イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第九話 ひとつの道。二人の答え。
「何もしてない…」
「…そう言ったら、信じてくれる?」
その言葉を、私はすぐに理解できなかった。
わかっているのは、三つだけ。
人が殺されたこと。
その犯人の特徴に、エラが似ていること。
そして——エラが逃げたこと。
それだけだ。

エラとヨル 第九話
【ひとつの道。二人の答え】
静寂。
まだ朝日が昇ったばかりの小さな小屋で、私はエラと向き合ったまま、答えを出せずにいた。
——何をしたの?
——どうして逃げたの?
言葉は頭の中で何度も浮かぶのに、口に出せない。
もし聞いてしまったら。
もしそれが本当だったら。
私は——
エラを信じられなくなるかもしれない。
怖かった。
口にすれば、事実になることが怖かった。
その姿を、エラはゆっくりと眺めていた。
いつもと違う。
空気が重い。
喉が渇いて、頭が回らない。
「ズルいよ……」
私は、そう答えることしかできなかった。
「ごめん。ズルいよね……」
沈黙。
「ここ……どうして?」
言葉がうまく出ない。
「昔からの癖。必ず逃げ道を見つけておくの」
——何で?
「わからないよね。でも、これで生き延びてきたんだ」
エラの目は、遠くを見ていた。
「私、こういう場所で育ったから」
「ごめんね。巻き込んじゃったみたいで……」
エラは少し言葉を詰まらせ言った。
「街を出たらさ、お別れでいいよ」
エラの言葉はゆっくりと優しく、まるで子どもに言い聞かせるようだった。
私は俯いているしかできない。
「何をしたの……」
私は声を絞り出した。
「……わからない」
「答えになってない!」
思わず声が大きくなる。
そのとき、あたりが騒がしくなる。
——憲兵が戻ってきた。
私の鼓動がまた早くなる。
エラは外の様子をうかがいながら言う。
「どうする? 私と一緒に行く? ここに残る?」
逃げるか、残るか。
その言葉は、思っていたよりも重かった。
エラの瞳が私を見つめる。
揺らぎのない、まっすぐな目。
なぜかそのとき、彼女の姿がブレて見えた。
私は黙って頷く。
「あなたのことはわからないーー」
「でも…」
「ここまで一緒に歩いてきた道ならわかる」
「地図を作るんでしょ?」
私の頬を涙が伝う。
エラは驚いた顔を浮かべ、小さく頷いた。
「ありがとう……」
そう短く返す。
「あそこ見える?」
エラが見つめる先には、古い井戸があった。
「あの井戸、この街の下水道につながってるの」
「あそこまで行ければ大丈夫」
井戸は小屋から少し離れたところにある。
外で怒鳴り声がする。
憲兵は端の小屋から、しらみつぶしに捜索をしているようだ。
エラは私を見ると、鞄から小さな石を取り出した。
黒く光る、小さな石だ。
何かはわからない。
「これ、私のとっておき。ミニアを込めて投げると、すごい音と煙が出る」
「チャンスは一回。これを投げたら、井戸に向かって走る。いい?」
私はエラを見つめると、小さく頷いた。
「行くよ!」
その瞬間、私は一歩だけ遅れた。
——本当にいいの?
ここに残れば、全部がはっきりするかもしれない。
逃げれば、何もわからないままになる。
それでも——
私は、エラの背中を選んだ。
扉を開けたエラは憲兵に向けて石を投げる。
憲兵がそれに気づくと同時に、大きな爆発音と煙があたりを包む。
私はそのまま走り出した——
一瞬だけ、振り返る。
エラがいる。
それだけで、足が止まらなかった。
⸻
腐った臭いがこもる下水道。
遠くから水滴が落ちる音だけが、規則正しく水面を揺らす。
泥だらけの私たちは、会話もなく進んでいた。
いくつかの通路を抜ける。
少しずつ、水の落ちる音が聞こえてきた。
——出口だ。
外の明かりが見えた。
「ねぇ、ヨル」
エラが、静かに言った。
「全部話すよ」
「でもその前に、ひとつだけ聞かせて」
私は顔を上げる。
「ヨルはさ——」
一瞬だけ言葉を止めて。
そして、はっきりと続けた。
「“何をしたか”と、“何をしなかったか”
どっちで人を判断する?」
少しだけ間を置いて、続けた。
「それを知らないままでも、選べる?」
私は、答えられなかった。
正しい答えなんて、わからない。
でも——
もし、あなたがこの場にいたら。
どちらで判断できますか?

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