【#創作大賞2024】いなくなったきみへ第三話
いなくなったきみへ
前回
二. 魔性(2-1)
有坂と別れてからの楓は無口だった。
冬の陽が落ちるのは早く、まだ十七時前だというのに既にひっそりとした夜が始まっている。街灯も少ないキャンパス内を寒さに縮こまりながら二人でのそのそ歩いていく。
「なんか、慰めとか……いる?」
「は? どういう意味?」
楓は語気強く返してくる。
夜の影が色濃く落ちて細かい表情までは見えなかった。でも多分、どうせいつものように平静を装った強がりだろう。
「だって、そういうことでしょ?」
馬場を探したいのも結局はそういうことなのだ。合宿の幹事とかグループワークがあるからとか、楓にとってはありがたい言い訳でしかないのだ。だから誰よりも先にこの音信不通には何かあると動き出した。僕は知っている。一年の頃から彼女に適当に絡まれてきた分、僕も僕で彼女のことをそれなりにわかっているのである。
楓はズッズッと地面の枯葉を子どもっぽく蹴り上げると
「余計なお世話なんですけど」
可愛げもなくそう言った。
「いや一応気にするじゃん。だってほら失恋━━」
「言わなくていい!言わなくていい!!みなまで言わなくていいから」
ばんっと強めに肩を殴られる。モロに喰らってまあまあのダメージを頂戴する。女子の力とはいえ侮れん。まあべつに、元気ならそれでいいのだが。
「別にまだなんか伝えたわけじゃないし」
ムッとした口調で彼女は言う。マフラーに絡んだ長い髪を手櫛で引き出し、ぐっと大きく伸びをする。ほぅと吐かれた息は白い。
「でも、ほんとに蜜月タイムだったらどーしよー!へこむなぁ!ムカつく!」
「わからんよ。本当に事件かも」
「どーだか。あぁ、気になるなぁ! リツコちゃんどんな女なんだろ」
キャンパスを抜けると街の灯りが柔らかく僕らを照らした。冬の光はなんとなくだけど寂しい気持ちの人に優しい気がする。ふっと彼女に目をやる。楓の笑顔にさっきまでの翳りはもうないように思えた。
「とりあえず山岳部の情報収集を待ちつつ、次はバイト先でも行ってみよっかぁ。ねぇ?」
「あ、それ僕もやるんだね」
「当たり前でしょ!乗り掛かった船って言葉、ご存知?」
ほんと、いつもいつも調子いいんだから。
「わかったよ。早く馬場に会って言いたいこと言ってやれ〜」
「言いたことなんて、そんな……」
「考えとくんだよ。なんかあんだろ。いなくなったアイツをせっかく探すんだから」
何を想像したんだろう。ほんのり赤く染まった耳を盗み見て僕は思う。
やっぱり僕はこの女に甘い。
***(2-2)
それから三日経っても馬場から楓に連絡は来ず、山岳部情報網からはこの音信不通はどうやら只事ではないようだという不穏な連絡が来たのみだった。有坂はあれからもう一度馬場の家を訪れたというが応答はやはりなかった。
行方知らずになって今日で九日目。
健の暇な時に合わせるから一緒に行こう。楓の方からそんな風に約束を取り付けられたので、再び僕らが集合したのはこのタイミングになった。
今日の目当ては馬場のバイト先だ。彼が二年の頃から働いていたという有名チェーンのカフェは駅の目の前に位置しており、迷う暇なく到着することができた。
同年代くらいの女性が暇そうにレジに立っていたので声を掛けてみる。彼女は最初怪訝な目で僕らを見ていたが、馬場昴生の名前を出すとすぐに態度を翻した。あと15分くらいで上がりだというので、店の奥で待たせてもらうことになった。手ぶらでは申し訳ないのでコーヒーとハニーミルクラテを頼み席で待つ。このたった15分が得体の知れない緊張と探偵の真似事みたいな今の状況への興奮で無性に長く感じた。
「改めまして早瀬健です。お仕事終わりにすみません」
「弘中です。いいんです。馬場くんのこと、私も気になってたんで。」
弘中と名乗るその女子大生は飾り気のない一つ結びに化粧っけのないさっぱりとした風貌で、突然やってきた僕らにあたふたすることもなくハキハキと話し出した。ナチュラルな見た目に反して肝が据わっているタイプのようだ。
先週から馬場がバイトを欠勤していること。店長、バイト仲間からの連絡には返事がないこと。彼女の話す内容は僕らが把握している状況とほとんど同じだった。
「十七日は出勤してました?」
「えっと……、はい、いました。私もシフト同じで。夕方でした」
彼女はスマホでスケジュールを確認しながら丁寧に答えていく。
「どこかに行くとか、誰かに会うとか言ってませんでした?」
楓が眉間に皺を寄せながら尋ねる。両手で包んだハニーミルクラテのカップに力がこもる。もし楓の趣味が筋トレだったら危うく潰していたかもしれない。そんな楓とは対象的に弘中は当たり前のように答えた。
「あぁ、古河さんと会ってたと思うけど」
古河さん……下の名前はリツコ?
そう聞き返すよりも早く被せるように楓が言った。
「その女、すっっっごく、可愛い?」
***(2-3)
可愛い。
可愛いっていうかモテそう? ほっとけない系……みたいな?
弘中の言葉は何か確信めいた力強さと同性特有のどこか毒気づいた正直さを感じさせた。
「「ほっとけない系……」」
楓と声が重なる。
「古河律子ちゃんて言うんだけど、その子も最近飛んじゃってて。店長もう大忙しで」
……リツコちゃん。有坂の話していた女と同じだろう。
弘中の視線の先で客のいなくなったテーブルを片付ける30代くらいの男性を捉える。先ほどは暇そうなどと失礼な感想を抱いたものだが、バイトが二人も急にいなくなったらさぞ大変だろう。二人も、じゃなくて二人で消えた? いや、今どき駆け落ちなんてあるだろうか。
「でもまあ古河さん、家厳しいとかでよくバイトドタキャンしてたんで。元々そんなに入ってないし私たちもあんまり気にしてなかったんですよ」
「二人は馬場の最後の出勤の後に会うって言ってたんですか?」
「言ってたも何もそこで、待ち合わせしてたんですよ。古河さんわざわざ迎えに来てて。だからその夜一緒にいたのは間違いないと思ってましたけど」
言いながら弘中が指さしたのは駅のロータリーにあるなんとも可愛くないモニュメントだった。
駅の目の前にあるこのカフェだからこそ、あのいかにも待ち合わせスポットという出立ちのモニュメントは目につくのだろう。ガラス張りの店内からよく見える。
「馬場くんが古河さんにちょっかいかけてたの、ここの人みんな知ってたし」
弘中は続ける。最初のぎこちなさが徐々になくなり会話は彼女のペースになっていく。
「牽制してたんでしょうね。その日も家に呼ぶんすよってテンション上がって言ってたし」
「その古河さんてどんな子なんですか」
改めて楓が聞き直す。弘中は「繰り返しになっちゃうけど……」と前置きすると古河律子について話し出した。
***(2-4)
本人は別にそんな気ないのに、なんかモテる子っているじゃないですか。古河さんはまさにそれって感じ。顔も可愛い。かなり童顔。小柄で色白くて、まつ毛長いし、二重も綺麗。すっごく特徴あるわけじゃないんだけど、なんか癖がなくて。
性格? すごく控えめで、人見知りなのかな? 話しかけられるまで話さないタイプ。でも、仲良くなると結構笑うの。意外と毒舌。私はそんなに仲良くなかったから二人でいると黙っちゃうんだけど、馬場くんの前とかだと自然に話したりするから。そういうところも可愛いんだよね、多分。
あぁ、違うの。浮いてたとかじゃなくて。あの子、二十一なんだけどお酒無理で。同じ学年で定期的にやってる飲み会とかもほぼ来てなかったから雑談とかする時がなくて。あ、でも一回ぐらい来てたかな。メロンソーダ飲み放題だから!って無理矢理誘って。いい子だよ。たまにバイトドタキャンするけど。なんかわかんないけど、そういう事情ありそうなところ? なぁんか儚いっていうか。ほっとけないって言うか、ね。わかるでしょ?
私たちもさ、遠巻きに見てたのよ。あ、なんか二人で匂わせてきてるなぁって。
あるでしょ、そういうの。同じシフトになった時ちょっとお互いイジるようなこと言ってみたり。可愛かったんですよ、二人。古河さんそういう特別扱い?みたいなの結構普通に嬉しそうに笑うから。ピュアなリアクションとかやっぱり可愛いなぁって思ってた。
トラブル? どうだろう。少なくとも馬場くんとの間にはあるように見えなかったけど。でも、モテる子って男絡み大変だったりするもんね。知らないところであったのかも。ごめんなさい、私なんか適当なことばっかり言ってて。
あ、そうだ。立明大。立明大に通ってたと思うんですけど、そこの軽音部で古河さんベースやってるらしくて。頭いいですよね、有名私立。あ、で、動画がね、たしかネットに上がってるの。私も見たことあって。なんか洋楽、かっこいいのやってた。見てみたら顔も映ってるかも。
弘中はそこまで言い終えると少しの間スマホをいじって、ほらっと僕らに画面を見せた。
吸い込まれるような独特の雰囲気を持った女の子だった。
ベースに似合わず華奢で、クールな表情で難曲を弾きこなす。意外と地味というか、たしかに控えめという言葉がよく似合う。黒い髪はすとんと長くまっすぐに落ちて、ステージの熱気とはどこか違う空気でしゃらしゃらと揺れていた。
顔がよく見えない。スマホを覗き込んだ瞬間、綺麗に切り揃えられた前髪の隙間から形のよいアーモンド型の瞳がチラリと僕に微笑みかけた。
続く
