【小説】めんこい座敷わらし咲く #27 『「かなりいいんじゃないか」と主治医は言う』
僕はネットで自分が入院する病院を探した。
ネットに自宅で休養するよりも病院に入院する方がいいとあったからだ。
病院の相談員というのがいて、入院の前日、入院生活の説明を聞いた。
携帯を持ち込んでもいいのに、それはダメと嘘を言った。おかげで外泊ができるまでの1か月も、病院の公衆電話から話したよ。
この黄檗山病院は歴史のある私立病院らしい。見晴らしがよく、麓に黄檗山珍満寺というまったく中国風の異国情緒にあふれた、けったいな寺があった。
シンポジウムで発表する熱心な看護師の動画や、「看護師の献身的な声掛けのおかげで、励まされ、すっかり良くなりました」という患者の感謝の文章がベッドで苦しむ患者のイラスト付きで載っていた。
僕はこの広告を見て、いいなあと思って選んだけど、実態は食事を運ぶ時も挨拶を決してしてはいけないという法律があるらしく、声掛けどころか、患者を放置するインチキな病院だった。
まったく意味不明の男がいた。この男は、入院した時にちょっとだけ挨拶に来て、入院している間は一切顔を見せなかったくせに、「何か困ったことがあれば僕に言ってよ!」と言って立ち去った。
僕は骨相学で人を判断するけど、この男は極悪人の部類だった。
僕は一体何をする人かわからないまま、違和感を噛みしめながら、一応「はあ」と言っておいた。
この男は僕が退院する前日にちょっと挨拶に来て、僕に質問して、何やら1枚の病院のフォームに書き付けて、さも自分が仕事をやったかのような顔をしていた。
その間もひっきりなしに、うるさいくらいに携帯に電話が入ってきて、「今日も勉強会しようね。はーい。じゃね。」とかなんとか言っていた。
勉強会?この男が何の仕事をしているのだろう?何の師業なのか?ずっと気になっていた。楽な仕事だね。たぶんPSWとかいう病院と患者の間に立って、患者を食い物にするブローカーみたいなやつだよ。
あの有名な例のシンポジウム男の看護師は長いこと僕を放置していたけど、明日から育休だと言って、挨拶に来た時だけ初めて笑顔を見せた。
臨床心理士というのがいて、いつも2人組でレクチャーする。一人はフランケンシュタイン博士みたいな男。一人は女で、いい女ふうだったけど冷たそうな感じがしたよ。
アナザースカイという番組を引き合いに出し、成功者の話をした。うつ病棟の患者たちにとっては痛い話だった。
まともなのは主治医と、作業療法士だけだった。
作業療法士と患者たちの卓球大会は盛り上がったね。先生というあだ名の学校の先生がいて、家に卓球台を常設しているらしかった。卓球に関し蘊蓄をたれるけど、めっちゃ下手糞だった。この先生が空振りするたびに患者たちは、ぷっ!と吹き出すのを我慢した。
外部の患者と合わせて総勢50人くらいで体験発表会が週1であった。発表するのは苦痛だった。そんな話すパワーはないから、ありきたりに躁うつ病のうつ状態がひどくて、ここに来ました程度のことを言った。
外来患者は腹の底から声を出し、元気だったな。健常者よりパワーがあるくらいだ。なんで社会復帰できないのかさっぱりわからなかった。
外来患者に20歳くらいの女の子がいて、この女の子はわりときれいで、インドに行って無常を感じてきたといった。きっと注目されたいのだろうな。写真を見せびらかせていた。
タージマハルとかガンジス河を見て来たくらいで人生観が変わるか?インチキだね。何となく。
ヨガ教室も企画されたが意味があるのか?
入院費も個室2か月で60万は痛かった。昔の閉鎖病棟などを連想させるものではなかったけれど、とにかく精神病院は僕たちを食い物にしていた。
病院は、患者を2か月で追い出したがった。2か月以上いられると不都合があるらしかった。
良い人と思われた主治医も2か月が近づくにつれて「これはかなりいいんじゃないか!」としきりに言い出した。
僕は入院当初から何も変わってないよ。
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