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イブ物語|判断寓話|エラとヨル|第四十四話 乾き喉通りのもう一つの赤


ルーベントの夜は、昼よりも明るかった。

ただし、その明るさは人を安心させるためのものではない。

隠したいものを、別の光で見えなくするための明るさだった。


エラとヨル 第四十四話
【乾き喉通りのもう一つの赤】


食事を済ませた私たちは、ルーベントの街を見て回った。

エラはおおまかな地図を書き、そこに情報を加えていく。
久しぶりに地図を真面目に書いている姿に、私は少し安心していた。

ルーベントの街は、想像以上に広く入り組んでいる。

ただ、地区の名前はわかりやすい。
カメの喉元にあるから、喉元門。

そこからすぐに広がる赤砂の市場は、赤砂市場と呼ばれていた。

白カラス亭のある赤砂市場から少し行ったところが、多くの人々が暮らす継ぎ板街。

その先に、オトが探していた飲食街の乾き喉通りがあった。

「いらっしゃーい!」

元気な客引きの声が響く。

日が暮れるころには、仕事を終えた人夫や商人たちが訪れ、通りは賑わっている。

酒場以外にも賭場や娼館、演奏小屋まで並び、まさに夜の街の顔を覗かせていた。

道端では何の肉かわからない肉が焼かれ、千鳥足の男たちが上機嫌に杯を交わしている。

「待て!逃げるな!」

憲兵が声を上げて、男を追う。
ここでは日常の風景なのであろう。
誰も気にもしない。

すぐに喧嘩は起こるし、スリや物取りも珍しくない場所。
油断はできなかった。

オトはそんな街中を踊るように歩き、珍しい食べ物を見つけては私に目線を送る。

私は財布を確認して、首を振った。

ルーベントの物価は高い。
外の街と比べると安い店もあるが、裏通りの衛生状況を目の当たりにすると、素直に手が出せなかった。

特に水が高く、お酒よりも高いところもある。
そのくせ、味が強い物が多かった。

塩をとることが大切なのはわかる。
だが、わざと味を濃くして水を売るつもりなのだと、あとから気づいた。

エラとオトは、お酒を飲んでもほとんど酔わないが、私は別だ。
そもそも、お酒が飲めない。

だから、買い食いはなるべく控えるように心がけていた。

ただ、今回この乾き喉通りに来たのは、情報収集が目的だ。

サーシャのことも気になる。
だが、私たちの目的である竜石の行方も気になっていた。

大きめの酒場を見つけて、席に着く。

看板には、"カメの杯亭"と書かれていた。

宿屋で聞いた、比較的安全な酒場らしい。

ごった返す店内には、注文する声や怒鳴る声、笑い声がこだまして、まさに街の縮図のようだ。

簡単な料理と飲み物を頼んで、私は周囲の声に耳を傾けていた。

「こないだの、あの店、潰れたらしい……」

「ローズのところが、また赤い瞳とやり合ったんだと……」

「あー、あそこで辞めてりゃ大儲けだったのに」

色々な言葉が飛び交うが、なかなか必要な話は聞こえてこない。

エラは昼より落ち着いているが、言葉は少ない。
オトはいつも通り、運ばれてきた料理を楽しんでいた。

「最近、変な奴ら増えたよな。竜祀教だっけ? 気味の悪い連中……」

!?

私はその言葉に反応した。

――竜祀教?

雪山での記憶が蘇る。

ドラゴンを神のように崇める宗教。
その名は知らなかったが、竜祀教という言葉は、あまりにもぴったりだった。

振り返ると、近くの席で二人組の商人が話している。
私の目線に気づいたオトが立ち上がり、声をかけた。

「お兄さん方、一曲いかがですか?」

リュートを見せながら、軽く目配せする。

「吟遊詩人か? 金ならねぇぞ」

商人は少し警戒するように答えたが、オトは首を振った。

「飲み物一杯で結構です。どんな曲でも奏でますよ」

そう言うと、オトは商人の胸元の飾りを指先で軽く弾いた。
もう一人の商人は、それを羨ましそうに見つめている。

「おぉ……おぉ……なら、なんでもいいから明るい曲を頼む」

「かしこまりました」

そう言うと、オトはリュートを奏で始めた。

明るいリズムが店に響く。
周りの客も話をやめて、オトを見つめ始めた。

飲んべえ讃歌。

お酒好きな男が、酒のためにあらゆるものを売る歌だ。
少しコミカルで、酒場に合う歌だった。

気づくと、周りの客も歌い始める。

〜♬
奥さん売った。
子供も売った。
最後にあるのは空の樽。
〜♬

酷い歌だ。

だが、みんな笑いながら歌っていた。

一曲終わると、拍手が鳴る。
オトは頭を下げる。

周りの客たちは笑いながら、それぞれ元の席に帰っていった。

オトは約束通り、お酒を頼むと商人たちの席に座る。

乾杯の後、自然と話をして、しばらくすると席に戻ってきた。

オトの空気を読む力はすごい。
自然で、それでいて断れないように話す。

彼女の長年の旅の経験には、これまでも何度も助けられてきた。
それでも、いつも驚くばかりだ。

「エラさんを攫った組織は、竜祀教って言うらしいです」

周りに聞こえないよう、オトが話す。

「それで、最近この街にその教団の施設ができたらしいんですが、どうも街の上層部と繋がっているそうです」

「どことですか?」

オトは首を振る。

「そこまでは知らないみたいですが、派手に動けているのは、そのおかげみたいですね」

困ったことになった。

雪山から逃れた後は、教団の追跡もなく安心しきっていた。
だが、竜石を回収するなら、ここにも現れて当然だ。

しかも、街の上層部と繋がりがある。

砂漠の薔薇か、赤い瞳か……。
あるいは、LAGか。

どことも関わりを持ってしまっている。
簡単に深入りできない状況が、事態を深刻にしていた。

明日はディケの元に行く。
罠の可能性は低いが、警戒しておくに越したことはないと思った。

その時だ。

急にエラが立ち上がり、入口の一点を見つめている。
驚きを隠せない表情を浮かべ、呟く。

「ニコ……!?」

その言葉の先を見た私も、驚いた。

昼間に会ったサーシャと呼ばれる女性と、瓜二つの女性が入って来た。

髪は黒く、肩までに揃えられている。
だが、特徴のある赤い瞳は同じだった。

昼に会った時とは、別人のような明るい笑顔を浮かべて。


🔙第四十三話   第四十五話🔜



創作大賞2026 ファンタジー小説部門 投稿作

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