イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第四十九話 ルーベント亀祭り・揺れる仮面
地面が揺れる。
人々も揺れる。
まるで、それを楽しむように声を上げて。

エラとヨル 第四十九話
【ルーベント亀祭り・揺れる仮面】
【本祭】
ルーベント亀祭りは、突然始まった。
ギガントタートルの大方向転換が始まると、これまで感じたどんな揺れよりも強い振動が、街全体を走った。
酔っ払いたちは道端を転げ回りながら、笑っている。
酒瓶も料理も、あちこちへ転がっていく。
オトは串焼きを必死に握りしめていた。
エラはあっちにゆらゆら、こっちにゆらゆら、器用に揺れに合わせて動いている。
サンは……狼の仮面を被ったまま、微動だにしない。
ーーどんなバランス感覚なんだ。
地面に手をつき、揺れが収まるのを待っていた私も、少しずつ楽しくなり始めていた。
まるで、遊具で遊んでいるようだ。
怖いのに楽しい。
周りの悲鳴に似た声も、どこか楽しげに聞こえる。
大きな揺れが、ゆっくりと収まっていく。
ぐちゃぐちゃになった屋台を、商人たちが笑顔で直している。
その姿に、この街の逞しさを感じた。
あっという間に屋台が元に戻ると、祭りの熱はさらに高まった。
呼び込みの声は大きくなり、街を包むようにテンポの良い音楽が流れる。
「凄かったですね」
なんとか串焼きを死守したオトが言う。
「でも、楽しかったです!」
サンが声を弾ませた。
「ちょっと酔ったかも……」
口を押さえたエラが、ふらふらと歩いてくる。
確かに、まだ揺れているような感覚が残っていた。
大人たちが酔っ払うと、こんな感覚になるのかもしれない。
「大丈夫? 休む?」
エラに声をかけたが、エラは首を振った。
「祭りはこれから。多分、酔いが足りないだけ」
謎の理論を展開すると、エラは屋台に向かう。
そこで一杯注文すると、一口で飲み干した。
近くの客から声が上がる。
「嬢ちゃん、いい飲みっぷりだ!」
拍手に手を上げて答えるエラは、もう平気そうだった。
そこへ、私の肩に手がのる。
驚いて振り返ると、ローズの姿があった。
「お前ら、こんなとこにいたのかい?」
逃げたくても、力強く押さえられた手はびくともしない。
ローズは顔を近づけながら、まじまじと私を見つめた。
「そうか、今日は名前を呼ぶのダメだったか! ま、覚えてないんだけどね」
本気で言っているのかも、わからない。
「海賊さん。私のお友達を離してくれませんか」
サンがローズの腕を掴んだ。
一瞬で空気がピリつく。
「あぁ? 誰に口聞いて……」
ローズが振り返った途端、言葉が止まる。
というか、体全体が固まっていた。
「犬……!? い、犬?」
ローズは頭に手をやると、大笑いする。
「おいおい、どこのどいつか知らないが、こいつは傑作だ」
ーーリアクションがエラと同じだ。
腹を抱えて笑っている。
「犬じゃありません。狼です」
サンは胸を張って言ったが、狼の仮面のせいで、凄みよりも可愛さが勝っていた。
「悪かった。狼さん。こいつは私の知り合いさ」
ローズは私の肩から手を離すと、軽く私の背中を叩いた。
「でも、こんな面白い奴が増えてるとは、飽きない連中だね」
そう言うと、エラとオトに視線を向けた。
「どうやら、まだ生きてたようだね」
「おかげさまで……」
オトが短く返す。
「せっかくの祭りだ。野暮なことは抜きで楽しみな!」
そう言うと、ローズが軽く手を上げた。
それだけで、近くにいた男たちが動き出す。
通りの端に椅子とテーブルを並べると、酒樽と料理を運んできた。
「ここは私の奢りだ。好きにしていいよ」
そう言うと、ローズは杯片手に歩き出した。
「ありがとうございます」
私はお礼を言うと、席に着いた。
「お知り合いだったんですね。ごめんなさい」
サンが反省したように言う。
「いや、友達と言うほどの仲じゃない。逆に助かったよ」
そう言うと、俯いていたサンは顔を上げた。
エラとオトも席に座り、ようやく落ち着きを取り戻した。
「あいかわらず、よくわからない人だ」
エラが言う。
それを横で聞いていたオトが、くすりと笑う。
「エラさんと同じ匂いがしますけど」
「どこがだよ」
エラは口を尖らせた。
「真っ直ぐ過ぎて、よく人とぶつかるところとか」
「ひどい」
上手いことを言う。
確かにエラとローズは似たところがある。
大雑把だが、変な気遣いもある。
そこが人を惹きつけるのか、あるいは……。
そんなことを考えていると、サンが呟いた。
「ヨル。どうしよう、この仮面だと食べられない」
今度はエラが腹を抱えて笑う。
オトも肩を震わせていたが、そっとサンにマスクを渡した。
目元だけを隠すマスクだ。
「どうして、これを……」
「宿屋を出る前に思いました。食事、どうするんだろうって」
「いつものとは違いますけど、食事の時はこれを使ってください」
さすが、オトだ。
私は半分諦めていたのに。
少し反省する。
サンはマスクを受け取ると、軽く頭を下げた。
マスクを付け替えると、ひと息吐く。
よく見ると、汗だらけだ。
「狼のマスク、可愛いですけど暑くて……」
ーーでしょうね。
ハンカチで顔を拭くと、サンは杯を一気に飲み干した。
「でも、みんな楽しそう」
私は自然と言葉が溢れる。
いつもは油断ならない街だが、今日だけは温かく感じる。
祭りのせいなのか、揺れのせいなのかはわからない。
でも、そう感じられた。
その時だった。
一瞬、視線を感じる。
腰のシルベがヒンと鳴る。
私はすぐに辺りを見渡すが、怪しい動きはない。
「どうかしましたか?」
私の動きにオトが反応する。
エラもさっきまでの笑みを消し、急に真顔になっていた。
視線は感じない。
シルベも反応が止まった。
なんだったんだろう……。
「ごめん。嫌な視線を感じたんだけど、気のせいだったかも」
そう言うと、私は腰を下ろした。
「気のせいではないです」
サンがこちらを見ずに言う。
「殺気ではないですけど、悪意ある視線です」
目元だけのマスクの奥で、サンの赤い瞳が暗闇を見据えている。
「私の目線に気づいて、いなくなりました」
「ただ、ヨルに向けられたものなのか、違う誰かに向けられたものなのかは、わかりませんが」
ーーこの人、すごい。
シルベがなければ気づかなかったことに、あの一瞬で気づいている。
いつもの雰囲気とは違うサンの様子を見て、私は腰のシルベに手をやった。
今は夜だ。
私の時間だが、それ以上の感覚を持った人がいる。
気を抜き過ぎていたのかもしれない。
祭りの夜は更けていく。
ただ、まだ始まったばかりだった。
突然、ガタンと椅子が倒れる音がする。
隣に座っていたエラが立ち上がり、一点を見つめていた。
その先には、赤いマスクをつけた青い髪の女性が佇んでいる。
祭りの灯りの中で、その赤だけが、やけにはっきり見える。
闇夜に映し出される、サーシャの姿だった。

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