イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第十二話 吹雪の日、この音だけが違う
——助かった、と思った。
暖かい火。
人の気配。
笑い声。
それだけで、十分なはずだった。
なのに——
なぜか、
少しだけ安心できない。

エラとヨル 第十二話
【吹雪の日、この音だけが違う】
冷たい風が頬に切りつける。
雪が激しく舞う山中で、私たちは行き場を失っていた。
「ヨル。これ以上は無理」
エラの顔にも余裕がない。
少し先も見えない。白い世界。
私は避難できる場所を求めて、歩みを進めた。
雪に埋まる足は、一歩一歩と重さを増している。
ーーアトラ山脈
中央大陸北東部にある険しい山脈。
正確な地図がほとんど存在しないこの場所を地図に記すため、私たちはここにいる。
しかし、突然の天候変化は私たちの予測を大きく裏切った。
「エラ。あそこ!」
風の音で、隣にいるエラにすら私の声が届かない。
手の動きを大きくし、それに気づいたエラが私の指さす方を見る。
吹雪の中で、うっすらと浮かぶ影。
山小屋だ。
立ち止まっているだけで、動けなくなりそうになる。
私たちは、その方向に重い体を動かし始めた。
ギィイと鈍い音を立てながら、扉が開く。
激しい風が扉を叩く。
倒れるように小屋に入った。
小屋の中は暖かいが、先客がいたようだ。
突然現れた私たちの姿に、驚いた様子。
暖炉に火が入り、身を寄せ合うように男女が二人。
少し距離を取るように、もう一人。
少女のように見える人がいた。
「ごめんなさい。突然の吹雪で、収まるまで居ても良いですか?」
私は頭を下げた。
「私たちも似たようなものですよ」
そう答えたその人は、柔らかく笑った。
男女二人はフードを目深に被り、顔までは見えないが、男が頷く。
私は体に付いた雪を払い、差し出された椅子に腰を掛ける。
「ありゃ。じゃあ、みんな迷子?」
外套を乱暴に振りながら、エラはとぼけたように言う。
「エラ。それは私たちだけ」
私がピシャリと言うと、少女が笑う。
「私はオト。見ての通り、吟遊詩人をしています」
そう言うと、手に持ったリュートを見せる。
ピンク色の髪。透明な肌。
十代前半に見える幼さが残る見た目だが、目鼻立ちが整い、まるで人形のような美しさがあった。
「お二人は仲が良いんですね」
「姉妹……ではないですよね?」
私とエラを交互に見つめながら言う。
「お姉さんです」
胸を張って言うエラ。
「違います」
私が冷静に答える。
その姿を見て、オトは笑う。
「私はヨル。彼女はエラと言います」
「私たちは地図を作る仕事をしているんです」
「アトラ山脈は地図がまだ少ないから……」
私が説明する様子を、黙って見ていた二人組の姿が気になった。
目線が、エラだけを見つめている。
ーー知り合い?まさか?
私の視線に気づいた男が話す。
「私はディア。彼女はシーズ。私たちは旅の途中だ」
ディアの低い声が響く。
「ディアさんとシーズさん、というんですね?」
オトが割って入る。
「私も少し前に着いたので、自己紹介もしてませんでした」
オトはそう言うと、立ち上がりリュートを弾き始めた。
〜〜♬
吹雪の音だけが聞こえる山小屋に、優しい旋律が流れる。
その音に合わせて、オトが歌う。
私は目を開いた。
ーーあぁ、なんて素敵な歌声。
オトが一節を歌い終わると、静かに頭を下げる。
「すっごーーい!!」
エラは目を輝かせる。
ディアとシーズも小さく拍手をする。
「ありがとうございます」
暖炉から薪が弾ける音がする。
——その音だけが、少し遅れて聞こえた気がした。
「ねぇ?今の歌、なんて歌?」
エラは身を乗り出して聞く。
「“ドラゴンに挑んだ男”です」
ーー知ってる。有名な歌だ。
「へぇ〜ドラゴンっているんだ?」
「います……」
エラの言葉に反応するように、シーズが呟く。
「ドラゴンは存在する。見ないだけだ」
ディアが一同を睨むように言う。
「……」
一同が沈黙する。
「ねぇ、他の曲は?」
エラはそんな空気を気にせず話す。
「ええ、いくつかありますよ」
オトは少しだけ嬉しそうに微笑む。
「どんなのがいいですか?」
「楽しいやつ!」
間髪入れずに答えるエラ。
「さっきのはちょっと重かったし」
「重いって……」
私は呆れたように息を吐く。
「いいですね。じゃあ、少し明るい曲を」
オトはリュートの弦を軽く弾いた。
さっきよりも軽やかな音。
足先でリズムを刻みたくなるような、そんな音。
〜〜♬
歌が始まる。
思わず、エラの肩が揺れた。
「ほら、やっぱり」
「何が?」
「こういうの、好きでしょ」
「うん」
エラは素直に頷いた。
オトとエラを見比べる。
——この二人、本当に似ている。
オトの歌に合わせて、エラが指で机を叩く。
そのリズムが少しずつ合っていく。
まるで最初から決まっていたみたいに。
「すごいですね」
オトが歌の合間に小さく言う。
「え?」
「リズム、ぴったりです」
「なんとなくだけどね」
エラは笑う。
「なんとなくで合うのが、すごいんですよ」
そう言って、オトも少しだけ楽しそうに声を乗せた。
小屋の中に、少しだけ笑い声が増える。
歌が終わると、仰々しく頭を下げた。
「この歌、少し前に流行ったんですよ。……まあ、ずいぶん前ですけど」
外の吹雪が嘘みたいに、遠くなる。
「……いいものだな」
ディアがぽつりと呟く。
低く、抑えた声。
「こういうのは、久しぶりだ」
その言葉に、シーズが静かに頷いた。
けれど——
その視線は、歌ではなく。
エラに向いている。
ほんの一瞬。
「そういえば」
オトが思い出したように言う。
「この辺り、変な人たちが多いんですよ」
「変な人?」
エラが首を傾げる。
「ええ。白い服で、丁寧な言葉で話す人たち」
オトは少し考えるように視線を泳がせる。
「なんていうか……綺麗すぎるというか」
「綺麗すぎる?」
「はい。怖いっていうより……」
言葉を探すように、少し間を置いて。
「正しすぎる感じ、かな。
……前にも、似たのを見たことがあって」
——その瞬間。
暖炉の火が、ぱちりと音を立てた。
ディアの指が、わずかに止まる。
シーズの視線が、ほんの少しだけ動く。
「……そうか」
それだけを言って、ディアは視線を落とした。
何事もなかったかのように。
「ねぇ、ヨル」
エラが振り向く。
「こういうの、地図に載せる?」
「何を?」
「歌が上手い場所」
「載せません」
即答する。
オトがくすっと笑った。
「でも、いいかもしれませんね」
「ほら」
エラが得意げに言う。
「載せたら迷子減るかも」
「逆に増えます」
私は即座に返した。
——その時だった。
シーズの手元で、何かが微かに光った。
——同時に、小さな“鳴り”のようなものが聞こえた気がした。
ほんの一瞬。
火の揺らぎかと思うほどの、かすかな光。
でも——
「……」
私は目を逸らした。
見なかったことにするように。
理由は分からない。
けれど——
何かが、少しだけ噛み合っていない。
——音だけが、違う。
そんな感覚だけが、残っていた。
「ヨルも何か歌ってよ」
「いいですね♪」
エラとオトが私を見つめる。
「無理……」
二人の圧が同じだ。
勘弁してほしい。
「なんで?いいじゃん?」
「合わせますよ?」
エラとオトはやる気満々だ。
「歌、知らないし……」
そう言う私を見て、オトがリュートを弾く。
ゆっくり懐かしいメロディ。
ーーこれ、知ってる。
『スピカ』
村の祭りでもよく歌われた歌。
みんなの視線が私に集まる。
私はひと息吐き、あきらめた顔で歌い出す。
〜〜⤵︎♬
音程が取れない。
というか、私は音痴だ。
声が止まりそうになる。
その時、エラの歌声が重なる。
〜〜⤵︎⤴︎♬
ーーえっ、歌いやすい!?
リュートを弾きながら、オトの声も重なる。
気持ちの良い歌声が続く。
私の迷いそうな歌声が、二人に引っ張られるように重なり合う。
歌が終わる。
私は緊張から息を一気に吐いた。
「ヨル。難しい歌い方するね」
エラが笑う。
「エラさん。それは個性的と言うんです」
そう言うと、オトも笑う。
「えぇ〜私の方が年上だよ!お姉さんの言うことは聞くもんじゃん!」
エラがオトに返す。
「私、こう見えても三十歳です!」
「……」
一同沈黙。
「えぇぇーー!」
エラだけが叫んでいた。
「お姉さんって呼んでいいですよ?」
そう言うと、ウィンクをするオト。
山小屋は、いつの間にか賑やかになっていた。
私は顔が熱くなるのを感じていたが、
不思議と、さっきまでの寒さが弱まるのを感じていた。

⭐️スピカ(星の歌)
『スピカ』
⭐️
迷い道でも 空を見れば
ひとつ光る あの星がある
名前も知らず 歩いてきたけど
同じ夜を 見上げていた
⭐️
遠くてもいい 届かなくても
消えないなら それでいい
ひとりで歌えば 揺れる声も
重ねれば 道になる
⭐️
迷ったときは 思い出して
ここにいたこと 忘れないで
手を伸ばせば 触れなくても
同じ光に 照らされてる
⭐️
遠くてもいい 届かなくても
消えないなら それでいい
ひとりで歌えば 揺れる声も
重ねれば 道になる
⭐️
あの星の名を 知らなくても
進む理由は 消えない
迷いながらで かまわない
それでも人は 歩いていく

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