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父親、3歳児に勝手に文通を始める

朝泣かれるので、娘に一方的に手紙を書き始めた

最近、朝の出発が少し大変だった。

私が仕事へ行こうとすると、娘が泣く。

「パパともっと遊びたかった……」

かなり効く。

朝から父親のメンタルに直接くる。

こちらとしては、別に家出するわけではない。

夕方には帰ってくる。

なのに娘の反応だけ見ると、海外赴任くらいの空気が出る。

私は毎朝、

「夕方には帰るから!」「また遊ぼうね!」「今日は何して遊ぶか考えといて!」

などと声をかけていた。

だが娘、泣く。

私の脚にしがみつく。

こちらを見る。

かなり見てくる。

なかなか出れない。メンタルダメージも受ける。

そしてある日、ふと思った。

「手紙でも置いてみるか……?」

自分でも少しキモいと思った。

36歳男性、朝から3歳児へ置き手紙を書こうとしている。

しかも相手、まだひらがなを完璧には読めない。

でもなんとなく始めた。

小さい紙に、

「きょうもおしごとがんばってくるね」「かえったらあそぼうね」「だいすきだよ」

みたいなことを書く。

そしてテーブルに置く。

かなり一方的である。

返事は来ない。

文通ではない。

父親による感情の投函である。

最初の日。

帰宅すると、娘が走ってきた。

「おてがみあった!」

嬉しそうだった。

私は少し驚いた。

そんなに効くのか、これ。

しかも娘、その日からわりと朝の空気が変わった。

もちろん泣く日もある。

普通にある。

3歳児なので。

感情が天気より変わる。

ただ、

「今日はおてがみある?」

と聞いてくるようになった。

私は昔から、人の反応理由を考えてしまうタイプだ。

だから当然、これも考える。

なぜ娘は手紙を喜んだのか。

紙が嬉しかったのか。

自分宛なのが嬉しかったのか。

“パパはちゃんと帰ってくる”を確認できたのか。

それとも単純に、自分だけ特別にメッセージをもらえた感じがしたのか。

私は小さい頃から、好意は言葉にした方がいいと思っている。

「ありがとう」「好き」「良いと思った」

そういうのって、言わないと伝わらない。

いや、伝わる部分もあるのかもしれない。

でも私は、どうせなら伝えた方がいい派だ。

かなり面倒くさいくらい、言語化したがる。

だから娘への手紙も、たぶんその延長なんだと思う。

ただ最近思う。

子どもって、内容を全部理解してるわけじゃなくても、“自分に向けられた気持ち”みたいなものは、わりと感じ取ってる気がする。

朝、パパがいなくなる。

寂しい。

でも、自分のために置かれた手紙がある。

そこに、

「かえったらあそぼうね」

と書いてある。

それだけで、少し安心するのかもしれない。

もちろん私は、毎朝キラキラした父親ではない。

普通に眠い。

急いでる。

時間ギリギリの日もある。

「今日はもう手紙いいか……」

と思う日もある。

私は聖人ではない。

少し分析癖が強くて、娘に泣かれると弱いだけの父親である。

それでも今日も、小さい紙に数行だけ書く。

たぶん娘は、文章そのものより、

「パパ、自分のこと考えてくれてたんだ」

を受け取っているのかもしれない。

もしかすると子どもって、“長く一緒にいること”だけじゃなく、“自分をちゃんと想ってくれている痕跡”みたいなものでも、安心できるのかもしれない。

関連して、私が実際に続けている声かけ・手紙・関わり方を有料記事にまとめました。

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