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シュレディンガー=ニュートン方程式:  重力場は量子化しなくても良いのか?

現在知られている全ての物質は量子的な存在だと考えられており、この量子理論は、これまでの実験や観測とも完全に整合をしています。更に、多くの研究者は、その量子物質によって曲げられた時空、そしてその重力も量子的な存在だと想定をしています。しかし、量子時空や量子重力についての具体的な実験や観測はまだありません。そこで、時空や重力も古典的な概念のままで良いと主張をする人が現在少数存在しています。ただ、それらの主張にもバリエーションがあり、「量子重力は実証されていないのだから、時空は古典的でも良いよね」と、何も根拠も示さずに言う無責任な非専門家もいます。問題点をきちんと知っている重力や時空の本物の専門家が「古典時空+量子物質」のハイブリッド理論を推す場合でも、時空起源の謎の揺らぎをなにかしら導入しないと、時空は古典的だというその論を維持できない状況です。私の立場は、この謎の揺らぎとその古典時空の「足し算」が、結局は何等かの量子重力理論と同等であろうというものです。量子揺らぎを伴った全体の量子的時空自由度を、揺らぎと古典的な背景時空の2つに敢えて分離をして書いているだけだろうと考えています。

素朴に時空が古典的なままだと、いろいろと矛盾が出てくることは、専門家の間ではよく知られています。今回は、「古典時空+量子物質」を扱うときのアフィン性の破れという問題点を紹介しましょう。これ以外にも、ネーターの定理の破れという問題がありますが、それは別な機会に説明をします。

まず量子重力を否定したい非専門家の人がよく挙げる例として、半古典的アインシュタイン方程式の理論があります。一般相対論のアインシュタイン方程式の左辺に現れる時空自由度は古典的なままにして、右辺の物質のエネルギー運動量テンソルを、(1)式のように、量子状態での量子的な演算子の期待値に置き換える理論です。

(1):半古典的アインシュタイン方程式

ここでGは重力定数で、cは光速度です。この方程式のμ=0,ν=0の成分に対して、弱い重力近似をすれば、ニュートン重力理論の半古典版が出てきます。議論を簡単にするために、量子的な物質は質量mの粒子1つとします。その波動関数を使って粒子の質量密度は

(2):量子的な期待値としての質量密度分布

で与えられます。すると(1)式からは

(3)式:ポアソン方程式

という普通の重力ポテンシャルに対する方程式が得られ、その解は

(4)式:重力ポテンシャル

となります。量子的な粒子はシュレディンガー方程式を満たすと考えますので、次の(5)式が成り立ちます。

(5)式:重力ポテンシャル中の粒子のシュレディンガー方程式

これに(4)式と(2)式を代入すれば、いわゆるシュレディンガー=ニュートン方程式が得られます。

(6)式:シュレディンガー=ニュートン方程式

この方程式の特徴は、波動関数に対する非線形性です。右辺第2項には波動関数の3乗があるため、方程式を満たす2つの波動関数の和はもう同じ方程式の解にはなりません。また下記の密度演算子表示をしても、非線形は残ります。

(7)式:密度演算子表示

この表示では、波動関数の位置表示と密度演算子の成分に

(8)式

という関係が成り立ちます。これと(6)式を使うと、

(9)式:密度演算子のシュレディンガー=ニュートン方程式

が導かれます。この右辺第2項には、密度行列の非線形性がやはり残っています。従ってこの密度演算子に対するアフィン性が破れています。つまり、

(10)式

を満たす、複数の密度演算子を適当な確率で混合して作った

(11)式

という密度演算子は、もう(9)式を満たしません。

(12)式

量子力学は確率概念に基づいた情報理論なのですが、一般に情報理論ではこのアフィン性が必ず成り立つ必要があります。この観点からも、シュレディンガー=ニュートン方程式のような、古典時空と量子物質の非線形ハイブリッド理論はうまくいっていないのです。これについては下記記事も参照をしてください。

これ以外にも、(1)式の半古典的アインシュタイン方程式を基礎とする古典時空理論には、重大な欠陥があります。粒子は量子的な存在であるため、異なる2地点に粒子がある状態の線形重ね合わせを作ることができます。そして質量mの粒子の位置を重力場を通じて測る測定機として、1つのテスト粒子を考えます。すると、テスト粒子は奇妙な振る舞いをします。

まずは図1のように、1番目の位置に粒子が局在をしている量子状態を考えましょう。粒子の質量分布も同じ場所に局在しているため、テスト粒子はその場所へと引き寄せられます。

図1:一方の場所に粒子が100%の確率で存在するときのテスト粒子軌道

同様に、2番目の場所に局在している状態では、テスト粒子の軌道は図2のようになります。これも自然です。

図2:他方の場所に粒子が100%の確率で存在するときのテスト粒子軌道

次に(13)式のように、粒子の状態を2つの場所に居る状態の重ね合わせとしてみます。

(13)式:粒子の位置の重ね合わせ状態

すると、この状態での質量密度の期待値は、図3のように2つの位置に分かれて分布します。

図3:2つの場所に1つの粒子が重ね合わせ状態で存在するときのテスト粒子軌道

その結果、質量mの粒子は空間内に1つしかないのに、テスト粒子の軌道はどちらかの場所に偏って引っ張られることなく、曲がらず進むことになります。しかし、これはとても不自然な結果です。質量mの粒子の位置を重力場を通じて測る測定機として導入したはずのテスト粒子が、その測定機の役目を担わないというのです。これを避けるためには、どうすればよいのでしょうか?

それには重力場を電磁場に置き換えた量子電磁力学(QED)を思い出すのが良いと思います。重力のポアソン方程式は

(14)式:電磁気学のガウス則

に置き換わります。これから出てくるクーロンポテンシャルは

(15)式:クーロンポテンシャル

で与えられます。これを電荷qの荷電粒子のシュレディンガー方程式に代入すれば

(16)式:シュレディンガー=クーロン方程式

が導かれます。これは係数を除いて(6)式と全く同じなので、この方程式も非線形です。しかし、もともとのQEDはアフィン性を満たす、波動関数や密度演算子に対して完全に線形な理論だったわけです。(14)式の左辺も演算子化されて、

が正しい理論だったのです。それを電磁場を無理やり古典近似したために、物質の密度演算子の方程式に非線形が現れたのです。そして、その結果として密度演算子のアフィン性を破ってしまいました。

この状況を理解してから、電磁場から重力へと考察を戻すと、(6)式も本来は、波動関数や密度演算子に対して線形な量子重力理論の単なる近似であると考えることは、実に自然なことです。そうであれば、図3のような、テスト粒子の変な軌道も現れません。図1の状態と図2の状態の線形重ね合わせが出てくるだけです。

まとめると、「古典時空+量子物質」というハイブリッド理論には欠陥が付いてまわるので、多くの研究者は自己矛盾を含まない量子重力理論の完成を目指しているのです。


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