見出し画像

イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第十話 言わなかったこと


「“何をしたか”と、“何をしなかったか”
どっちで人を判断する?」

その言葉は、誰に向けたものだったのかはわからない。

でも——

少なくとも、エラはその答えを知っているかもしれない。


エラとヨル 第十話
【言わなかったこと】


リンブガルドの郊外。

街を離れた森の奥。

日が沈み、焚き火を囲んだ二人の言葉は少ない。

エラは、火を見ている。

——違う。

見ているのは、もっと遠く。
もっと前の、どこか。

パチン、と木が弾けた。

ーー

「エラ。こっちこっち!」

遠くで誰かが呼んでいる。
振り向くと、青い髪が揺れていた。

「ニコ、待ってよー」

私は笑いながら、声のする方へ走り出す。

ニコは、私と同じ歳の女の子。

青い髪。赤い目。
よく笑う子だった。

血のつながりはない。

それでも——
家族だった。

ルーベントという街のスラムで、私は育った。

親の顔は覚えていない。
ニコのおばあさんが育ててくれた。

毎日、生きるだけで精一杯だった。

「エラは大きくなったら何をしたい?」

ニコに聞かれた。
私はすぐに答えられなかった。

「私はね。世界を見てみたい」

「誰も行ったことのない場所をね、探検するの!」

私は、その言葉を聞いて答えた。

「じゃあ、私が地図を書く!」

そう言って、二人で笑った。

ある日。

「今日だけだから」と、

ニコはパンを持ってきた。

その日を最後に、ニコはいなくなった。

探した。

何日も。

何日も。

でも、見つからなかった。



パチン、と木が弾けた。

エラが、話し始めた。

「子供の頃さ、ニコっていう友達がいたんだ」

エラの声が、静かに落ちる。

「姉妹みたいに仲良くてさ」

少しだけ、間がある。

「ある日、パンを持ってきたの」

「私たちにとっては、ご馳走だった」

火が揺れる。

また、少しの沈黙。

「……すぐわかったよ」

私は息を止める。

「でも、言えなかった」

エラは、火を見たまま続ける。

「やめようって」

風が吹いて、火が揺れる。

「怖かった」

「それを言ったら、全部なくなる気がして」

「だから——言わなかった」

短い沈黙。

「次の日、ニコはいなくなった」

それ以上は語られない。
それでも、足りてしまう。

「本当はね」

エラの声が、少しだけ揺れた。

「探さなかった場所があるの」

私はエラを見つめる。

「街の憲兵所」

その言葉だけが、現実だった。

「多分、わかってたんだと思う」

「でも、怖かった」

「……だから、行けなかった」

その言葉は、誰にも向けられていない。

責めてもいない。
許してもいない。

ただ、そこに置かれている。

少しの沈黙。

風が、木々を揺らす。

「昨日の夜のこと、あんまり覚えてないんだ」

私は顔を上げた。

「祭りで、ヨルとはぐれてから……」

「気づいたら、あの広場にいたの」

私は何も言えなかった。

聞きたいことは、いくらでもある。

でも——

今、聞いてはいけない気がした。

——聞いたら戻れなくなる。

それが怖かった。

——それは、エラと同じだ。

「私また、間違えちゃったのかな?」

その言葉だけが、こちらを向いていた。

初めて。

——答えを求めている。

私は、言葉を探した。

見つからなかった。

正しい言葉も、
優しい言葉も。

何も。

エラは、もう私を見ていなかった。

また、火を見ている。

——違う。

やっぱり、見ていない。

私は、知っている。

この人は今、
「今」を見ていない。

私は小さく笑った。

「やっぱりズレてる」

エラは、何も言わない。
火だけが、揺れている。

「ねぇ、エラ」

私は、少しだけ迷った。

言うかどうか。
踏み込むかどうか。

「私は、ここにいるよ」

言葉は、そこで止まった。

エラは、私を見つめて頷くと、
夜空を見上げて呟いた。

「これで良いのかな…」

私は、まだ知らない。

何を言えばいいのか。
何を言わないままでいいのか。

私は、ここにいる。

ーーそれだけしか、言えなかった。

🔙第九話   第十一話🔜


▶️ ズレた二人の物語はこちら

note創作大賞2026 ファンタジー小説部門 投稿作

いいなと思ったら応援しよう!