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【#創作大賞2024】いなくなったきみへ第四話

いなくなったきみへ

前回

暗転(3-1)

 眠りにつく前の僅かな瞬間、暗闇の中で星座をなぞるように彼女の輪郭を思い出す。

 あどけない薄い口元。細い顎のラインと透けるような白い肌。自然に伸びた長い睫毛。無駄な装飾など一切ない素朴で真剣な眼差しが、一変して僕らに妖艶な笑みを投げかける。

 モテる。たしかにそうなのかもしれない。でも男を取っ替え引っ替えしてトラブルを起こすタイプにはまるで見えなかった。どちらかというともっと一途に一人の男に長く愛されるような、そんな女の子に見える。見た目だけならむしろ恋愛には不慣れそうだ。

 弘中たちバイト仲間にも彼女の恋愛模様は割と筒抜けだったようだし、脈なしなら脈なしと態度に出すタイプだろう。

 ちょっと高嶺の花っぽい雰囲気があるのかもしれない。要するに、可愛いなとは思うけど彼女から親しくなろうとはしてくれないから遠くから見ているだけ、みたいな。そういう存在。男が本気で狙うも諦めるも多分彼女次第なのだ。

 馬場と彼の家で二人で会うような関係だった。そこから何をどうやったら二人で失踪することになるのだろう。だってその数時間前の彼らはどこの誰が見ても間違いなく、初々しく浮かれた爽やかな大学生カップルだったはずだ。

 クリスマスが終わっても、冬の間まではと燦々と光っていた駅前のイルミネーションの中を二人が照れ笑いを隠さず歩いていく。そしてその後、期待と緊張を抱えながら馬場の六畳一間の1Kへと足を踏み入れるのだ。

 「親御さんに連絡して、アパート開けてもらってもいいかもね。もう十日も誰も連絡つかないんだから警察を頼っちゃってもいいんじゃないかな」

 提案だけですみません、と遠慮がちに弘中は帰り際に言った。

 その通りだよなと僕らも納得して次の手段はちゃんとした大人に説明してみることにしようと決まった。行方不明者というやつは、学生の、しかもカップルなんていうと大抵警察には相手にされないそうだけど、大学生の探偵ごっこより意味のある情報が得られるかもしれない。

 枕元のスマホが震えた。きっと楓だ。何やら調べて今日中に送るからと言っていた気がする。

 目を閉じると楓の心配そうな横顔が浮かんで、そして消える。

 ベースに向かう、俯きがちな古河律子の姿をもう一度だけ頭の中でなぞる。

 細い指。黒い髪。どこか寂しさが滲むあの視線。

 大人しそうで、でも演奏は激しくて、妖艶で、そして儚い。

 古河律子。彼女はどうして消えたんだろう。

***(3-2)

 テスト期間はすっかりと過ぎ去り、我らが大学生の長い長い春休みが幕を開けた。

 僕のいる吹奏楽サークルは2月公演に向けて練習に熱が入り、中学生の時間割程度の忙しさで僕らを拘束している。

 カフェで弘中に話を聞いてみて、僕らの出した結論は馬場昴生の安否確認を依頼することだった。僕らが大家に連絡し、馬場の両親には大家からも有坂たち山岳部からも連絡がいっている頃だろう。つまるところ僕も楓も一介の学生に過ぎなかったという話である。不完全燃焼なような、退屈なような、そんな気持ちで日々を消化している。

 楓はといえば最初こそ「好きな人いるのに思わせぶりなことすんじゃないよ!!!」と空元気でキレ芸を披露したりもしていたが、少しずつ落ち着き、時折浮かない表情を噛み殺しながらトロンボーンを吹いている。

 午前中の合奏が終わり、片付けの最中にそっと楓に耳打ちをする。

 「ごめん、ちょっと午後のセクション練サボるわ。立明大行ってくる」

 「え、急に何? 何しに行くの」

 「古河律子の話、してくれるって言うからちょっと聞きにいってくる」

 よし、と周りを見渡す。

 「片付け大体終わったし、行ってくるわ。口裏合わせだけ、よろしく」

 「え、いや、ちょっと待ってよ。何一人で勝手に……」

 立ち去ろうとしたら袖を強く引かれてつんのめる。危ないだろうがと振り返る前に楓が眉を顰めて責めるように言う。

 「あとはちゃんとした大人に任せようって。二人で相談して決めたじゃん。有坂くん達だってちゃんと連絡くれてるし……」

 「それはそれでちゃんと進んでるだろ。僕は僕なり彼女のことを調べてみようと思っただけだよ」

 「彼女って……。昴生のこと、探してほしいって頼んだのは私だよ。だけど、どうして健が一人で古河律子さんのこと調べることになるの……」

 その声は怒っているというよりはもはや悲しげで。僕には楓が何をそんなに切実に訴えているのかよくわからなかった。きっかけはもちろん楓だ。楓が頼んだから僕は協力しようと思ったし、ここまでやってきた。

 「馬場昴生の居場所を探す。その為に古河律子がどんな女なのか、知ろうとするとするのは変じゃないだろ」

 「変っていうか……。古河律子さんがどんな人かなんて別に必要ないじゃん。何? 動画見て恋でもしちゃったわけ?」

 恋……? そういう浮かれた話がしたいわけではない。ただ純粋に彼女のことを知りたいと思ったのだ。美貌を持ち、男心を射止め、有名私立の大学でキャンパスライフを謳歌する。そんな彼女は何を思って馬場と二人で姿を消したのだろう。

 あの日から指が勝手に彼女の軽音楽部のSNSを探した。過去の動画も遡れるようになっていた。いつの動画だろう。髪が短い。顎のラインで切り揃えられたショートカットは伸ばしている今より更に彼女の素のよさを引き出している気がした。

 「恋とか冗談言うなって。とりあえずDMして約束しちゃってるから。午後の練習頼むよ?」

 楓を振り切って練習室を出ようとしたその時、ティロリロリンと電話の鳴る音がした。

 「待って、有坂くんから」

 鳴ったのは楓のスマホだった。うん、うん、と応答する様子を黙って見守る。

 はい、はい。また改めて連絡もらっていいかな。そんな言葉で電話を切ると楓は僕に言った。

 「昴生みつかったって!!」

━━死体で。

***(3-3)


 20××年1月31日、東京都文京区にあるインターネットカフェの個室で大学生の馬場昴生さん(21)が首をカッターで切りつけた状態で死亡しているのが見つかりました。現場からは遺書が見つかっており、警察は自殺とみて詳しく調べていいます。

 警察によりますと、27日に家族により昴生さんの捜索願いが出されていたといいます。
 昴生さんの自宅玄関からは致死量の血液が検出されており、警察は昴生さんが何らかの事件・事故に関与しているものとして捜査を進めています。

昴生さんの遺書には「横山大輝さんという人を殺してしまいました」「死体は鋸山に捨てました」等の記述があり、警察は現在、被害者とされる大学生横山大輝さん(22)の行方を捜索しています。

 ネットニュースを隅から隅まで読む。やっぱり書いてある以上のことは何も分からなくて、僕も、楓も、ただただ困惑した。全然、意味がわからなかった。

 電話の後、僕らは何もできなかった。泣き叫ぶこともできず、日常のことが同じように続けられるわけでもなく、現実感のない情報だけを反芻した。

 次の日か、その次の日かもうよく覚えていないけれど、僕らの順番が回ってきて、馬場昴生の遺書の内容を教えてもらった。ふざけた遺書だと思った。

 楓が先に読んだ。彼女は涙を流さなかった。

  遺書
 これは遺書です。最初はなかったことにしてなんでもない顔で逃げてしまおうと思ったけどもうむりです。

 立明大学に通っている横山大輝さんという人を殺してしまいました。忘れられません。1月17日の夜です。頭にしみついてはなれません。殺してしまって、どうしようと思って、死体は鋸山に捨てました。

 たまたまゲームで知り合って、そこから仲良くなって、その内お金を貸すことが出てきました。

 横山さんの就活がうまくいかなくなってから、もっと関係が悪くなりました。

 殺すつもりじゃなかったんです。つい勢いで刺してしまいました。

 ここまでこんなに大事に育ててもらったのに父さん、母さん、親不孝な息子でごめんなさい。死んで詫びるつもりです。

                 昴生

 「私、どんな答えがもらえたら満足してたんだろう」

 楓は一言だけそう呟いた。その紅く潤んだ瞳が訴える。

 なんで?

 どういうこと?

 なんのはなし?

 僕は何も言えなくて、かわりに楓のことを抱きしめた。

 抱きしめてから、これは決して楓のことを想ってやったんじゃなくて、咄嗟にそうするべきだと思って手を伸ばしただけの偽善だ、と思った。抱きしめ返す楓の温かさに苦い罪悪感を覚えた。

 なぜ、遺書の中に一言も古河律子の名前が出てこない。なぜ、あの日馬場は古河律子と別れてこの男を殺しているんだ。そもそも殺したって作り話みたいなこと本当にあるのかよ。

 もしかして、古河律子は何かを知っている?

 楓は一生懸命文面通りのこの結末を飲み込もうとして、あれからずっと迷子みたいな眼をしてる。

 僕は違う。

 彼女のことを知りたいのだ。

 冬の白い光が差し込む少し古めかしい学食の中で僕は彼女たちと対面する。

 「えっと、早瀬健さんですよね。うちらなんかで参考になるかな」

 「いえいえ、わざわざお時間頂いてありがたいです」

 では、古河律子さんのこと。お話し聞かせて頂きます。

続く

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