続・不登校をやめた理由「自分で選ぶ」双極性×ADHDの高校生#42
中学受験は無事に実りました。
息子は地元を離れ、進学します。
前回の続きを書きます⇩前編
こんにちは。
ADHDの夫と、ADHDと双極性障害を併発したを息子を支えて25年
2児の母(๑˃̵ᴗ˂̵) はれこ と申します。
今日も笑顔でいられる様、noteを書きます!
息子が受験した学校は中高一貫ではありません。
高校へエスカレーター式に進学できるわけではないため、もう一度、内部推薦か試験で選ばれなければいけません。
だから中学校の3年間は本当によく頑張りました。
野球のボーイズクラブチームに所属し勉強と野球の両立。
冬は1週間ほど学校に行けない日もありましたが、内申も意識し、頑張って生活していたようです。
そして無事に第一希望の高校へ合格。
私は「これでひと安心」と思っていました。
でも、息子は違ったようです。
高校へ入った途端、目標を見失いました。
目的は達成したのに、達成感がありません。
その先が見えない。
良い学校だということは分かる。
だけど、その学校に入ることがゴールではなかった。
息子は言います。
「中学3年の時、心を燃やしすぎた。」
「燃やして、その火を消す方法もわからず、消す勇気もなく。その後遺症が高校に入って強く出たんだと思う。」…と。
そうして息子は双極性障害を発症し入院しました。
現在も朝起きることが難しくなり、服薬や生活リズムを整えることにも苦戦しています。
親として、「頑張れ」とは簡単には言えません。
まずは病気と付き合いながら、一日一日を積み重ねる毎日でした。
最近になって、少しずつうつ症状が落ち着いてきたのか、息子の中で変化が起き始めました。
私は毎日、息子の行動日記をつけています。
「どうしてそう思ったの?」
「なぜ、その行動を選んだの?」
そんな話を一緒に整理していきます。
責めるためではありません。
目的は一つ。
息子の『トリセツ』を作ること。
そう伝えているので、息子も比較的素直に話をしてくれます。
毎日少しずつ話を重ねるうちに、息子はこんな感覚になったそうです。
「もつれていた紐が、一つずつほどけていくみたいだった。」
その後、
「俺はピーンときた。」
息子は行きたい学部が見つかったそうです。
振り返ると、小学生の時も、中学生の時もそうでした。進む方向が自分の中で決まると、息子は驚くほど前へ進める子でした。
だから今回も、その力を信じたい気持ちはありますが、大学や社会人は、小学生や中学生とは違います。
一度決めた道が、また大きく揺らぐかもしれない。
双極性障害もある。
大きな決断をした時、
「これは躁状態じゃないのかな。」
そんな心配は、今でも頭をよぎります。
それでも、息子は一つの道を自分で選びました。
それが正しいかどうかは、まだ誰にも分かりません。
次の日は早起きでした。
「今日はどうして起きられたの?」
そう聞くと、息子は笑いながら言いました。
「起きる気力があるから。」
その言葉を信じたい自分と、不安になる自分がいます。親だから、心配はきっと一生なくならないのでしょう。
それでも私は思います。
小学4年生のあの日、自分で学校へ行くことを選んだ息子。
中学受験を選んだ息子。
高校受験を乗り越えた息子。
そして今、自分の未来をもう一度選ぼうとしている息子。
息子の人生は、誰かに決められたものではなく、自分で選び続ける人生なのかもしれません。
その旅がどこへ向かうのか、私にはまだ分かりません。
でも親にできることは、先回りして道を決めることではなく、息子が自分で選んだ道を、信じて見守ることなのだと思っています。
私達親子のその旅は、まだまだ続きます。
