AIが短時間に大量の論文を書く技術に、どう対応していくべきか。
物理学の研究においても、世界的にAI導入が進んでいます。実験や観測データの解析をAIにさせるタイプの研究だけでなく、最近ではAIに理論物理の研究をさせて、その結果をグラフ付きで論文原稿にまとめさせるところまで、AIの進歩はきています。
この動画(29:10頃)で、京都大学の橋本幸士さんはAIが行った理論物理研究のデモンストレーションを紹介しています。橋本さんが使ったのはChatGPT o3-mini-highというAIです。2017年の橋本さんたちの論文をAIにまず与え、その論文で扱われていた物質と似た性質の物質をAIに検索をさせ、その物質に対して同じような理論研究をしろというプロンプト(命令文)をAIに書いたそうです。AIが出してきた結果と、橋本さんたちが得ていた以前の結果を比較させて、その研究成果をグラフ入りの論文原稿にまとめさせるまでにかかったのが、全体で1時間程度だったという事実を、理論物理学のコミュニティは大きな衝撃をもって受け入れるべきだと思います。この論文原稿は、2.5流の雑誌ならば受理されるレベルだと、橋本さんは動画で語っています。数年しないうちに、「一流」と呼ばれる雑誌にも受理される理論物理の論文執筆をAIが行う可能性が高まりました。全世界の学術界で早急に考えをまとめ、この問題に対応していかざるを得ない時代です。
このようなAIの活用が進む中、すでにAI生成の論文を雑誌に投稿している研究者が世界のどこかに存在する可能性は高いと考えられています。今後はAIが膨大な論文を短時間で生成して雑誌に投稿をし、雑誌側もその大量の投稿を捌くために、その査読の前段階まではAIがこなすことが確実だと思われます。そこで、研究結果の目利きのプロである人間の「見巧者(みごうしゃ)」が玉石混交の研究を選別するコンサルタント企業のニーズが、急速に高まることでしょう。
従来の大学システムはAIの影響で崩壊するかもしれませんが、その後の新たな高等教育と研究のビジネスモデルとして、この「見巧者」企業が必ず台頭してくることでしょう。現時点で、私はそう予測しています。
AIの種類や、プロンプトを書いた人間次第で、研究においてもAIは偽装や過剰宣伝(hype)をしてくるだろうと、私自身は考えていますし、それはかなり正確な未来だと思います。「見巧者企業」の人間は、AIが書いた膨大な論文の中から、間違いだけでなく、そのような過剰宣伝や偽装も見抜き、最終的に重要な成果を見極めて、契約者にそれを推薦する役割を担うことになります。そして、見巧者のプロとしての、その人間の署名が、社会で高い価値を持つ時代となるでしょう。
個人的にも、基礎科学分野において豊富な知識と深い理解を持つ「見巧者集団」を形成し、AI時代の学術に貢献できればと願っているところです。これまでの基礎科学分野でも、流暢性バイアスは高いが、実は内容に乏しかったり、そもそも間違っている論文が目立ったり、プレゼンの巧みさに頼った、本筋から外れた評価も多かったと思います。そのような風潮も、AIにその仕事を奪われることで短期間に無くなっていくことでしょう。若い人たちが浅い理解のまま研究最前線に飛び込み、「売れる」論文をキャッチーに書く競争が、AIによって破壊されて消滅することは、学術界だけでなく、人類社会としても素晴らしいことです。しかし、学術を基本とした高度な社会がうまく回るには、本物のプロフェッショナルによる見巧者の研究評価集団と、そのビジネスモデルを、しっかりと社会の中に確立しておくことが重要です。最先端の研究にもキャッチアップできる「頭がいつまでも柔らかい」人材であり、かつその分野の基礎知識にも厚みがあり、そのおかげでAIの間違いや偽装を敏感に気付けるような、見巧者たちをその企業はまず雇うのです。また、そのような人材を大学の現在の博士課程のような形で育成をするべきでしょう。同時に、見巧者集団の企業が社会に複数必要です。そして、第三者による「見巧者格付けリスト」も要求されます。その自由競争の中で、研究評価の精度を各見巧者が磨いていくことでしょう。
10年後には全世界の大学の旧システムの多くがAIに代替され、研究面でも教育面でも全く新しいシステムが作られているはずです。これからの社会をディストピアにすることなく、明るいユートピアにするためにも、世界の全ての大学人は、深く考えつつ、とにかく走り出すことが求められています。今の大学人こそが、これからの「見巧者」たるべきですし、既に世界はその見巧者の登場を要求しています。
理論物理で言うならば、AIでもできる「詰まらない物理」と、AIには手が届かない「自然界の深い真理であると人間に解釈される物理」の2つがあるというのが、私の意見です。既存モデルからスタートして、その計算結果を出すことも、これまでは「物理」として評価されてきましたが、それは今後AIに代替されると思っています。
モデルに落とし込んだ後の数学パズルを解いたり、モデルを数値解析する「物理」では、人間はやがてAIに敵わなくなる未来が近いと思います。しかし数式の意味を捉える仕事や、モデルのパズルの意味ある建付けや、AIが出した答えの解釈は、人間の物理学者の仕事として残ると、私は考えているのです。
これから理論物理の研究者を目指す若い人は、大学院の5年で研究最前線に出て、とにかく論文を大量生産するという競争では、AIに敵いません。むしろ、AIの間違いやデータ改ざんを見抜く基礎的理解の基盤をしっかりと学部時代に養い、批判的に全ての論文を読める技術を身に着けたほうが良いです。前世紀から言われている「Publish or Perish(論文を出版するか、滅ぶか)」という古い研究者世代のアドバイスは、AI時代になんの役にも立ちません。「価値」はAIではなく、最終的に人間の自分が決めるのだという強い自覚と、それを支える深い思考を鍛錬してください。
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