ろろろのめ第52回 MAJ2026に願うこと——構造が変わったか、それとも器が変わっただけか
MAJ2026に願うこと——構造が変わったか、それとも器が変わっただけか
『結局、ソニーとトヨタなのだ。日本のカルチャーも、産業も、ビジネスも。』
MAJ2026(MUSIC AWARDS JAPAN)のプレスリリースを読んだ。YouTubeでの全世界配信、NHKの生放送、ABEMA、Lemino、radiko。昨年「観られない」と批判された配信の導線は、完璧なまでに整備された。形としての回答は出ている。
だが、それは「開国」なのか。それとも巨大な「ショールーム」の完成なのか。
巨大な磁場
会場がロームシアター京都から「TOYOTA ARENA TOKYO」へと移された。この移動がすべてを物語っている。
お台場に誕生する最新鋭のアリーナは、もはや単なる音楽ホールではない。トヨタが「箱(ハード)」を用意し、ソニーが「中身(ソフトと規格)」を司る、日本の基幹産業が合流する巨大な磁場だ。
配信プラットフォームの整備も、そこに「世界に見せたい自国のコンテンツ」を並べるための、ソニー的なグローバル戦略の延長線上にある。昨年欠落していた「外への視線」は、今年は「外へ売りたい」という巨大資本の意志によって補完された。
変わったこと、変わっていないこと
78部門への拡張。クリエイターへの表彰。アワードウィーク。規模は確実に膨張している。だが、アンバサダーに中島健人と畑芽育が選ばれた人選に、昨年の反省は活きているか。「音楽の未来を灯す」という理念より、広報的な「無難さ」が勝っているように見えるのは、背後にある巨大な構造ゆえの制約か。
選考委員の構成は、今回も公開されていない。
「Best Global Hit from Japan」というリトマス試験紙
主要6部門の一つ「Best Global Hit from Japan」は、最終投票を海外投票メンバーが行う。ここに唯一の「バグ」が潜む可能性がある。
もしここで、業界が推したい特定の記号ではなく、本当に海外の耳が捉えた「現在」が選ばれるなら、MAJはソニーとトヨタの巨大な予定調和を突き破ることができるかもしれない。逆に、ここでも「既知の成功」が再生産されるなら、それは制度だけを変えて中身を固定した、巨大な「企業案件」に過ぎないということになる。


















「千本桜」の亡霊をパージできるか
昨年、2011年の『千本桜』を選んだことで止まって見えた時計。今年、「MAJ Timeless Echo」という過去を隔離するための部門が新設された。これは、最新の音楽を評価する場所から「亡霊」を追い出すための解毒剤になり得る。
だが、過去を隔離したはずの「現在」の部門で、またしても10年前の感覚が繰り返されるようなら、それはもはや運営の失策ではなく、日本の音楽業界そのものの「老化」の証明だ。
願うこと
6月13日、お台場の巨大なアリーナで何が起きるか。
配信が整備された分、今年は世界中から「観られてしまう」。国内の忖度や権力抗争は、グローバルな視点からは単なるノイズとして映るだろう。
願うのは一つだけだ。
巨大な資本とシステムが作り上げた完璧な「器」の中で、昨年、藤井風が場を掻き乱したような、予測不可能な「生のノイズ」が響くかどうか。構造が盤石になればなるほど、その構造を壊す個人の意志が、皮肉にもこの賞の唯一の価値になる。
