退職日の花束が教えてくれるもの
2026年3月末、友人が長年勤めた会社を退職しました。彼から「同僚から花束をもらって、本当に感激した」という連絡を受けました。
その話を聞いてふと思い出したのは、私自身が会社を退職した日の記憶です。 あの時、私を送り出してくれた同僚たちはどんな気持ちだったのだろうか。そして逆に、私がまだ会社員だった頃、職場を去っていく人たちをどんなふうに見送っていたのだろうか。
退職という節目において「送り出す側」と「送り出される側」の感情、そして会社を離れて数年が経った今だからこそ気づいた人間関係について、今日は書いてみます。
私が「送り出す側」だったリアルな本音
私自身が退職者を見送る側にいた頃の行動を思い出してみます。
社員が退職する前には、きまって「デジタル色紙」のURLがメールで回ってきました。「メッセージをお願いします」という依頼は任意でしたが、私は関わりの深さによって書くかどうかを決めていました。
デジタル色紙のメリットは、顔と名前は一致するけれど関わりが薄かった人に対しては、直接声をかけるよりハードルが低く、書きやすいことです。もちろん、プロジェクトで苦楽を共にした仲間、お世話になった上司、可愛がっていた部下などには、心を込めて言葉を綴りました。
しかし、正直なところ、義理で書いている部分も否めません。だから時には、あえて書かないという選択もしました。冷たい言い方かもしれませんが、関係が薄い人とは、退職してしまえばもう二度と会う可能性は低いからですね。
送別会も同様です。規模の大きな送別会となると、どうしても部署の行事だからという義理の参加が含まれます。
関わりが深く、長くお付き合いをした人たちの場合は違います。自分が幹事であろうとなかろうと、社内のカフェテリアで話をしたり、ランチや居酒屋に誘ったりと、かなり前向きに時間を共有し、心からエールを送っていました。
一方で、以前一緒に仕事をしたことのあるバイスプレジデントが、有名企業の社長として引き抜かれて退職することになったのです。当然、社内では送別会が企画されましたが、私は参加しませんでした。 なぜなら、その方との関係は完全に仕事として割り切ったものだったからです。
世間一般の感覚からすれば、そういったエグゼクティブクラスとの繋がりは、将来の転職やキャリアアップにおいて有意義な人脈になります。関係を繋いでおくほうが、後々のために得策なのかもしれません。
しかし、自分の人生において、義理や損得だけで繋がっておく関係にそれほど重要性を感じませんでした。不必要と感じる人とは、退職を機にフェードアウトするような態度をとっていたのです。不義理で冷たい人って思われていたかもしれませんね。でも、今振り返っても、自分らしいドライな決断だったと思います。
私が「送り出される側」になって見えたもの
さて、ここからは立場が逆転し、私自身が会社から「送別される側」になった時の話です。
私の退職時は、ちょうどコロナ禍の真っ只中でした。大人数での集まりが制限している時期でしたが、それでも職場の皆さんは工夫をしてくださり、30人規模と50人規模の送別会を2回開いてくれました。さらに、デジタル色紙には200人以上もの方々から温かいメッセージを受け取りました。
自分がかつてそうだったように、きっと義理で書いた人や、お付き合いで参加してくれた人も多いだろうなと冷静に受け止めつつも、とても嬉しく、仕事をしてきた喜びを感じました。
そんな中で、特に私の心に残ったのは、大規模な送別会とは別に「個別にランチや飲みにいきましょう」と声をかけてくれた人たちの存在です。わざわざ時間を割いてくれるのですから、純粋にとても嬉しかったです。1on1ランチ会は約30回開催され、30人の方とゆっくり話すことができました。
私に個別に声をかけてくれた人の中には、密に仕事をした仲間だけでなく、そこまで深い関わりではなかったはずの意外な人が少なからず含まれていたのです。
実を言うと、彼ら彼女らの目的は、私との別れを惜しむことよりも、私の今後の生き方に対する強い関心でした。 個別の席で交わされる会話は、これまでの仕事の引き継ぎやプロジェクトの思い出話などはほぼ皆無で、聞かれるのは、
「どうして退職に至ったのか」
「その経緯は何だったのか」
そして
「今後のセカンドライフについてどう考えているのか」
という質問ばかり。つまり、声をかけてくれた方が、自分の将来やセカンドライフについて真剣に考え始めており、先に行動に移した私に生の声を聞きに来たのでしょう。
私はまだ退職前の在職中であり、セカンドライフは、これから始まる未知の世界です。実践前の単なるイメージや目標をお話しすることしかできず、誘ってくれた人たちが期待するような有益なアドバイスはできなかったんじゃないかと思います。
社員の退職は主に転職ですが、私は引退だったので、同僚の興味をもったのでしょう。それでも、個別に声をかけてもらえるのは嬉しいものです。
ただ、心の中で「私という人間を純粋に送り出そうとしてくれる人」と、「自分の将来の参考のために、今のうちに話を聞いておこうとする人」の差は、明確に感じ取っていました。
退職から4年、現在の元同僚との関係
それから月日が流れ、私がセカンドライフを送るようになって約4年が経過しました。 当時、送別会を開いてくれたり、個別に時間を共有してくれた人たちと、現在どれくらい連絡を取り合っているでしょうか。
残念ながら継続して連絡を取っている人は決して多くありません。特に、自分の人生の参考にしようと個別に飲みに行き、セカンドライフについて質問攻めにしてきた人たちとの付き合いは数えるほどです。ほとんどの人が、その後連絡が途絶えています。
彼ら彼女らは自分の中で必要な情報を得て、満足したのかもしれませんね。今なら、もっと有益な情報、つまり退職後のリアルな生活を伝えることができるのに。
一方で、現在でも良好な関係が継続している元同僚たちもいます。興味深いことに、その同僚たちは、わざわざ送別会をしてない人もいます。
彼らは私が退職する時、「まこさんが退職するからといって、特別なことは何もしなくてもいいよね。これからも普通に会うだろうしね」と笑って、あえて送別会というような区切りを作らなかった人たちなのです。
実際、その言葉通り、今でも時折連絡を取り合い、ランチに行ったり、旅行に行ったり、自宅を訪問する関係の方もいます。退職という劇的なイベントを経ても、何も変わらずに続く日常の延長こそが、最高に贅沢な関係と感じています。
また、私より先に退職していった先輩たちの中で、現在も親しくしている方々もいます。振り返ってみれば、私が彼らを見送った時も、送別会をしたというよりも、頻繁に飲みに行っていたので、送別会であろうとなかろうと、退職したから無くなるものではないのかもしれませんね。最近では、回数はめっきり減りましたけど、在職中からの自然な付き合いをただそのまま継続しているだけってことですね。
人間関係は損得ではなく相性
様々な人間関係が交錯する組織の中で、長く働いた会社を退職するという区切りの日は、送り出す側にとっても、送り出される側にとっても、かけがえのない思い出深い瞬間です。
私は早期退職する日を、2022年7月7日の七夕の日を最終出社日にしました。その前後に、数多くの送別会をしていただき、それは義理要素が強くても、会社員としての送別会は、長く働いて信用を積み重ねてきた結果だと、誇りに思っています。
思い出話で当時を振り返って書いてみましたが、セカンドライフを送る上で、会社に対して一生懸命仕事してきたことは私のこれからの人生の基盤になっていると思っています。
会社という看板が外れた後、最終的にどんな人と縁が続いていくのか。 それは、これからの人生に必要だからとか、有益な人脈だからとか、といった頭で考えた理由ではなく、結局のところ理屈抜きの相性に尽きるのだと、セカンドライフを歩む今、しみじみと感じています。
退職時に聞かれたネタ↓
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