【小説】めんこい座敷わらし咲く #29 『マタイ5-4/幸いである悩める人は、なぜなら慰められるから』
慰められますか?
半端ない喪失感を持つ人は慰められますか?
最近、先生を見失いました。喪失感が半端ないです。
先生はいつも電車で出会う人で、年齢はよくわかりません。
見ようによってはすごく若く見えるし、見ようによっては10才上くらいに見えます。
私はBTS推しなので、こういう人はタイプではなかったのですが、すごく可愛いと思うようになってきました。
私は先生をすごく尊敬しています。それはいつも洋書を辞書無しで読んでいるからです。
先生と呼んでいるのは先生っぽいから、私が勝手にそう呼んでいるのです。
先生とは、朝、電車に乗るホームでいつも隣になります。私が頭を下げて挨拶をすると、微笑んでくれます。会話はありません。
先生に注目している人は、他にいて、同じバスケの先輩の3人の3年生が、先生の両隣と真っ正面に立って取り囲んでいます。私は彼女たちの身だしなみが乱れているので、嫌いです。
特に先生にご執心なのが、鳥の巣のような髪にさらに寝癖を付けて、制服をだらしなく着ている人です。私は先生が可哀想と思ってしまいます。
私は遠くの座席から身を乗り出して、様子を見守ります。
先輩たちは卒業していなくなったから安心です。
今度は私の番です。
たまに真っ正面に座ったら、先生をチラチラ見ます。先生も私のことをチラチラ見ていて、眼が合うことがあることに気がつきました。とても嬉しかったです。
部活からの帰り、4人掛けの座席に座り込んだら、正面に先生がいたこともあります。
その時、お互いに眠ったふりをしましたが、お互いにちらっと目を開けてお互いを盗み見して、すぐさま眠ったふりをするというようなことをしました。
逆に、偶然、先生が私の正面に座ることもあり、運命の奇跡と思ったこともありました。
そんな運命のデタラメは今までたくさんありました。
でもまったく話したことはありません。
幸せでした。こんなことはずっと続くと思っていました。
一度だけ、エスカレーターでホームに歩いて降りるとき、先生と隣り合わせになり、二人は立ち止まったのですが、先生は「どうぞ」と言って私を通そうとしてくれました。
私は「ありがとうございます」と言いました。
先生との会話はそれだけです。
最初で最後のものになりました。
11月の寒い雨の日でした。
突然、先生がいなくなりました。まったく突然に。
私は先生の降りる駅からその周辺の高校(5校ある)に東西南北とあてどもなく、彷徨い歩きました。

電車の時間を変えてみたのはもちろんです。私なりの方法で、探しました。
私は何故か学校の先生の推薦で、学校の生徒募集の大きなポスターになって、各駅に貼られていました。
先生がこのポスターを見て学校に連絡をくれないかな?と期待したこともありましたが無駄でした。
私は布団にうつ伏せになり、泣きました。
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き。」
今になって感情が溢れ出ました。心の大きなチャンクをもぎ取られたようで、喪失感が半端なかったです。
そんなとき、学校の音楽鑑賞でブラームスの「ドイツレクイエム」という、合唱とオーケストラによる大曲を聴きに行きました。
冒頭の第1楽章から私はハマりました。
日本語訳によると
「聖書のマタイの福音書」から採った歌詞で、
「幸いである悩める人は、なぜなら慰められるから」
これだけの短い歌詞を延々と美しい旋律で繰り返し、波状的に歌い上げるのです。
合唱団の方々はゆらいでいて、あちらこちらで歌いながら感極まって泣いていらっしゃる方もおられます。
私も、曲調がすぐに私と共鳴してぽろぽろ泣き出しました。
本当に音楽で慰められることもあるのですね。
Selig sind, die da Leid tragen,
denn sie sollen getröstet werden.
大学に入ったら、英語だけでなく、ドイツ語も勉強しよう。
ドイツレクイエムを歌おう。
写真は同じバスケの3年生です。
最前列中央No.5が私です。
みんないつも慰めてくれます。
私たちはこの11月に引退しました。
2年半楽しかったよ-!
うちら、マジでリア充してたね!
ありがとう!

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