重力場全体のエネルギー概念は観測者や座標系が決めている。
重力は、一般相対性理論では「場」で記述されます。それは電磁気力が電場や磁場を通じて記述されるのと同じ形式ですが、「重力場」の性質は電磁場の性質とはかなり異なります。その大きな差の1つが、場が持つエネルギー運動量密度です。電磁場のエネルギー運動量密度は、数学的には座標変換のもとで「テンソル」という成分で書かれます。或る座標系で電磁場のエネルギー運動量密度のテンソルの全成分が零であれば、他の任意の座標系でもそのテンソルは零のままになります。ある座標系や観測者にとって「無い」ものは、他の座標系や観測者にとっても「無い」というのが、テンソル量なのです。また1つの座標系で消えないテンソル成分があるならば、それはどんな座標系をとっても、その座標系でのテンソル成分の全てを零にすることはできません。ある座標系や観測者にとって「有る」ものは、他の座標系や観測者にとっても「有る」のが、テンソル量です。
ところが、電磁場と異なり、重力場のエネルギー運動量密度はテンソルの成分ではなく、「擬テンソル」という別な量の成分になっています。この擬テンソルは、ある座標系や観測者にとって零であっても、他の座標系や観測者にとって非零の値を持つのです。またある座標系や観測者にとって非零でも、特定の座標系や観測者が存在し、それに対しての値が常に零になるのが、擬テンソル量なのです。つまり座標系や観測者ごとに在ったり無かったりするということです。この性質はアインシュタインが一般相対性理論を作るときに前提とした「等価原理」に由来しています。
どんな重力場でも、その中を自由落下する観測者や、それに対応する局所慣性系という座標系では、その重力を消せるというのが、等価原理です。また重力が無い空間でも、観測者が加速度運動をすれば他の物体には重力が現れるというのが、等価原理の主張です。この性質は、重力場のエネルギー運動量密度を厳密なテンソル成分にすると、実現できません。そこでアインシュタインは、それを擬テンソルの成分だと考えたのです。このあたりの内容は、数式を用いずに、拙書『無とは何か』(SB新書)の2章にも書きました。
今回はこれと関連して、一般相対性理論での重力場のエネルギーの概念自体が、空間無限遠方の観測者や座標系の採り方によって定められているという話を書いてみます。
まず簡単のために、時空を平坦なミンコフスキー時空に固定して、その中を運動する電磁場などの物質のエネルギー運動量テンソルTを考えてみます。その各成分は、(1)式の局所的な保存則を満たします。

そして時空点に依存した4次元ベクトル場ξを考えて、

という流れの量を考察します。このJがどのようなξに対して局所的に保存するのかを理解するため、以下のような計算をしましょう。

この最後の式の第1項目は(1)式から消えます。残る第2項目はTの添え字の対称性から

と書けます。そしてこの項は、ξが

を満たせば消えます。すると元のJは局所的に保存する量となります。
(5)式をξに対する方程式として解いてやると、定数の四元ベクトルaと定数の反対称テンソルωを用いて、

と求まります。このξは、実はよく知られたベクトル場です。まずξを使って生成される、以下の無限小の座標変換を思い出してください。

すると(6)式のaの項は、時間推進座標変換と空間推進変換を生成することが分かります。ネーター定理の観点からは、この変換の生成子こそが、エネルギーと運動量です。そして(6)式のωの項は、(7)式では空間回転変換とローレンツ変換を表しています。この生成子が角運動量とローレンツブースト生成子です。つまり全体として(6)式のξは、無限小のポアンカレ変換を生成しているのです。これは特殊相対性理論に現れた、時空対称性の変換です。電磁場などの物質場のエネルギー、運動量や角運動量が局所的に保存する理由は、平坦時空においてポアンカレ群に対応するξが(5)式を満たすためなのです。つまり時空の属性が、これらの保存則を生み出しています。
(5)式の左辺の量は、数学的には計量テンソルの「リー微分」です。一般の曲がった座標系で、(7)式の無限小座標変換における計量テンソルの形の差は、一般的なリー微分を使って

で与えられます。そして一般の時空において、その計量テンソルのリー微分を零にする、特別なベクトル場ξは「キリングベクトル場」と呼ばれています。ξが生成する座標変換の後でも、計量テンソルは元と形が変わらないという性質を表しています。これを数式で書くと、

もしくは具体的に

となります。特に(10)式は、与えられた時空に対する「キリング方程式」と呼ばれています。これを満たすξは、そのξの生成子としての流れの量子Jに対して、その時空の対称性由来の局所的な保存則を導くのです。
更に一般相対性理論では、この局所的な保存を満たす密度量(つまりJの第0成分)の体積積分が、空間無限遠方の球面上での面積分で表現できるという変わった性質があります。下記の

というQという量の全微分で、この流れの量Jが書けるためです。

するとガウス-ストークスの定理により、体積積分が

という表面積分になってしまいます。本来Jの第0成分の体積積分だったのですが、その値を知るには、体積中にどのように密度としてのその第0成分が分布しているのかという詳細の情報は、必要ないのです。このような性質は、「古典的なホログラフィ性」とも呼ばれます。体積量が、次元の低い面積量になるためです。
この古典的なホログラフィ性の性質からは、一般相対性理論における重力場のエネルギー概念の特殊性が見えてきます。(13)式から分かるように、重力場のエネルギーの定義には、空間無限遠方での境界領域における重力場の振る舞いが一番重要です。そのため、境界近傍だけで(10)式のような方程式を満たすξから、エネルギーが定義されるためです。
まず無限遠方の境界領域で、平坦なミンコフスキー計量に漸近する計量テンソルを考えてみます。つまり、

に対して、

で定義される動径座標rを考え、境界近傍で計量テンソルが

のように書け、かつ各成分が

という振る舞いで小さくなるという振る舞いを仮定します。これを計量テンソルのリー微分で表現するならば、

のような形の方程式を、無限遠方の境界近傍で考えることになります。この式の右辺のOは、そのrのべき乗だけを指定しており、その係数は勝手で構いません。rを大きくすると、そのべき乗のスピードで零に近づくという意味です。(18)式のことを、ξに対する「漸近的キリング方程式」と呼びます。そして、この解のξが(7)式を通じて生成する、座標変換群の対称性を、その時空の「漸近対称性」と呼びます。
この時空の漸近的対称性を定義するには、背景計量テンソルに漸近する、(18)式右辺の各成分の落ち方を指定することも要求されます。これは時空測定機を設置する観測者が行います。この各成分の落ち方(零に近づくスピード)は、「フォールオフ条件」とも呼ばれます。このフォールオフ条件を指定するごとに、(18)式の漸近的キリング方程式も定義されます。
この漸近的キリング方程式の解ξは、多くの背景時空に対して存在しません。うまく背景時空を選んだときにだけ、解が現れます。(10)式の厳密なキリング方程式が解をもつのは、特殊な時空に対してだけという話と同じです。しかし漸近的キリング方程式では、背景時空を選んだ後でも、勝手なフォールオフ条件を仮定してしまうと、そもそもξはその解として存在しないことも多いです。うまくフォールオフ条件を選ぶことが大事なのです。このフォールオフ条件の選択が、一般相対性理論で保存する全体の重力エネルギーの定義、概念そのものに強く影響を与えている事実は、非常に興味深い点の1つです。この性質も、元々の重力場のエネルギー密度が擬テンソルの1つの成分になっていることが原因なのです。またそれは、一般相対性理論の出自として避けがたい、等価原理が起源となっているのです。
たとえば背景時空を平坦時空に選びましょう。通常のミンコフスキー座標系では、計量テンソルは

で与えられます。しかしここでは、aを正の定数として、

という座標変換を(19)式に施して得られる、

という計量テンソルで、その重力場のエネルギー密度を考えてみましょう。
平坦な時空で座標を選び直しただけなので、この計量テンソルから計算される時空曲率テンソルの全成分は、零のままです。しかし、計量テンソルの1階微分から得られる、クリストッフェル接続Γ自体は消えていません。元のミンコフスキ座標系ではこのΓは零だったのですが、Γ自体がテンソル量ではないことが原因となって、下記の非零の成分が生き残るのです。

ここで、重力場のエネルギー運動量擬テンソルの例として、下記のランダウ-リフシッツ擬テンソルを考えてみます。

この量は、一般的な時空において運動方程式を仮定すると、物質場のエネルギー運動量テンソルTとの、下記の局所的な保存則を満たします。

この量を使って、物質がない真空の場合での、(21)式の計量テンソルについて、重力場のエネルギー密度を評価してみます。すると

のように非零になり、さらにこれを体積成分すると、空間成分xの指数関数的な振る舞いから、それは発散することが分かります。(19)式の計量テンソルをもっていた元々の座標系ではΓが消えていたため、真空の正しい重力場らしく、ランダウ-リフシッツ擬テンソルの全ての成分は零だったのですが、今の座標系では無限大の重力場のエネルギーが充満していることになってしまいます。このように時空を決めた後でも、その中の座標系、そしてそれを選ぶ観測者に応じて、重力場のエネルギーの値は零になったり、無限大になったりするのです。等価原理は、このような重力場の特異な振る舞いを与えています。
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