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イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第四十八話 ルーベント亀祭り・一人仮装行列


ルーベントには、素顔で歩いてはいけない夜がある。

名前も、立場も、過去も、仮面の下に隠す夜。

それでも、隠しきれないものは必ず残る。



エラとヨル 第四十八話
【ルーベント亀祭り・一人仮装行列】
【前夜祭】


ディケからの依頼は順調に進んでいた。

なんだかんだ言って、地図を描くのが好きなエラは、一度始めると止まらない。

昨日あったはずの屋台が、今日は隣の通りに移っている。
昨日通れた道が、今日は荷物で塞がれている。

それでも、三日も歩けば少しずつわかってくる。

ルーベントは、壊れているのではない。
動いているのだ。

私が調べ、それをエラが地図に記す。
二人でやっていた作業も、気づけば人数が増え、賑やかになっていた。

「エラさん。ここの屋台は穴場です!」

オトの声が弾む。

「わかった。何系?」

「お肉が中心です!」

エラは地図に“肉”と書く。
それを、サンが嬉しそうに見つめる。

「……」

ーー少しズレてはいるが、まあ大丈夫だ。

サンは、やはり土地勘があるようだ。
ところどころ間違ったり、物騒な場所に出たりもしたが、俯瞰した街の配置を教えてくれた。

地図作りを始めてから三日ほど経ったころ、街並みに変化が現れる。

作業のため、サンも同じ宿に移っていた。
その朝、私たちが食堂で朝食を食べていると、外が騒がしくなっていることに気づいた。

「ヨル。祭りだ!」

食事を済ませていたエラが、外を眺めて目を輝かせた。

だが、祭りという言葉に最初に反応したのはオトだった。

「エラさん。屋台は何系ですか?」

エラが窓に張り付いて、目を凝らす。

「果物。お酒。肉。肉。肉」

エラの言葉に、オトは一つずつ頷く。

「ヨルさん。急ぎましょう」

まだ食事の途中だが、オトは腰を浮かせている。

「亀祭りですか?」

サンが口元を上品に拭いながら、ぽつりと言う。

「亀祭り?」

私はその言葉に思わず反応する。

「ルーベント亀祭りです。確か、ギガントタートルが大きな方向転換をするときに開かれる、年に一度のお祭りです」

サンは何かを思い出すように答える。

「カメ……」

エラの口元が上がる。
新しい遊びを見つけた子供のようだ。

「それに、変わった決まりがあったような……」

サンは腕を組み、思い出しているようだった。

「そう! 亀祭りの日は、みんな仮面を着けるんです!」

ーーなぜ、そうなる?

すでに仮面を着けているサンの姿を見る。
街中の人が同じ格好になることを想像すると、頭がうまく回らない。

「仮面って、どんなものですか?」

オトが食いついた。

「顔が隠れれば、なんでも良いみたいです」

「ただ、ルールがあって……」

サンは指を折りながら言う。

「祭りの間は、相手の素顔を見てはいけない」

「名前も立場も明かさない」

「喧嘩禁止……だったような……」

ここまで細かく決まりのある祭りなんて、初めて聞いた。

呆れた気持ちになったが、エラは今にも飛び出しそうだ。

「今日は、仕事はお休みだね」

私はため息を吐くと、立ち上がる。
待っていましたとばかりに、エラとオトが駆け出した。

「私、遠くからしか見たことないから楽しみです」

サンも嬉しそうに続く。

ーー何も起こらなきゃいいけど。

私は腰のシルベに触れ、後に続いた。

通りで集めた話は、概ねサンの言った通りだった。

ギガントタートルが大きな方向転換をすると、街が大きく揺れる。
夜に移動するから、寝てもいられない。
だから祭りにしよう、ということらしい。

仮面を着けるのは、因縁を残さないため。

ただでさえ荒っぽいルーベントの住民が、祭りで騒がないわけがない。

祭りの日だけは、多少の無礼を見逃して、みんなで騒ぐことにしたらしい。

面白いのは、三勢力がこの日だけは協力すること。

祭りを仕切るのが、赤い瞳。
細かな運営と警備は、LAG。
屋台運営は、砂漠の薔薇。

そういった形で開催されるため、普段より平和らしい。

ーー普段からそうすれば良いのに。

祭りという特別感と、年に一度だけという縛りが、お互いを納得させているのだと感じた。

「ヨルはどの仮面にするの?」

当然のように立ち並ぶ仮面の屋台を覗きながら、エラは言う。

エラはすでに決めたらしい。
でも、先にわかると面白くないと、各自買ったものを見せないことにしていた。

「もう少し見てから決めるわ」

そう言うと、お互いに別の店へ歩き出した。

その日の夜。

赤砂市場に明かりが灯る。
窓から見ると、普段より多くの人が通りに出て、人だかりができている。

私は宿屋の部屋で準備をしていた。

屋台で買った黒いマスクを着けて、鏡の前に立つ。
目元だけが隠れるシンプルなもの。

一緒に買った黒いテンガロンハットを被ると、昔絵本で見た仮面の騎士のようだ。

「何やってるんだろ」

独り言を言うと、みんなが待つ食堂に降りた。

夜なのに、みんなそれぞれのマスクを着けて飲んでいる。
ぱっと見では見分けがつかない人混みの中、明らかに目立つ姿が目に入る。

オトだ。

全身を淡いピンクで統一した踊り子の衣装。
薄いケープを羽織り、口元をフェイスベールで隠して目元だけが出ている。

艶やかな衣装と、逆に目だけを出している姿が、この砂漠の街に合っていた。

私が手を上げると、オトはすぐに気づいて近づいてくる。

「ヨルさん。カッコいいです」

オトは茶化すように言う。

「オトも似合ってるよ」

私は素直に認めた。

やはり、こういう場所ではオトは大人だ。
余裕のある動きが、色っぽく見える。

「ごめん! 待った?」

大きな声。
振り返ると、エラの姿があった。

普段とは違い、髪を綺麗に結って後ろにまとめ、金色の飾りがたくさん付いて煌めいている。

白色と金の刺繍が入った服が、エラの褐色の肌を際立たせていた。

顔には目元だけのマスクを着けているが、雰囲気が違う。

「エラ。化粧してる?」

わずかに覗く目元には紫色のアイシャドウと、くっきりとしたアイラインが入っており、顔の輪郭をより強くしている。

思った以上の変化に、私は驚いた。

「エヘヘ。たまにはね!」

そう言って少し照れた様子のエラが、可愛く見えた。

「あとは、サンだけか……」

私がそう言いかけた時、どよめきが起こる。
笑い声と驚きの声。

嫌な予感がしたが、その方向を見ると、予想の斜め上を行く姿があった。

アニマルマスクを着けたサンがいたからである。

いや、多分、おそらく、間違いなくサンだろう。

「サン! 犬だ!」

エラが腹を抱えて笑っている。
オトは目線を外して肩を震わせる。

顔を覆った、どう見ても犬のようなマスク。
耳もある。鼻もある。目にはちゃんとガラスが付いていて、サンの赤い瞳を隠している。

ーーでも、そうじゃない!

仮面を着けた人々の中で、一人だけ仮装行列のような姿が浮かんでいる。

しかも、犬だ。

「サン……どうして?」

言葉が出ない。
頭に浮かんだ疑問が多すぎて、私の思考は止まっていた。

「これ、犬じゃないです。狼です」

ーーそこは訂正するんだ。

顔がまったく見えないが、サンは自信満々のはずだ。

「可愛くないですか?」

「犬が……犬が喋ってる!!」

エラは笑いすぎて、過呼吸寸前だ。

「狼です。しかも見てください」

サンはそう言うと、クルリと回ってお尻を見せる。
そこには尻尾が付いていた。

「これ、おまけで付けてもらいました」

「尻尾。尻尾まである」

エラは膝を付いて笑っている。

ーーダメだ。

サンは、一段上にいた。
しかも、斜め上に。

目立たないはずの仮面だらけの祭りで、異彩を放つサンの姿。

私は諦めて、祭りの屋台を目指した。


赤砂市場には多くの屋台が並び、そこかしこで声が上がる。

肉を焼く煙と酒の匂い。
それを羨ましそうに眺める子供たち。

旅芸人がナイフを投げる曲芸を披露すると、大きな歓声が上がる。

大きな広場では音楽が流れ、踊り子が妖艶に舞う。
集まった男たちの目を釘付けにしている。

誰も、誰なのかわからない。
そのはずなのに、誰なのかだいたいわかる。

私はこの不思議な祭りが醸し出す、独特の世界を目の当たりにしていた。

「ヨルさん。あれって?」

オトが耳元で囁く。

私が目線を送ると、どこかで見たことのある人物がいた。

小太りな体に、黒いクセのある髪。
仮面を着けていても、体型で一目でわかった。

「ディケさんですね」

名前を呼ぶのは禁止されていても、すぐにわかっては意味がないのでは?

私の口元が上がる。

近くには、さらに知った顔が並ぶ。

片目に黒い眼帯。
灰色の髪と褐色の肌の女性の大声が響く。

「祭りだ! まずは飲め!」

「ローズさん。せめて仮面を着けてください」

ディケが困ったように言う。

「してるだろ!」

ローズが眼帯を指差し、笑う。
片手に杯を持ち、ディケに絡んでいる。

「飲み過ぎですよ。ルーベント飲酒条例第三……」

「ごちゃごちゃ、うるせえな」

ローズはおかまいなしだ。

「お前は仮面なんかする前に、もう少し腹を引っ込めな!」

ガハハと笑い、ディケのお腹を指差す。

ーーうん。見なかったことにしよう。

私が背を向けて歩き出した時、地面が大きく揺れる。

これまで感じた中でも、一番大きな揺れだ。
祭りに集まった人々からも悲鳴が上がる。

地響きとともに、屋台の棚から食器が落ちる。
立っていることすらできず、私は地面に手をついた。

「始まりやがったな!」

ローズの楽しげな声が聞こえる。

ギガントタートルの大方向転換だ。



🔙第四十七話   第四十九話🔜



創作大賞2026 ファンタジー小説部門 投稿作

黒を基調とした仮面の騎士風ヨル
やればできる子。大人なエラ
母親の血が騒ぐ。踊り子オト
仮面ガチ勢。狼へのこだわりサン

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