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【#創作大賞2024】「いなくなったきみへ」第一話(全11話)


いなくなったきみへ

あらすじ

 あらすじ

 いなくなった同級生を捜してほしい。
 大学生の早瀬健(はやせたける)は友人である西野楓(にしのかえで)から馬場昴生(ばばこうせい)という男を一緒に探してほしいと頼まれる。
 ゼミ、サークル、バイト先……いなくなった馬場の痕跡を追う健と楓はその最中、ある女性の存在と不可解な事件に巡り合う。
 古河律子(ふるかわりつこ)。誰がどう見ても美しく、愛嬌があり、控えめで、儚い。誰にでも愛される不思議な彼女。
 健は馬場を探しながら彼女に惹かれ、彼女の過去を知りたいと思うようになる。いくつもの視点を織り成し全てが語られる時、見えてくるのはたった一つの切実な〝願い〟だった。 (279字)


《以下本文》

prologue

 愛してる。一緒に生きていきたいと思ってる。だから……。

 彼が息を詰める。切なげな眼をして、甘い甘い吐息混じりの声を出して、その続きを言うためにグッと喉が動く。

 緊張するもんなんだ、と他人事のように思う。私は彼の堂々とした肩幅が好きだったし、軽やかにクルンクルンと遊ばせた髪も好きだった。それが今やこんなに頼りなく自信なさげに俯いている。

 寄る辺のない私を何も知らぬまま強く励ましたあの姿とは似ても似つかない。

 強く拳を握られた彼の手を取る。顔に似合わず無骨な手。いつもシャボン玉にでも触るかのように丁寧に丁寧に私に触れる手。優しく撫ぜてやるだけで目の前の男の体温が上がっていくのがわかる。

 だから、あの。

 切羽詰まったこの声の続きを私はわかっている。わかっているから私は男の言葉を遮って、可愛く可愛くこう尋ねるのだ。

 私のこと好き?

 私のどこが好き?




いなくなったきみへ

一.尋人(1-1)


 要するに僕は彼女の人生において最初から最後まで端役ですらなかったし、何をどう悩んだってこれから先の彼女の選択に何一つに影響を与えられない存在だったという結果だけが残っている。

 それでも僕は道端で二度見するほど綺麗なロングヘアの後ろ姿を見れば彼女かもしれないと足を止め、揺れるショートヘアの隙間に映える白い顎を見る度彼女のことを思い出すだろう。

 それくらい、古河律子は美しかった。

 一通の手紙を何度も読み返しながら僕は考える。全てが終わってしまった後の言葉を咀嚼しながら。こんな紙切れ一枚で僕らは起きたことの全てが明らかになったと思っていいんだろうかと何度も何度も問い直す。

 楓はその手紙を僕より先に読んで、そして充血した眼で僕に言った。

 「私、どんな答えがもらえたら満足してたんだろう」

 楓は泣かなかった。だから僕も泣けなかった。

 泣けない楓を理屈もなく抱きしめてから、僕は抱きしめるべきではなかったなと後悔した。楓もきっと僕に抱きしめてほしいとは思っていなかっただろうから、そこにあったのはただ衝撃的な現実を和らげるための体温の交換だった。

 わざわざ思い返さなくたって覚えている。

 その気がかりを最初に僕に持ちかけたのは楓だった。

***(1-2)

 「ねぇ馬場昴生ってわかる?」

 誰? 僕の知り合いの話? と答えると西野楓はもどかしそうに眉を寄せ唇を噛んだ。真剣に聞いてよとでも言いたげな、不満げな溜息が吐かれる。あぁ、いやもう聴こえる。こっち向いてちゃんと答えてよ。心の声が聴こえちゃってる。

 わかるかと訊くから返事しただけのになぜ僕が尋問されている感じになっているんだろう。彼女から呼び出されてわざわざ社会学部棟に近い人気のまばらな学食まで、それこそ文学部の僕からしてみればもう遠慮遥々きてやったぐらいの気持ちでここにいるのに。

 楓はそんなことお構いなしで僕を呼ぶ。

 健、ねぇたー!けー!る!

 楓の、女ったらしく甘い声を出すわけでもなく、大きな声で騒ぎ立てることもなく、だからといって僕が自分のことを無碍にする筈がないという一種の甘えを持って頼ってくるこの声が嫌いではなかった。

 もっぱら楓のこの声音はバイトのシフトを代わってほしい時やサークル内での事務仕事の時に都合よく使われているもので、単に僕がチョロい男なだけかもしれない。

 でもまあ、そういうわけで僕は楓に甘かった。楓の話を聞いてやろうという気になったわけである。

 「社学の、同じゼミの人で、年末のうちらの公演見にきてくれてて。思い出せる? 結構背ぇ高めの」

 年末、たしかに僕らの所属する吹奏楽サークルの年納めライブがあった。そんなに大きな会場じゃない。正直覚えているような、いないような。少なくとも言われるまでは一度も思い出すことはなかった男の話をしているらしい。

 「連絡が取れなくて。特にここ1週間ぐらい?かな……?」

 「そんなの今月試験だからだろ。急に連絡返さなくなるやつなんか普通にいるだろ」

 今日が一月二十三日。大学のテスト期間も大詰めだ。早いやつならもう春休みといったタイミングか。僕はといえばレポート試験があと二つ残っている。残っているけど、後の就活やら人生の色々を加味するとここで彼女を怒らせて帰る方が大打撃だ。西野楓は色々とデキる女なのだ。

 「でも、なんか違うと思うんだな?」

 身体ごとやっと楓に向き合う。楓はぱっと表情を明るくすると紙パックのミルクティーを一口含み、ようやく落ち着いて話し始めた。

 馬場昴生は僕らと同じ大学の三年生。社会学部。つまりは楓と一緒だ。ゼミが同じで仲はいい方だったらしい。

 楓のスマホで写真を見せてもらう。たしかに背が高くて爽やかな感じ。黒髪のさっぱりした顔をした男だ。なんかバレーボール選手とかにいそうだなと感想を述べると「山岳部」と食い気味に訂正された。パワーはありそうだけど日焼けしてる感じが全くなくて意外だった。そうか山岳男子、美肌なのか。

 「で、連絡が返って来なくなったと」

 先月までは一日に何通もメッセージが行き交い、暇だからと電話もよくしていたと言う。

 今年に入って連絡頻度は落ち着いてしまったが、返ってこないということはなかったそうだ。

 「どうでもいいことで未読スルーされてるなら別にいいの」

 楓は声を震わせて、しかし平静を装って一言一言慎重に言葉を選んでいく。ナチュラルにウェーブした長い髪をしきりに結ったり解いたり繰り返して。

 「でも、私たち来月のゼミ合宿の幹事で……。昴生こういう必要な事務連絡とか今までほんとマメで……!!」

 こんなことなかった……。昼時を過ぎて閑散とした学食にぽつりと楓の呟きが落ちる。

 ここは社会学部の人間がこぞって使うスペースだから見渡したら案外そこら辺馬場という奴もいるんじゃないかと正直思う。

 でも、と目の前の友人の切実な顔を目に焼き付けて僕は思うのだ。

 結局僕はこの女に甘い。

***(1-3)

 最後に連絡が返ってきたのが、一月十七日。今日から六日前。午後。こちらが送ってから二十分後には返信が来てる。内容はゼミに関わる事務連絡。バーベキューの話をしている。「これからバイトだからまた後で」とあり、そこから今この瞬間まで返信はない。

 楓はその日の夜に続いていた話題を二通ほど送り、その三日後と僕を呼び出す前日に心配のメッセージを入れていた。普通だ。馬場昴生に嫌われるようなことは特にしていると思えない。

 「山岳部はなんで言ってんの?」

 「それを訊くのに、ついて来てほしいからわざわざお願いしに来たんでしょ!」

 いや来たのは僕だが。文学部棟からわざわざお願いされに来たんだが。まあいい。

 楓は実際、ゼミ周りでは昴生の行方を話題に挙げていたものの大々的に人探しをしていたわけではなかった。当たり前である。一人暮らしの大学生が一週間やそこら姿が見えないことなんてよくある。ましてやテスト期間だ。一人で大騒ぎはしにくい。

 「そうとなったら行こう。行くよ」

 荷物を持って立ち上がり、もたつく楓を気に留めず歩き出す。今から!? とわちゃわちゃしている声がする。今からじゃなかったらいつ行く気なんだ。こちとらまだ二本もレポート試験を残しているんだ。悠長に考えている暇はないのだ。こういうものは部外者がサクッと口を挟むことでなぁんだそんなことかと呆気なく終わることもしばしばだ。聞くこと聞いたらあっという間に出会えるもんだろう。痴話喧嘩なら僕のいないとこでやってくれ。

 この時の僕は本当にただそう思っていた。

続く

作品URL《全11話》

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