見出し画像

エネルギーの測定誤差と測定に要する時間には不確定性関係はない。

エネルギーと時間の間の不確定性関係では、さまざまなタイプが考えられてきましたが、大きな誤解も長く為されてきました。今回は測定時間とエネルギー測定誤差の間には、そのような不確定性関係はないことを説明しておきましょう。

エネルギーを測る観測対象としてのs系と、それと一定時間の間に相互作用をして、エネルギーを測かる測定機a系を考えます。相互作用のない時間帯では、この2つの合成系のハミルトニアンは、(1)式のように、それぞれの部分系のハミルトニアンの和になります。

(1)式:相互作用がない時間領域でのハミルトニアン

簡単のため、図1のように、初期時刻にはそれぞれが各ハミルトニアンの固有状態である仮定しましょう。

図1

そして図2のように、初期時刻から終時刻の間にs系とa系は相互作用をします。

図2

終時刻の後は、再びハミルトニアンは(1)式の形になります。このような設定において、間違った主張が為されたノートがあります。終時刻においてs系とa系のエネルギーを図3のように書いたとき、下記に引用したこのノートの(60)式のような不確定性関係が出てくるという主張です。

図3
谷村ノート,(60)式

ところが,測定相互作用をさせる時間 t が有限だと,保存則 (59) は厳密には成り立たず,(58) に示したようにエネルギー測定値は(60)式程度の幅を持つ.それゆえに,測定器のエネルギー変化を正確に読み取ったとしても,対象 系のエネルギーは正確に測れず,ボケて見える.少々長ったらしくなるが,これは相互作用 時間とエネルギー移動量の不確定性関係と呼ぶのが適当そうである.

谷村省吾, 「時間とエネルギーの不確定性関係 — 腑に落ちない関係」素粒子論研究 電子版 Vol. 16 (2014) No. 3

この結論には問題があります。摂動論を用いて計算された計算自体は合っているのですが、その物理的な解釈がおかしいのです。それを今回は解説をしておきます。

まず摂動論の計算を辿っておきます。ここの部分は、標準的な量子力学の教科書で、フェルミの黄金則を導く内容と変わりません。まずs系とa系の合成系の初期状態は下記を満たす状態ベクトルで表されます。

(2)式

この固有値は2つの系の初期エネルギーの値の和になります。

(3)式

先のノートにあった(60)式では終状態でのエネルギーは

(4)式

で与えられていました。先のノートでは有限時間でエネルギーは保存しない設定を考えていたので、

(5)式

も仮定されています。そして測定時間

(6)式:測定時間

の間、s系とa系に相互作用がかかります。そのハミルトニアンを

(7)式:測定時間中のハミルトニアン

と書きましょう。その時間発展演算子は

(8)式:測定中の時間発展演算子

で与えられます。これを用いて、初期状態から終状態への遷移振幅を摂動的に評価すると下記のようになります。これも標準的な計算です。

(9)式

これから得られる遷移確率は

(10)式

という形に求まります。ここで測定時間Tを有限にしたときに、初期時刻のエネルギーとは異なるエネルギー準位に有限の確率で遷移できることが(10)式からわかります。先の筆者が主張する、その初期時刻と終時刻でのエネルギー差は大体

(11)式

の大きさです。この結果をもって、先のノートの筆者は

(12)式

という式(先のノート中の(60)式)を書き下しました。ここで

(13)式

というデルタ関数の公式を用いると、無限の測定時間極限においてフェルミの黄金則の結果が、下記のように普通に得られます。

(14)式:フェルミの黄金則

(14)式の右辺に出てきたデルタ関数は初期エネルギーと終エネルギーの値が一致することを要請しています。これが摂動論で良く言われるエネルギー保存則です。しかし、測定時間Tを有限にしたままでは、(10)式のようにエネルギー差がある状態遷移が許されます。これを対象系sと測定機系aのエネルギーで表現しようとしたのが、先の筆者の(60)式、つまり上の(12)式に当たります。このことから、先の筆者は以下のように主張をしました。

それゆえに,測定器のエネルギー変化を正確に読み取ったとしても,対象 系のエネルギーは正確に測れず,ボケて見える.少々長ったらしくなるが,これは相互作用時間とエネルギー移動量の不確定性関係と呼ぶのが適当そうである.

谷村省吾, 「時間とエネルギーの不確定性関係 — 腑に落ちない関係」素粒子論研究 電子版 Vol. 16 (2014) No. 3

しかしこれは正しい結論でしょうか?実はいろいろ問題があります。たとえば(11)式や(12)式において、測定時間Tに対してT→0極限を考えてみます。筆者は一般論を考えているので、問題ないはずです。すると「エネルギー移動量」と筆者が呼んでいる量は発散します。筆者の主張が正しければ、今の議論はs系やa系が有限系でも無限系でも成り立つはずです。もしs系やa系がスピン系のように有限系であれば、各エネルギーには上限値が存在します。ですからエネルギー移動量も、その定義から有限のはずです。筆者の主張をそのまま認めると、短時間の測定ではそれが発散をすることになります。これはおかしなことです。その意味で(10)式の遷移確率の式から、エネルギーと時間の不確定性関係としての(12)式を筆者が演繹したことには、論理的な間違いがあるのです。

たとえば、測定時間が零である場合でも、筆者が定義したエネルギー移動量は有限になる場合も実際にはあります。時刻t=0にだけデルタ関数的に相互作用が存在するモデルがそれに当たります。そのs系とa系のハミルトニアンを

(15)式

と書きましょう。gは実数の結合定数で、Vはs系とa系を結ぶエルミート演算子です。この場合、t<0の時間領域では時間発展演算子は

(16)式

で与えられ、またt>0の時間領域では

(17)式

と計算されます。測定相互作用をしている時間間隔Tは零なのに、(17)式には特に発散や無限大は出てきていません。また遷移確率も有限になります。Vがある有限値のエネルギー状態だけを結ぶように設定すれば、T→0で発散する(12)式の左辺の項は存在していないのです。

またこれとは独立に、短時間の測定でエネルギー測定を実行できることも知られています。たとえば、z方向に向いた外部磁場B中の2準位スピン系のエネルギーは下記のハミルトニアンで与えられます。

(18)式

ここで結合定数gを既に他の実験で決定しておけば、与えたBに対してのスピンのエネルギー測定は、そのままスピンz成分の測定に他なりません。このスピン成分自体はどんなに短い測定時間でも精密に測ることができます。たとえば、極めて強い不均一磁場の大きさをもつ、幅の狭いシュテルン=ゲルラッハ装置に高速でスピンを通過させれば、測定相互作用がかかっている時間は、いくらでも短くできます。この設定では、スピンがアップであるかダウンであるかは極めて高い精度で決定できます。つまり、エネルギー測定の誤差は零にできます。

図4

したがって、この例は先の筆者の主張の反例になっています。

ちなみに(18)式の結合定数gを精度よく決めることも、短時間の実験で可能です。(18)式を特殊な場合として含む、一般の量子系においての、時刻tに依存するハミルトニアンH(t)でも、各時刻でのその演算子の具体形は、量子プロセストモグラフィの実験によって決定することさえできます。先の筆者の主張とは裏腹に、H(t)を実験で定めるには系を時間発展させる時間Tを極めて短くすることが要求されます。それで正確に各時刻tでのハミルトニアンH(t)の形を決めることができます。この辺りは拙書『入門現代の量子力学』の第6章やそのP87の脚注66をご覧ください。

まとめると、特に測定時間とエネルギー測定の誤差には原理的に不可避な不確定性関係はありません。このことは、多くの物理学徒が理解をしておくべき基礎的な知識です。

[1]堀田昌寛、『素粒子論研究 Vol.16 「時間とエネルギーの不確定性 関係- 腑に落ちない関係」に対するコメント』

https://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~soken.editorial/sokendenshi/vol16/5/hotta.pdf


いいなと思ったら応援しよう!

Masahiro Hotta サポートありがとうございます。