商工会の経営指導員⑤ 揺れる商店街と、再び灯る希望 【#創作大賞2025#お仕事小説部門】
「……すまん、やっぱりやめておくよ」
その言葉は、静かに、しかし確実に、悠斗の胸を打った。
あれほど必死に説得し、少しずつではあるが心を動かしてくれた商店街の人たち。
小さく芽吹いた希望は、三浦の冷たい言葉と、その影のような動きによって、次第に色を失っていった。
「もし失敗したら……」
「滝本さんの耳に入ったら面倒だし……」
そんなささやきが、町にじわじわと広がり、再び空気は重く、湿ったものへと変わっていく。
中でも、八百屋の店主・田中茂は、真っ先に撤退を表明した。
「どうせ、うまくいかねぇんだよ。今までだって、何回もチャレンジしてダメだったんだ。」
「森田くんは若いから、勢いで突っ走れるのかもしれないが……俺たちは、もうそんな元気はないんだよ。」
田中の言葉に、多くの商店主たちが頷いた。
「そうだな……また無駄に希望を持つのは、もう辛い。」
「家族の生活もあるし、無理なことはできない。」
悠斗は、歯を食いしばった。
「でも……このまま何もしなかったら、本当に商店街は消えてしまいます!」
しかし、悠斗の言葉に、誰も何も言わなかった。
沈黙が、すべてを物語っていた。
——翌日、悠斗は、再び商店街の人々に会いに行った。
最初に訪ねたのは、八百屋の田中茂だった。
田中は、眉をひそめた。
「……無理だって言ってるだろう。お前、しつこいぞ。」
しかし、その時——
「おじいちゃん、どうしてやらないの?」
田中の孫娘、田中あかりが顔を出した。
「え……?」
「おじいちゃん、いつも八百屋は楽しいって言ってたじゃん!」
「昔みたいに、お客さんとおしゃべりしたり、私にも八百屋の仕事教えてくれるんじゃなかったの?」
田中は、言葉を失った。
「あかり……」
「私、おじいちゃんのお店、大好きだよ!」
「だから、お店がもっと賑わったら、嬉しい!」
その言葉に、田中は目を閉じ、深く息を吐いた。
——テントの下であかりと並び、陽に照らされたトマトを手に「いらっしゃいませ」と声を張ったあの夏の日の瞬間が、あかりのはじけるような無邪気な笑顔が、ふいに田中の胸によみがえった。
そして
「……わかったよ。」
田中は、静かに呟いた。
「もう一度だけ、やってみる。」
「お前らの熱意に負けたよ。」
田中の言葉を聞いた瞬間、悠斗の胸に熱いものがこみ上げた。
思わず拳を握りしめ、込み上げる笑みをこらえきれず、空を仰いだ。
その瞬間、心の中には確かな光が差し込んでいた。
——ようやく、一歩、前に進めた。
田中が動いたことで、商店街の空気が変わり始めた。
「田中さんがやるなら、俺もやるよ!」
「久しぶりに、ちょっと張り切ってみるか!」
「もう一回、挑戦してみよう!」
次々と商店街の人々が、桜川マルシェへの参加を決意した。
その中心には、松田屋の航太の姿があった。
「やったぁ! みんながやる気になった!」
「これで、お店も元気になるね!」
航太の無邪気な笑顔が、商店街に明るさを取り戻すように広がっていく。
そのそばには、あかりの姿もあった。
おじいちゃんの背中をまっすぐに見つめながら、小さな手でぎゅっとエプロンの裾を握っていた。
あかりもまた、町の変化を感じ取っていたのだろう。
その瞳には、どこか誇らしげな光が宿っていた。
航太とあかり、ふたりの子どもたちの笑顔が、かつて沈んでいた大人たちの頬を、自然とほころばせていった。
「よし、ここからが本番だ!」
悠斗は、商店街の人々とともに、準備を本格化させた。
