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宇宙の第3量子化とマルチバース

最近「マルチバース理論」というものを耳にする機会があるかと思います。この我々の宇宙だけでなく、他の宇宙も無数にあるという主張の理論です。
宇宙(ユニバース)は「universe」と英語で書かれますが、この「uni」とは「単一の」という意味です。宇宙はただ1つであるという前提で、昔の人は宇宙を論じてきたのです。ところが、マルチバース理論では他の宇宙もあるため、「uni」ではなく、多数を意味する「multi」を使って「multiverse」という造語が作られたのでした。

最近のマルチバース理論は、超弦理論の予言能力の行き詰まりをなんとか回避しようと、半ば苦し紛れで考えられたものと言えます。超弦理論は、「万物は弦から出来ている」と考える仮説であり、そしてそれは究極理論(theory of everything)であると、期待もされていました。この理論の方程式を完成させて、それを解けば、この宇宙のすべてのことが理解できるのではと、素朴に期待していた人も、前世紀には多かったのです。

しかし、理論研究の進展とともに、その問題点もはっきりしてきました。たとえば、超弦理論には唯一の真空解が存在して、その真空を励起して出来ているのが、この世界だという期待がありました。そうだとすると、決定論的に粒子の質量なども正確に予言することもできるだろうと考えられていたのです。でも、その期待が破られました。膨大な数の異なる真空解が、理論に出てきたのです。その多数の真空解の集まりは、圧倒的に広い多様な景色に例えられ、超弦理論の「ランドスケープ」とも呼ばれます。各真空では、その素粒子が持つ質量や電荷の値も異なります。したがって、このままの形の理論を解析しても、素粒子の性質が異なる宇宙の可能性がほぼ無限大に近い数だけ現れるので、一意的な予言を導くことができません。

そこで、決定論的な予言はあきらめて、その多宇宙の統計的な性質から何か物理的な予言ができないかと、一部の理論家が方向転換をして進められているのが、このマルチバース理論なのです。宇宙のゆりかごにあたる量子揺らぎから、異なる宇宙が全部生成をされて実在をしているという描像を採用したのです。その多くの宇宙の中に、確率論の意味での典型的な性質を見出そうとする研究テーマです。しかし現在まで、本当にシャープな予言を導くことは誰も成功しておらず、その意味でマルチバース理論を真に検証する方法は、全く確立していないと言えます。実証科学として意味があるかどうかも分かっていません。

ところで、多宇宙が量子揺らぎやインフレーションから生じるというアイデア自体は結構古くからあります。前世紀に量子重力理論のシュレディンガー方程式に対応する「ウィーラー=ドウィット方程式」が導かれた後、宇宙の量子的な生成も研究され始めました。たとえば、ヴィレンキンやホーキングらの宇宙の波動関数の研究も出ましたが、その波動関数の解釈には謎が残ったままでした。その波動関数は普通の粒子の波動関数を時間積分したような形になっているため、本質的に規格化ができないものです。そのため、普通の確率解釈ができなかったのです。そこで波動関数の絶対値が大きい宇宙の配位は起きやすいという程度の、曖昧な取り扱いに終始をしていたのです。

その後1980年代の後半に、コールマンがこの宇宙の波動関数から重大な予言ができると主張をしました。微細で多数のワームホールが異なる宇宙の間を繋ぐ寄与を経路積分に取り入れると、アインシュタイン方程式に出てきた宇宙項が自動的に極めて小さくなるという予言でした。当時は、まだ観測が進んでおらず、現在起きている宇宙の加速膨張は知られていませんでした。そして宇宙項の値は零と整合をしているという状況だったので、それをワームホールを含んだ宇宙の波動関数は予言していると主張されたのです。コールマンのこの主張は当時たいへん注目を集めて、量子重力理論への関心も更に高まりました。多宇宙の理論という意味で、このコールマンの仕事は現在のマルチバース理論の原型の1つとも言えます。

コールマンの論文の影響は大きく、ウィーラー=ドウィット方程式の性質とその宇宙の波動関数の規格化不能性の問題も、多くの人々が再び考え出しました。そこで提案されたのが、「宇宙の第3量子化」というアイデアです。

まず事実として、ウィーラー=ドウィット方程式には普通の時間は含まれません。そのため、同一時刻での測定という概念も、そのままでは出てきません。代わりに、物理的な時計として、宇宙のサイズを表すパラメータaを考えます。宇宙のサイズaが小さい場合を「過去」とし、aが大きい場合を「未来」とするのです。その観点でウィーラー=ドウィット方程式を見直すと、確かに時間aの微分が含まれていることが分かります。ただ困ったことに、シュレディンガー方程式のような時間の1階微分ではなく、aの2階微分が出てくるのです。すると相対論的な場に対するクライン=ゴルダン方程式のように、時間に対して保存するノルムは負の値にもなり、確率解釈がそのままではできません。

そこで、クライン=ゴルダンの場を演算子に置き換えた「第2量子化」の類推から、宇宙の波動関数自体を更に演算子化する「第3量子化」の理論が登場をしたのです。第2量子化されて出てきた物質場が含む古典宇宙を、更に量子化するという意味で、第3番目の量子化という意味での「第3量子化」です。これは、宇宙自体の場の理論に対応します。そして、この理論では自動的に無から多宇宙生成が起きます。ですので、これも現代のマルチバース理論のひな型になっています。このあたりをすこし具体的に下記で解説してみましょう。

まず時空を量子的に扱うため、経路積分では図1のように、異なる形で違うサイズの様々な宇宙の寄与を足し合わせます。

図1:経路積分における量子宇宙の寄与の足し合わせ

その結果、宇宙の時間の自由度も全て足し上げるため、外部時間は存在しなくなります。宇宙には外部の時間というものは、そもそも存在しませんので、これは自然なことです。

簡単なモデル化をして量子重力を考えてみましょう。宇宙年齢としてのtに対して、(1)式のように、ハミルトニアンHで定まる下記の時間発展演算子を書いてみます。

(1)式:宇宙年齢tでの時間反転演算子

宇宙の初期状態を|0>として、宇宙年齢tの状態ベクトルを下記のようにします。

(2)式:時刻tにおける宇宙の状態ベクトル

実際の量子宇宙では、様々な年齢の宇宙の寄与を全て足し合わせる必要があります。そのため、宇宙の3次元部分の形状を表すhの自由度での表示では、(3)式のように、波動関数は与えられます。

(3)式:年齢を積分した宇宙の波動関数

この時間積分の結果、デルタ関数でハミルトニアン、つまりエネルギーが零となることが出てきます。これによって、このモデルでのウィーラー=ドウィット方程式である(4)式が得られます。

(4)式:簡略化されたウィーラー=ドウィット方程式

実際の量子重力理論では、宇宙の形状を表す自由度が連続無限個あるのですが、簡単のために物理的な時計としての宇宙サイズaと、それ以外の代表的な宇宙形状のパラメータとしてチルダーの付いたhを考えます。このように自由度を小さくしたモデルは、「ミニスーパースペース」と呼ばれます。

(5)式:ミニスーパースペース

すると(4)式に出てくるハミルトニアンHも簡略化されます。具体的にはたとえば(6)式のような形に、Hが書ける場合もあります。

(6)式:ミニスーパースペースでのハミルトニアン

するとウィーラー=ドウィット方程式は(7)式のように簡単になります。

(7)ミニスーパースペースでのウィーラー=ドウィット方程式

ここで、aは時間の役割を担っています。この方程式の特徴は、微分の階数の構造がクライン=ゴルダン方程式のようになっているのがわかります。そこで、スカラー場の第2量子化のように、宇宙の波動関数を演算子に置き換えて、(8)式のような正準交換関係を設定するのが、宇宙の第3量子化理論です。

(8)式:宇宙の場の演算子の正準交換関係

(7)式の質量項に当たるポテンシャルVは時間aに依存しているため、宇宙の始まりの時刻としてのaの値に対して、宇宙に対する量子場の真空状態を設定しても、aが大きな領域では図2のように、量子としての宇宙が複数生成されることもわかります。これは現代的に言えばマルチバースの生成です。

図2:無からのマルチバース生成

第3量子化理論では、量子としての多宇宙を生成できるだけではなく、通常の場の理論の素粒子のように、その異なる宇宙の間の相互作用も生まれます。たとえば、2つの素粒子の場合、図3のように媒介する仮想粒子によって、相互作用が生まれます。


図3:素粒子の相互作用のファインマン図

同様に、第3量子化の量子宇宙の場では、異なる2つの宇宙の間を図4のように、ワームホールを通じて相互作用が起きるのです。

図4:量子宇宙の間の相互作用を表すファインマン図

素粒子の場の量子論では、単独の粒子の伝搬はファインマンのプロパゲイター(伝搬関数)で記述されますが、それはクライン=ゴルドン演算子の逆演算子です。同様に、第3量子化理論での1つの量子宇宙の伝搬には、下記のプロパゲイターが出てきます。

(9)式:第3量子化での宇宙の伝搬関数

これを用いて、たとえば「仮想粒子」としてのワームホールを媒介した、2つの宇宙の間の相互作用のファインマン図は、図5のようになります。

図5:仮想ワームホールの寄与

このように、当時の第3量子化理論は、現在のマルチバース理論に出てくる概念を先取りしていました。ただ、この理論の動機となったコールマン理論は、その後理論ともしてもあまり進展しませんでした。そしてその後の宇宙観測によって宇宙項は零ではないことが確定したため、零の宇宙項を予言したコールマン理論も、それから派生をした第3量子化理論も、長く塩漬けされたままです。現在では代わりに、超弦理論の数学的な新しいツールを使って、方向性を変えながら量子多宇宙理論の研究は少しずつ進んでいます。ただ、量子重力理論における時間や空間の本性については、深い霧に包まれたままとも言えます。この未解決問題は、物理学に残されている重大な謎の1つなのです。



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