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短時間ではエネルギー保存則が破れると歴史上初めて強調したのは誰か?

私が学部生の頃に物理学科の講義で習ったことの1つが、時間とエネルギーの不確定性関係の中間子論への応用でした。場の量子論との接続を考えて、中間子などの重い仮想粒子が媒介する力の到達距離を概算する問題です。

まず時間間隔Δtとエネルギー保存則の破れΔEの間に、下記の不確定性関係を仮定します。

電磁力を媒介する質量零の光子とは異なり、中間子には質量があり、その質量に光速度の2乗をかけた質量エネルギーを持っています。仮想粒子としての中間子の質量エネルギーは、上のエネルギー保存則の破れから供給されると仮定して、

という式を書きます。そして時間間隔Δtの間に中間子が最大速度の光速で運動すると考えて、その到達距離を

で評価します。すると

と言う概算式が出てきます。実際に知られている核力の到達距離として、10のマイナス15乗メートル程度にRをとると、中間子の質量がこの式から評価可能です。すると大体後で発見された中間子の質量とオーダーが合っています。このように短時間におけるエネルギー保存則の破れが力を媒介する重い仮想粒子の質量エネルギーの出どころだと、習いました。このような説明は世界的に広がっており、場の量子論での粒子の散乱過程におけるファインマン図の計算にもよく添えられています。

ところが、この説明は間違っているのです。場の量子論などの量子力学においても、一般的にエネルギー保存則は厳密に成り立っているからです。短時間であろうと、それが破れることはありません。

このWickの説明は、単なる次元解析法での概算に過ぎません。私が講義で習った、この間違った説明は、実は湯川秀樹自身ではなく、場の量子論の「Wickの定理」で有名なG. C. Wickが1938年のNature論文「Range of Nuclear Forces in Yukawa’s Theory」で、提示したものでした。しかし、その直観的なわかりやすさのために、多くの人が批判的に考えることもなく、その説明を受容してしまい、世界に広まったものでした。

湯川秀樹自身は、このような間違った時間とエネルギーの不確定性関係は用いませんでした。湯川は、最初から質量項を持ったクライン=ゴルドン方程式の静的な解を計算して、後に「湯川ポテンシャル」と呼ばれる、有名な短距離力のポテンシャルを出したのです。そのポテンシャルから力の到達距離と場の方程式の中の質量を結び付ける関係式を書いて、中間子の質量を概算したのです。

湯川秀樹の中間子論の論文が載った雑誌

20世紀の物理学があまりに急速に発展したせいで、多くの物理学者たちは落ち着いて考える暇を持ちませんでした。ちょうどゴールドラッシュに群がる「荒くれ者たち」のように、素粒子物理学において我先にと、発見の先取権と名誉を求めて、新しいことばかりに目を向け、土台を固めることは半ばおろそかになっていたのです。多少いい加減な理論の話でも、それがすぐに実験で白黒がハッキリする物理学の黄金期でもあったので、杜撰な話も皆が鷹揚に捉えていた時期でもあります。実際、ノーベル物理学賞をもらった論文のいくつかにも、ノーベル賞に該当する部分以外には変な記述があったりもしました。下手な鉄砲でも百発打てば、その何個かは的に当たるという「ワイルドな時代」だったのです。

ところが現代の素粒子物理学では、状況が違います。探索したいエネルギー領域が高くなりすぎて、大型加速器や観測施設が必要となりました。そして実験や観測の結果が出るまでに長い時間がかかるようになりました。理論先行で、半ばいい加減な予想が大量に出回っても、それを実験や観測のデータから淘汰するのに何年もかかります。このような時代には、しっかりと自然界を見据えながら、これまでの理解の仕方にも疑いの目を向けて、厚みのある理論研究をすべき時期にあります。AIが大量の理論論文を生成する時代に、人間の理論物理学者がすべき仕事は、書いている著者自身があやふやな理解に留まっている「書き飛ばし論文」を出しまくることではなく、物理学として重要な問い、そしてそれに対しての真摯な姿勢で取り組んだ成果を出していくことだろうと考えています。


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