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イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第四十七話 サンちゃんさん


私はこの日、ひとつ大きな判断を迫られた。

竜祀教でも、地図でも、動く街のことでもない。

サンさんを、どう呼ぶべきかだ。


エラとヨル 第四十七話
【サンちゃんさん】


ディケの一言が、私の胸を締め付けた。

雪山での記憶が蘇る。
正しいことをしていると信じ、平気な顔をして人を操る。

あの主教と呼ばれた男の顔が、鮮明に浮かぶ。

「そんな人たちに、協力してなんの得があるんでしょう……」

オトは、誰に聞かせるわけでもなく呟いた。

ディケは手を組み、顎をのせる。

「この街は、三つの勢力が微妙なバランスで成立しています」

「お互いが牽制することで、無秩序の中に僅かな秩序が生まれているのです」

「しかし、それを崩すような第四の勢力が生まれたら……」

ディケは深く息を吐く。

「今はまだ、大きな影響はありません。ですが、使えるものならなんでも使うのがルーベントです」

ディケは、サンに一瞬目をやる。

「少しのズレが、この街に大きな歪みを生むこともあるかと」

私は息を呑んだ。

竜祀教の目的は、はっきりしている。
竜石を見つけ出し、再びエラを使徒にすることだ。

彼らはそのためなら、なんでもする。
それが正しいことだと信じているからだ。

胸の奥に、冷たい風が吹いたようだった。

ルーベントは歪な街だ。
それでも、人が暮らす街だ。

水を運ぶ少年も、怪しい商品を売りつける若者も、みんなここで生きている。

それを崩すことなんて……。

私は言葉を失った。

その空気を変えるように、オトが明るく声を出した。

「サンさんほど怪しい人かはわかりませんが、見つけたら印はつけますね」

そう言うと、軽く笑った。

「私には、これがあります!」

サンは少し勝ち誇ったように、仮面着用許可証を掲げる。

ディケは、それを呆れた様子で見つめ、口を開く。

「地図の作成が優先です」

ディケは、私たちを順番に見た。

「竜祀教の件は、今すぐ動く必要はありませんが、定期的な報告をお願いします」

深々と頭を下げるディケの姿に、私は小さく息を吐いて、頷いた。

ゴゴゴゴゴ……。

地鳴りのような音。
その直後、地面が揺れる。

ゴーン、ゴーン、ゴーン。

街の中心にある大きな塔から、鐘の音が響いた。

「街が動きますね」

驚く私たちを見て、ディケが外を見ながら続ける。

「今晩、街が移動します。くれぐれも街の外に出たまま、置いて行かれないよう注意してください」

ギガントタートルが移動を開始する合図らしい。

街に置いて行かれる。
そんな言葉が、冗談ではなく聞こえる街なのだ。

窓の外を見ると、街の人たちは落ち着いていた。

ーー本当に動く街なんだ。

街の中にいると、ここが生き物の上だということを忘れてしまう。

「仕事が増えそうです。今日はこの辺で」

そう言うと、ディケは分厚い本を持ち、立ち上がった。



面会を終えた私たちは、中央殻都を見て回ることにした。

綺麗な街並みは目新しく、並ぶお店もどこも高級そうだった。

長椅子が並ぶ小さな広場でひと息ついていると、オトが真剣な表情を浮かべる。

ーー竜祀教のこと?

私はディケとの会話が頭をよぎった。

「その……このタイミングで言うべきか悩んだんですが……」

オトは歯切れ悪く話す。

「サンさんって、言いづらくありません?」

ーーえっ?

「サンさんって、サンが続くから、お日様みたいな……」

私は頭を抱える。

「じゃあ、サンでいいじゃん!」

エラが笑って答える。

「いや、それはまだ早いというか……」

この人の頭の中は、どうなっているんだろう。
真剣にそう考えた。

「私はサンさんでも平気ですよ」

サンも、ようやく話を理解したようで、会話に入ってきた。

「そうではなくて、サンさんって他人っぽいし、響きが、ちょっと」

ーー変なところに職業適性を発揮している。

ふと頭をよぎる。
エラは出会った時から、エラだった。

でも、オトは?

出会った時は、『さん』をつけていたのに……
オトも気付けば呼び捨てになっていた。

ーーいつからだろう?

思い出せない。

「じゃあ、サンじゃなくて、ヨンにすれば?」

エラが笑いながら話し始めた。

かなり乗り気になっている。
危険だ。

「いや、そこを変えるなら、なんでもありじゃないですか」

オトが不満そうに続ける。

「ヨンさん……だと、数字っぽいし……」

「ヨン様!?」

「それはなし!」

なぜか、私が全力で止めてしまった。

視線が集中する。

「なら、ヨルが決めなよ」

エラが意地悪そうに言う。

「サンちゃん……」

私がぽつりと言う。

「それ可愛い!」

サンの声が一段高くなった。

気まずくなった私は、小さく言い直す。

「サンちゃんさん……」

「そこに、さん付ける?」

エラがずっこけたように言う。

「一周回って、さらに言いづらくなったような……」

サンを見ると、仮面があってもわかるぐらい、なぜか嬉しそうにしている。

「こういうの、良いですね」

サンの声から、さっきまでの弾みが消えた。

「私、あんまり名前で呼ばれたことなかったから……」

「あっ、でも本名じゃないや」

サンは自分でそう言いながらも、私たちを見て笑っている。

ーー仮面があると、わかりづらいな。

そんなことを思いながら、私は立ち上がって言った。

「そろそろ行こうか。サン」

エラとオトが目を丸くする。

「決まりですね」

オトは手を合わせて頷いた。

「はい!」

サンは立ち上がると、これまでで一番の笑顔を浮かべた。

ーーやっぱり仮面があると、わかりづらい。



🔙第四十六話   第四十八話🔜



創作大賞2026 ファンタジー小説部門 投稿作

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