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イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第四十六話 仮面のサン


LAG本部には、記録できるものと、記録できないものがある。

その境目を確かめるために、私たちは朝の赤砂市場へ向かった。

そこで待っていたサンは、昨夜とは違う姿をしていた。


エラとヨル 第四十六話
【仮面のサン】


ルーベントに朝日が昇る。

砂漠の地平線から、ゆらりゆらりと辺りを照らし始めた。

夜と昼との寒暖差には、いつまでたっても慣れない。

朝の身支度を済ませた私たちは、サンと合流するため、赤砂市場へ向かった。

赤砂市場の通りは、まだ眠っているようだった。

屋台の支度をする人や、商品を並べる人の姿が、ぽつぽつと見える。

約束の記念碑の前に着いたが、少し早すぎたのか、人影は見えなかった。

辺りを見渡していると、エラが私に耳打ちしてきた。

「ヨル。変なのがいる」

エラが目線を送った先には、一人の人影があった。

市場の記念碑の影に隠れて、こっそりこちらを見ているようだ。

私は少し警戒しながら近づいた。

すると、その人影がさっと隠れる。

――確かに怪しい。

でも、不思議とシルベは反応していない。

――危険性は低いってこと?

目を凝らして、ゆっくり近寄る。

ぼんやりと浮かぶその姿は、確かに怪しさ満点だった。

白い旅衣装に、腰の剣。

昨夜見たときとは明らかに違う。

確かに見覚えのある姿だが、その顔には仮面がついていた。

口元は見えている。

けれど、目と鼻をすっぽり隠した仮面には、薄暗い色付きガラスがはめられていた。

表情が、まるで読めない。

「あれって……」

オトも気づいたようだが、言葉を飲んだ。

怪しい人物は、もじもじしながらこちらを見る。

上げようとした手を下げて、小さく手を振った。

「ヨル。あいつ変だ」

エラが真顔で呟く。

私はひと息吐いて、声をかけた。

「サンさん……それは……」

サンの口元が緩む。

「おはようございます。ヨルさん。その……これは……」

「もしかして、変装してます?」

私の言葉に、サンは両手で頬を押さえて照れた。

「昨日、わかったんです。私の顔は、この街だと目立つようです!」

「宿に帰るだけで、三回も勘違いされました」

深刻そうに話すが、仮面のせいで表情が伝わらない。

「声をかけてきた人には逃げられるし、怖そうな人からは頭を下げられる」

「この顔は危険です」

――何を言っているんだ。

「……その仮面は?」

オトが笑いを堪えながら聞く。

「帰り道の屋台で買いました。日差しを避けられるので、見やすいです」

少し自信を取り戻したのか、サンは胸を張って答える。

「……いいと、思います」

オトは下を向き、肩を震わせる。

「サン。変だ」

エラが冷静にツッコむ。

「でも、カッコよくないですか?」

少し気に入っているようだ。

「まあ、慣れれば大丈夫でしょう」

私は諦めて歩き始めた。

赤砂市場を真っ直ぐ上ると、少しずつ街並みが変わっていく。

それまで雑然と並んでいた建物は姿を消し、代わりに整った石畳と綺麗な建物が並び始めた。

造りはしっかりしていて、古くからあるように見える。

階段を上った先には、大きな門があった。

「中央殻都の大門です」

横を歩くサンが言う。

外と切り分けるように外壁が巡り、門では門兵が出入りを確認している。

門に着くと、門兵から声をかけられた。

「入場札は?」

私はディケから預かった札を見せる。

門兵は少し驚いた様子で、札を確かめた。

「失礼しました!」

急に姿勢を正し、敬礼をする。

――ディケって偉い人なの?

昨日のとぼけた雰囲気のディケが浮かぶ。

慌てたように詰所へ駆け出した門兵が、白い制服を着た数人の男たちと共に戻ってきた。

「お待ちしておりました。監査官がお待ちです。ご案内します」

制服の男たちは、こちらを見ると尋ねてきた。

「三名と聞いていましたが……」

怪しげな仮面の女性をチラリと見る。

――ですよね。

「すみません。昨日知り合った人が増えました。街に詳しい人なので、一緒でも平気ですか?」

私の言葉を聞いて、別の男が耳打ちをする。

何か相談しているようだ。

「事情はわかりました。ディケ監査官殿の判断を聞いてからとなります」

そう言うと、一人の男が門の中へ走っていった。

悪いことをしたかもしれないと反省したが、それ以上に落ち込んでいるサンの姿に、少し口元が緩んだ。

しばらく待っていると、息を切らして男が戻ってきた。

「問題ないそうです」

その言葉に頷くと、私たちは門の中に案内された。

中に入る前に手荷物検査を受け、武器は全て取り上げられた。

エラは「シロとクロは果物ナイフだ!」とごねていたが、オトに説得されて渋々預けていた。

門の中は、外に比べてさらに落ち着いた雰囲気だった。

道端に座り込む人や物売りの姿はなく、道は整備され、清潔だった。

時折すれ違う馬車に乗る人も綺麗な服を着ており、ここが違う世界だと感じさせている。

やがて、LAGの旗が壁に掛けられた大きな建物に着いた。

応接間で待つように言われた私たちは、大きなソファに腰を下ろし、初めて見る豪華な部屋に圧倒されていた。

短いノックとともに、ディケが顔を出す。

知った顔を見て、少しだけ安心している自分がいた。

「いや、いや。お待たせしました。みなさん」

昨日と変わらず、独特なリズムで話し出す。

立ち上がろうとした私たちを手で制して、向かい側のソファに腰を下ろす。

「えっと、そちらの変な人は……」

ディケがサンを見つめて、一瞬止まる。

「サンと言います。昨日知り合ったんですが、街に詳しいので、同行してもらいました」

オトが答える。

「怪しい者ではありません!」

サンが慌てて声を上げる。

「わかりました。でも、記録はしますね。仮面を取ってください」

ディケが本を開く。

戸惑ってはいるが、私を見て、サンはゆっくりと仮面を外す。

一瞬、ディケが目を細めた。

「なるほど……これは、記録できませんね」

ディケはそう言うと本を閉じて、少し考える仕草をする。

「サーシャさんには、血の繋がった家族はいないと記録されています」

丸メガネの奥の瞳が揺れる。

「ただ、ここまで特徴が似ていると、変な誤解が生まれますね。その仮面は許可します」

そう言うと、本から一枚の紙を取り出し、さらさらと何かを書いてサンに渡した。

「仮面着用許可証」

横から覗き込みながら、オトが読む。

「中央殻都では警備が厳しいところが多いので、揉めそうならこの紙を見せてください」

紙を受け取ったサンは嬉しそうな表情を浮かべ、仮面をつけ直した。

「さて、記録に残らない話はこの辺にして、記録に残る話をしましょう」

そう言うと、ディケは部屋のベルを鳴らす。

使用人の女性に飲み物を頼むと、話を続けた。

「昨日お話しした地図の作成ですが、正式にお願いできますか?」

「はい。お受けします」

私が答えると、ディケは頷く。

「地図はルーベントの全体地図。地区がわかるように、境界線はなるべく正確にお願いします」

私はメモを取りながら話を聞いた。

「中央殻都には、日中のみ滞在許可がおります。くれぐれも勝手に泊まったりしないようにお願いします」

ディケはエラを見ながら念を押した。

「それと……」

ディケの声が小さくなる。

「もし可能なら、変な奴らを見かけたら、印をつけてもらえませんか?」

「変な奴ら?」

私は思わず聞き返した。

「竜祀教……ご存知ですか? 最近、街に入り込んできた奴らです」

――また、この名前だ。

昨日、酒場で聞いた話を思い出した。

「なんか、白い服を着た人たちで、ドラゴンは神だ、とか言っている連中です」

「そこまで害はなかったのですが、最近、怪しい動きをしています」

「……」

部屋を沈黙が包む。

「目的は定かではありませんが、何かを探しているようです。それに……」

少し言葉が詰まる。

「どうも、LAG内部にも協力者がいるようです」


🔙第四十五話   第四十七話🔜



創作大賞2026 ファンタジー小説部門 投稿作

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