見出し画像

【小説】めんこい座敷わらし咲く #28『ラクリモーサ(涙の日)咲くを最後に見た日』

これからの話は精神病院を退院してからのことだ。京都西大路工場に転勤になった最初の話に戻るよ。

最初はさんざんに馬鹿にされ、苛められたけど、品質管理のリーダーになった。
ジジイたちを再教育した。

西太后が僕の恋人になり、初めての女になった。お互いが初めて同士だったな。西太后はいい女だったけど、僕の心がうつろになってしまった。

西太后にはホントに悪いことをしたと思っているけど、今さらどうしようもないやね。

西太后は僕と結婚したかったんだろう。

咲くが現れなかったら、今頃いい夫婦になっていたかもしれない。

咲くとは京都駅のホームで出会った。衝撃的な美少女だったよ。

通勤電車でお互いを認識し合う仲になった。

咲くのリュックのロゴから佐和山高校バスケ部のインスタを発見した。

咲くとまともにしゃべったことはなかったけど、咲くの代のバスケ部がインスタを投稿していたのはラッキーだった。

僕は咲くの人となりを深く知ることができた。このインスタがなければ、咲くは単に電車で見かける美少女で終わり、心の中に永遠に住み続けることはなかったろうと思う。

咲くは、純潔で、純白で、高根の花だった。僕のような者が話しかけられるわけがなかった。

それでも咲くとかすかに接近遭遇しながら、2年半が経とうとしていた。

咲くとの偶然の奇跡は今までありすぎた。

嵯峨野線で、会社帰り、4人掛けの席に僕が偶然乗り込んだら、咲くが真正面に座っていた。

逆に僕が座っている席の真正面に部活帰りの咲くが乗り込んできたこともある。

お互いに真正面に座って、二人とも何を思ったか瞬間的に目を閉じて、眠ったふりをした。
時々薄目を開けて咲くを見たら、咲くも薄目を開けて僕を見て、二人とも慌てて、でんでんむしが目を触られてひっこめるみたいに、あわてて目を閉じた。

僕らはそういうやり取りを何度も楽しんだというか、子どもみたいに必死のパッチでやり続けた。正直、幸せだったよ。

こんな日はいつまでも続くものだと、何の根拠もなく思った。

そんなやり取りをした翌朝の電車で、咲くは僕の席の真正面に座り、呆けたように口をポカンと開けて僕をずっと見続けていた。

車窓には朝の陽光がさし、緑の景色が流れていた。咲くの髪には天使の輪が輝いていて、ポカンと空いた唇が可愛くて、怖いくらいに美しい顔をしていた。僕は咲くのまっすぐな視線に耐えられず、目をそらし、最寄りの西大路駅で降りた。

あれはもう、咲くが3年生になっていたんだな。知らぬ間に時が過ぎていた。11月の寒い雨の日だった。

京都駅の2階のコンコースから大阪行きの1階のホームに降りるエスカレータで、二人は偶然並んだ。

指先が触れた。

二人は2mほど、そのまま一緒に降りたけど、僕は馬鹿なことに「お先にどうぞ」と言ってしまった。

咲くは「ありがとうございます。」と丁寧に頭を下げて、下に降りて行った。

咲くと僕の会話はたったのそれだけだ。

それが、僕が見た咲くの最後の姿だよ。

あれから6年間、咲くを見ていない。
あの後インスタを見たら、咲くは部活を引退した。だから、もう朝練で同じ時間帯に電車に乗ることはない。

でも僕は、いつか会えるだろうと漠然と根拠もなく考えていたよ。

咲くを見失った、そのあくる日から、僕は1か月ほど精神の修養と称して北陸工場に素手で便器をみがきに行ったんだ。

大音声で起立、礼、着席と言わされた。

朝の正門前に立って、通勤してくる社員に大声で「おはようございます」と叫んだよ。

カフカの審判のような、実にカフカ的に理不尽な審判を毎日受け続けた結果だよ。

京都西大路工場の上層部は僕を矯正させようとしたんだ。


あらすじ

第1話

前作

連載マガジン


いいなと思ったら応援しよう!