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イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第十三話 山小屋のクッキー事件


クッキーが消えた。

ついさっきまで、確かにそこにあった。
この山小屋には、五人だけだ。

「これは、不味いことになりましたね……」

オトが暖炉を見つめながら呟く。

容疑者は、この中にいる。
……たぶん、みんな犯人には気づいていた。





エラとヨル 第十三話
【山小屋のクッキー事件】


――事件は、少し時間を遡る。

突然の吹雪により、山小屋という密室に偶然集まった五人。

吟遊詩人のオト。
旅人の二人組、ディアとシーズ。
そして、エラと私だ。

簡単な自己紹介になるはずだった。
なのに、なぜか歌いだしたオトと、それにノリノリで乗っかるエラ。

山小屋の中は、あっという間に小さな歌劇場になっていた。

「ヨル〜、お腹すいた〜」

ひとしきり歌い終えたところで、エラが急に現実へ戻ってきたらしい。
お腹をさすりながら唸っている。

そういえば今日は、歩き通しでろくに食事をしていない。
私も今になって、空腹を感じ始めていた。

「食事はとってなかったの?」

オトが少し心配そうにエラを見る。

「ヨルがケチだから、黒パンしか食べさせてくれないんだよ」

「あなたが贅沢ばかりするからでしょ?」

ため息まじりに私は答えた。

エラは普段はケチだ。
なのに、食事にだけは妙にお金を使う。

山の地図を描くことになったのも、元を正せば、路銀を食事に使い果たしたエラのせいでもある。

「それでしたら、良いものがありますよ」

そう言って、オトが鞄から何かを取り出した。

可愛らしい形をしたクッキー。
星の形やハートの形。
干した果物が練り込まれているものもある。

「いいの!?」

エラが目を輝かせて飛びつく。

「エラ。あなたには黒パンがあるじゃない」

そう言って私は、鞄からパンを取り出した。

……カチカチだ。

もはやパンというより、石である。

「ヨル。それ食べたら歯が欠ける」

旅用に保存がきく黒パンは、もともと固い。
それがこの寒さで凍りつき、まさに石のようになっていた。

「私の手作りですけど、よかったらどうぞ」

オトはにこりと笑って、エラに差し出した。

「ありがとう」

そう言ってエラは、クッキーを一枚そのまま口に放り込む。

「……」

「オト。これ……」

言いづらそうに、エラが口を開く。

「何が入ってるの……?」

「肉ね」

当たり前のように、オトが答えた。

「旅人には栄養が必要でしょ?」

「甘みもあると嬉しいし、保存もきく」

「完璧ですね」

そう言うとニコリと笑う。

――肉? クッキーに?

エラは吐き出しそうになるのをこらえるように手で口を押さえ、無理やり飲み込んだ。

「個性的な味だね……」

必死に言葉を選んだのがよくわかる。

その一言で、私は察した。
このクッキーは、明らかに危険なものだ。

「ヨルさんもどうぞ」

オトの笑顔が怖い。

――これは断れない。

私は恐る恐るクッキーを受け取り、口に運んだ。

!?

甘さの中に、肉の塩っぱさが混ざる。
いや、ギリギリおいしい…

――嘘です。ものすごく不味いです。

私はほとんど噛まずに、水筒の水で流し込んだ。

エラが目で合図を送ってくる。

「面白い味ね!」

私は精一杯の笑顔を作って答えた。

「よかった。まだあるの!」

そう言ってオトは、鞄から袋を取り出した。
中には、まだ五枚は残っている。

――これは危険だ。

私はエラに視線を送る。
エラも黙って、小さく頷いた。

「ディアさんたちも――」

「私は大丈夫だ」

私たちの異変に気づいたのか、ディアはすぐに言葉を遮った。

「あら。じゃあ、シーズさんだけでもどうぞ」

袋を開き、オトがシーズの前に差し出す。

満面の笑みだった。

「……ありがとう……」

何かを悟ったような顔で、シーズはクッキーを受け取った。

「……」

オトの視線がシーズに向く。

「……いただきます……」

笑顔という無言の圧力に負けたのか、シーズはクッキーを口にした。

「……まずっ……」

オトに聞こえないよう、小さく呟いたその言葉を、私は聞き逃さなかった。

「やっぱり、ディアさんも……」

「私は大丈夫だ!」

ディアは低い声で言った。

隣のシーズが、そっとディアの袖を引っ張り、静かに首を振る。

今にも立ち上がりそうだったディアは、そこで踏みとどまり、深く息を吐いてからクッキーを受け取った。

「一枚だけ……もらおう」

そう言って、オトからクッキーを受け取る。

ディアは手の中のクッキーを、じっと見つめていた。

その沈黙に引かれるように、みんなの視線がディアに集まる。

――食べない選択肢はないよね。

私は、なぜだかみんなの考えていることがわかった。

……いや、違う。
ただ、一人だけ逃げることを許したくなかっただけかもしれない。

ディアはその空気を理解したのか、意を決して一口かじる。

「ブホッ……ゴホゴホ!」

盛大に咳き込んだ。

シーズから差し出された水を受け取ると、一気に流し込む。

「……すまない」

そう呟いてディアは立ち上がり、一目散に小屋の入口に向かう。

小屋の扉を開くと、吹雪がぶわっと部屋に入り込み、一瞬視界を遮った。

「用をたしてくる」

そう言って、ディアは雪の舞う外へ飛び出した。

風に押されて、扉が勢いよく閉まる。

――逃げた。

私はすぐに理解した。

オトはにこにこと笑いながら、次の獲物を選んでいた。

「あら? クッキーがない?」

オトが視線を向けた先には、確かにあったはずのクッキーが消えていた。

「風で飛ばされたかしら」

オトは残念そうな表情を浮かべる。

「これは……困りましたね……」

暖炉を見つめながら、オトが呟く。

容疑者は、この中にいる。
クッキーはどこへ消えたのか。

……いや。
たぶん、みんな気づいていた。

私は安堵の息を吐いた。

ふと見ると、エラが慣れない口笛を吹こうとしている。
けれど全然鳴らず、気まずそうに目を逸らした。

シーズは俯いたまま、何も言わない。

オトだけが、本当に残念そうに外を眺めていた。


あなたは、この事件の犯人がわかる?


🔙第十二話   第十四話🔜


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note創作大賞2026 ファンタジー小説部門 投稿作

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