ろろろのめ第26回 奪われたジャンルと届かぬ声──NENEのビーフが可視化した日本ヒップホップの構造的問題
奪われたジャンルと届かぬ声──NENEのビーフが可視化した日本ヒップホップの構造的問題
『 “We make genreless music, but we can’t be pop?”
> (俺たちはジャンルレスな音楽を作っているのに、ポップにはなれないのか?)
> ── Tyler, The Creator』
>
ジャンルを超えて音楽を作っているはずなのに、なぜポップにはなれないのか──。アメリカのアーティスト、Tyler, The Creatorが口にしたこの問いは、2025年6月に日本で巻き起こったラッパー・NENEのビーフと深く共振している。
彼女の表現は、表面上は攻撃的なdisであったとしても、その奥には日本の音楽産業における「正しさの衝突」と「ジャンルの不均衡」という構造的な問題が横たわっていた。本稿では、ストリーミングデータとアワードの状況、そして当事者たちの言葉をもとに、NENEの楽曲「OWARI」から始まった一連の出来事を読み解く。
「OWARI」から「HAJIMARI」へ:Genius Japanチャート1位が示す事実と「届かぬ声」
NENEの楽曲「OWARI」は、ビーフの渦中でGenius Japan総合ソング・チャートで1位を獲得した。この結果は、以下のような複数の意義を持っている。


#GeniusCharts | NENE @sophieespeech の「#オワリ (Owari)」が今週のGenius Japan 総合ソング・チャートで1位に上昇しました
— Genius Japan (@JPNGenius) July 7, 2025
先週から15位上昇し、2023年の「Bad Bitch 美学 Remix」以来2曲目のTOP… pic.twitter.com/DRaCj79VEC
https://genius.com/Nene-owari-lyrics
* 前週15位からの急上昇
* 2023年「Bad Bitch 美学 Remix」以来のTOP10入り(通算2曲目)
* Genius Japan史上初の1位獲得
* 2025年に入り、J-Rapとして初、女性ラッパーとして初の1位
このチャートアクションは、単にビーフによる話題性の産物ではない。むしろ、「OWARI」がストリーミング世代の耳に届いたことで、本来は可視化されにくいヒップホップの純粋な声が、一時的であれ浮かび上がったという点で重要である。NENE自身が過去のインタビューで語る「カッコつけずにさらけ出す」「人と同じなのは嫌。人とは違う存在になりたい」という強い自己表現の欲求が、このチャート結果に結びついているとも言えるだろう。
そして、「OWARI」に呼応するように、SKY-HIは「0623 FreeStyle」を公開し、さらにNENEは「HAJIMARI」をリリース。この一連の楽曲リリースは、ビーフが単なる対立に終わらず、シーン全体に波紋を広げ、新たな議論の「HAJIMARI」となったことを示唆している。
数字が語るリーチ格差とジャンルの不均衡、そして希望
NENEの叫びの背景には、具体的な数字で示される「リーチ格差」と「ジャンルの不均衡」が存在する。
以下は、Spotifyの月間リスナー数(2025年7月時点)である。
| アーティスト | 月間リスナー数 |
|---|---|
| Creepy Nuts | 636万人 |
| 千葉雄喜 | 329万人 |
| ちゃんみな | 278万人 |
| HANA | 198万人 |
| BE:FIRST | 178万人 |
| Awich | 100万人 |
| LANA | 89万人 |
| SKY-HI | 36万人 |
| Elle Teresa | 33万人 |
| NENE | 20万人 |
この表が示すのは、ヒップホップをルーツに持つとされる女性アーティストたちの中でも、NENEの音楽が「届きにくい場所にある」という現実である。NENEのリスナー数20万人に対し、ちゃんみな(278万人)、HANA(198万人)、BE:FIRST(178万人)といったポップ寄りのアーティストが圧倒的なリーチを持つ。この事実が、NENEの抱く「ヒップホップの椅子を奪われている」という焦燥感の具体的な根拠となっているのだ。
しかし、一方で日本のヒップホップシーン全体の勢いは増している。ストリーミング1億回超えを記録した楽曲の分布を見れば、「誰の声が届いているのか」がより明確になる。
★ヒップホップ系アーティストの1億回超え楽曲
| 楽曲 | アーティスト | 再生数 |
|---|---|---|
| Bling-Bang-Bang-Born | Creepy Nuts | 6.6億回 |
| 今夜はブギー・バック | 小沢健二とスチャダラパー | 2.5億回 |
| High Land | BAD HOP | 1.7億回 |
| Yessir | ¥ellow Bucks | 1.6億回 |
| GILA GILA | Awich | 1.3億回 |
| START IT AGAIN | AK-69 | 1.3億回 |
| BUDS MONTAGE | 舐達麻 | 1.1億回 |
| TURN IT UP (feat. Candee & ZOT on the WAVE) | LANA | 1.0億回 |
| Heaven's Drive (feat. vividboooy) | KM, (sic)boy | 1.0億回 |
| TEENAGE VIBE (feat. Tohji) | kZm | 1.0億回 |
| なんでも言っちゃって (feat. JP THE WAVY) | LEX | 1.0億回 |
| Never Grow Up | ちゃんみな | 3.2億回 |
| Bye-Good-Bye | BE:FIRST | 1.8億回 |
| WOKE UP | XG | 1.2億回 |
| チーム友達 | 千葉雄喜 | 1.1億回 |
| B級 | ちゃんみな | 1.0億回 |
Creepy Nutsの「Bling-Bang-Bang-Born」は6.6億回という驚異的な再生数を叩き出し、ヒップホップでありながら国民的ヒットとなった稀有な存在である。このリストは、多様なスタイルを持つヒップホップアーティストたちが、着実にリスナーを獲得し、大衆に浸透していることを示している。NENEのようなアンダーグラウンド出自のラッパーは、再生数という指標において不利な立場にあることが可視化されている一方で、ヒップホップというジャンル全体としての影響力は確実に拡大しており、これはシーンにとって大きな希望でもある。
MAJにおける「ヒップホップカテゴリの陥落」とアワードの役割
NENEの主張は、MAJ(MUSIC AWARDS JAPAN)の「最優秀国内ヒップホップ/ラップ楽曲賞」ノミネートにおけるジャンル問題にも焦点が当てられた。
2025年のMAJでは、Creepy Nuts「Bling-Bang-Bang-Born」や千葉雄喜「チーム友達」といった楽曲に加え、ちゃんみな「B級」やXG「WOKE UP」がノミネートされた。さらに、小沢健二とスチャダラパーの1994年の楽曲「今夜はブギー・バック」がノミネートされたことも、業界内外で大きな疑問の声を生んだ。これにより、ジャンルの歴史性やカルチャーへの理解が不十分ではないかという懸念から、一部の審査員がノミネーション段階で辞退する事態にまで発展したという。
アワードのカテゴリは産業における「分配装置」として機能する。リーチ力のあるポップ寄りのアクトがノミネートされれば、より「純度」の高いアクトは外されやすくなる。これは「名誉の分配」だけでなく、「予算の分配」においても実利的に「奪われた」と感じる現実を生み出す。NENEにとって、この状況は「文化の尊重なき便乗」であり、それが過激な言葉となって表出した背景である。
NENEは2025年7月8日にblockfmで放送されたINSIDE_OUTでのインタビューで、「リアルにHIPHOPしている人達がアワードに全然エントリーされていない」とMAJのノミネートに対して違和感を表明している。彼女は「ベルトコンベアー式で音楽を聴くのではなく、音楽を深く聴いてほしい」という思いがあり、アワードのジャンル分けが、その「深く聴く」姿勢を阻害し、表面的な消費を助長していると感じているのかもしれない。
【特別編】7/8(火) 22:00-23:00#blockfm #INSIDE_OUT
— yanatake (@yanatake) July 7, 2025
▼音楽業界へ痛烈なメッセージを投げかけた NENE (@sophieespeech) が現在の心境を語ります
*火曜日の放送となります
出演:渡辺志保/DJ YANATAKE
>>番組の視聴はこちらhttps://t.co/LgGW6Q9XK2 pic.twitter.com/EoV8U4cp5N
「OWARI」と「HAJIMARI」に込められた批判と暴露性
NENEの楽曲「OWARI」は、単なる批判を超え、具体的な事象への言及と業界への告発が込められている。歌詞には以下のようなリリックが含まれていた。
> 汚ねぇ音楽業界黙ってろ / パクリパクリ / あいつもパクリどいつも奴らもうちらのパクリ
> そんなやつらーロパクリつまんねえよ / 出てるあくび芸術ってなに?音楽って何?また誰かが搾取してカスが数を稼ぐもう黙ってられないんだよこのシステムに打ち止めネタ切れのハイエナ電話しろよちゃんみなお金をあげて与えてもいいアイデア
> 私はムードボードにいます 私はあなたのムードボードにいます ビッチ
> Cuz' l'mma ミューズ、ミューズ、ミューズ アツイじゅーじゅじゅー 君はポップスうちらは ヒップホップ
>
そして、「HAJIMARI」では、以下のようなリリックが聴かれる。
> リスペクトなんて言うのは簡単
> ヒモ男も養ってやれよパパ
> YouTuberのがむいてんじゃん?
> あいつに電話したのも知ってんだよ
> ちゃんと向き合え これは未来の為
> 郷ひろみとかギャグに逃げんなよ OKay? (Okay?)
> アチチチチじゃねぇ食らってんだろ?
> ほら アウチ アウチ アウチ
>
これらの表現は、「burning flower」という楽曲を通じてヒップホップの表現を引用するHANAへの批判、そして週刊文春が報じたBE:FIRST・RYOKIのスキャンダルを示唆する内容と受け止められている。NENEは、単なる業界批判にとどまらず、プライベートな領域に踏み込み、特定の個人を標的にした「暴露型ビーフ」を展開した。
NENEが「OWARI」を制作したきっかけは、HANAの楽曲「burning flower」であった。彼女は当初、ポップス業界がヒップホップの表現を引用していると感じていたが、今回は「リリックや曲だけでなく、アートワークまで含めて、ヒップホップ村から『奪われている』」という強い危機感があったと明かしている。自身の先行して出していたMVアイデアが制作陣を通じて流用されていた疑念も、この「奪われる」感覚を強めた一因だろう。彼女は「これはHANAというより、ポップス全体の構造の話」であると認識しており、単なる個人への攻撃ではなく、業界の構造的な問題に対する異議申し立てであったことがうかがえる。
ここで重要なのは、「このカテゴライズは基本的にアーティスト側が配信時に指定したカテゴリがそのまま反映される」「だから戦略的だということ」という配信プラットフォームの仕組みである。TuneCore Japanなどのディストリビューションサービスでは、楽曲をサブミットする際にアーティスト自身がジャンルを指定でき、最大3つまで選択可能となっている。NENEは、この仕組みを知っているからこそ、「お前らはラップを使っているだけで、アワードやチャートをヒップホップ部門にするのは何でなのか?一位が取りやすいからなのか?」と問題提起していると解釈できる。
この観点から見れば、ランキング上位にいるアーティスト、特にちゃんみな、HANA、Creepy Nuts、Number_iなど、その音楽がポップス層にも広く聴かれているアーティストが「ヒップホップ/ラップ」カテゴリに意図的に登録されていることが問題視される。SNSをほとんど見ない層にとって、SpotifyやApple Musicのようなプラットフォームのカテゴリ別ランキングは楽曲を知る重要なチャネルであり、こうした戦略的なジャンル指定が、本来ヒップホップをメインとするアーティストの露出機会を奪っているというNENEの主張は、決して「アワードやヒットチャートの上位を占領されてキレているダサいアーティスト」という単純なものではない。むしろ、既存のカテゴリーに当てはまりづらい「ジャンルレス」なアーティストが、最もリーチしやすいカテゴリーを選択せざるを得ないという構造的な課題も浮き彫りになっている。ちゃんみなやHANAもまた、ジャンルの境界で葛藤し、売れ筋と自我のバランスを模索してきたアーティストだ。ジャンル戦略が制度上の便乗と見なされる一方で、それが彼女たちにとっての“生存戦略”でもあった点は見過ごせない。
「正しい怒り」が暴力へと転化する瞬間
NENEの問題提起は、ヒップホップという文化が直面する構造的な不均衡と、それに伴う焦燥感に根ざした「正当な怒り」であった。NENE自身も過去のインタビューで、創作活動において「無駄なものを捨てる」ことで「自分が見える」ようになり、「人とは違う存在になりたい」という強い意志を語っている。彼女にとって「清く正しく美しく」あることは、自分自身を偽らず、自由な表現を追求することと同義である。
しかし、その表現手法が性的揶揄、若年者への攻撃、暴力的な言葉を含んでいたことで、「結果的に文化の外からの共感を得られない暴力」となり、議論の入り口を閉ざす結果となった。
実際、ビーフの対象となったHANAのメンバーが涙を流したという事実は、表現がもたらす現実的なダメージを示している。いかなる「正しい問題提起」も、その届け方が他者の尊厳を傷つけた瞬間、その正当性を失う。この倫理的問いは、今回のビーフにおいて最も重くのしかかる点である。NENEは、ある種の犠牲と引き換えに、「ヒップホップとは誰のものか?」という問いを社会に突きつけたが、その手段が問題視されたのだ。
ジャンルの拡張と文化の保護の両立は可能か
ジャンルレスな時代において、ヒップホップの要素が広く使われるのは歓迎すべき進化である。だが、そこで恩恵を受ける者が、その文化を理解し、尊重しているのかという点は問われるべきである。
柴那典は、ちゃんみなやHANAが「勝とうとしている」のは、単なる数字の目標ではなく、「何かに媚びたり、何かに媚びたり、何かに奉仕したり、自分たちが『消費される』存在であることを過剰に受け入れて自分自身の大事なものを『売り渡す』ことが『売れる』ことと同義であるような世界に異議申し立て、そうじゃない道での成功を示すこと」だと指摘している。この視点は、NENEが抱く「安易な消費」への批判と深く共鳴する。NENEの声は、「私の曲を聴いてくれ」という個人的な主張を超え、「文化の使い捨て」に対する抵抗の言語化であったと言えるだろう。
結論──「文化のため」の正義が空転する時
リスナー数やストリーミング回数は、単なる人気指標ではない。それは「誰が耳目を集め、文化的資源を得るか」を示す権力指標でもある。NENEのビーフは、ヒップホップという文化の「分配正義」や「尊重」の欠如を訴える、痛切な叫びであった。彼女の根底には「ベルトコンベアー式で音楽を聴くのではなく、音楽を深く聴いてほしい」という音楽への真摯な姿勢がある。
今回のビーフが提起したヒップホップかポップかという問題は、ラップのポップ化時代と、ダンスポップがラップを取り込むという、二つの異なる文脈から同一の議論に絡み合ったという側面が強い。NENEの問題提起は、時にナイーブに見えたとしても、その背景にあるジャンル構造の歪みと、それに対する「リアルなヒップホップをしている人たち」の違和感は根深いものがある。
しかし、それが「他者の尊厳を奪う暴力」として機能してしまった以上、「文化のため」という大義名分は空転したと言える。議論の多くが「閉塞的」な方向に向かってしまうことに対し、新たな視点や脱却の可能性を模索する必要があるだろう。
そして、Tyler, The Creatorの問いが再び響いてくる。
>『 “We make genreless music, but we can’t be pop?”』
>
日本のヒップホップシーンは今、この問いに対し、「どうすれば傷つけ合わずに、多様な表現を共存させられるのか」という困難な課題に直面している。文化の健全な発展のためには、数字に隠された「痛み」を理解し、表現の自由と責任のバランスを追求する対話が不可欠である。音楽業界全体が、ジャンル分けの意義を再考し、多様な音楽文化を尊重する姿勢を持つことが、今後の発展の鍵となるだろう。
