしめて、今日もまた、商店街の石畳を踏みしめていた。
そして、商店街の輪が少しずつ広がり始めた頃ーー
「随分と熱心だな、森田。」
悠斗の視界に、闇をまとったかのような人影が、がさりと差し込んだ。
振り返ると、三浦が静かに立っていた。
「……三浦さん。」
「商店街の連中をどれだけ口説こうが、結果は変わらん。」
三浦の声は低く、冷ややかだった。
「商工会が正式に関与しない限り、そんなイベントは成立しない。ルールも金もなしに、成り立つわけがない。」
それでも悠斗は、一瞬の迷いも見せず、そのまっすぐな瞳で三浦を見つめ返し、静かに言葉を紡いだ。
「やれることは、全部やります。商工会が動かなくても、僕たちが動けば、商店街の景色は変わると信じています。」
しかし、三浦は片方の口角だけをわずかに吊り上げ、悠斗を見下すような冷たい笑みを浮かべた。
「理想を語るのは勝手だがな、現実は甘くない。」
その日から、三浦は静かに動き始めた。
一軒ずつ店を回り、店主たちの耳元でささやく。
「公的な後ろ盾もないイベントに参加するのは、賢い選択とは言えませんよ。」
「準備にかかる労力とコストを考えてみてください。期待したほど売れず、損するだけかもしれません。」
「それに……滝本局長も、こうした勝手な動きにご立腹のようでね。」
店主たちの表情は、一様に曇った。
「え、滝本さんが……?」
「あの人が嫌がってるなら、ちょっと考え直さなきゃな……」
「商工会ににらまれたら、あとあと面倒だし……」
