【小説】-小指の神様⑦Funeral
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私たちは、一定の距離に近づくと自然に吸い寄せられる磁石のようだった。
目線が合って気配が触れて気がつくと、どうしようもないほど融け合ってしまう。
磁力線が途切れる時間に、私は自分のことを話した。昔のこと、子ども時代のこと、梢さんのこと。
駆は、黙って聞いていた。そこに他人が口を挟む余白はないという静かな距離感で受け入れているように見えた。
しばらくすると私は、彼のマンションから会社に通うようになった。
そして土曜日、ソファで二人、惰けてテレビを見ていたら、久しぶりに母から電話が入った。
小指が首を振り「でるのやめたら」と渋ったけど、神様があっさり取る。開口一番に母は言った。
あ、莉子
お葬式、決まったから
「誰の?」と驚く私に母は「梢さんのに決まってるでしょ」と笑う。
どうやら以前、話していた失踪宣告が確定したようで、梢さんの財産を処分するにあたり親戚の手前、葬儀を挙げたいという。
遺体はなくても
大丈夫なんだって
続けて「来月の三日。あなたも戻って出席して。礼服はこっちで準備しとくから。今、それで忙しいのよ、また色々決まったら連絡するわ」と捲し立て、一方的に電話を切った。
そんな大事なこと、どうして勝手に決めてしまうのだろう。「遺体はなくても大丈夫」というフレーズが頭の中で反芻する。
梢さんは梢さんであって、遺体なんかじゃない。まだ何も見つかっていない。当惑する私に「どうかした?」と駆が訊ねる。
梢さんのお葬式、来月だって
ああ、見つかったの?
ううん
事情を説明すると駆は「良かったじゃん、区切りがついて」と切り出した。
そして「七年経っても、行方がわからないようなら、もう亡くなってるだろ。そうじゃなくても同じようなもんだ。法律で決まってるなら尚更」と二本目のビールを口にしながら言う。
私は耳を疑った。吃驚して言葉がでてこなかった。辛うじて「それはそうだけど・・」と呟く。
彼は起き上がると、テーブルにあるピスタチオを二、三粒剥いて、口に放り込みながら言った。
「莉子、よく考えてみろよ。梢さんとやらはもういない。でも今は、そのときいなかった俺がいる。そうやって変わっていく。昔の場所や誰かにしがみついてたら先に進めない」
そして壁に掛かる『猫を抱く少女』に、さっと視線を送ってから戻り、私の方を見て続けた。
「うちの親父は、あっけなく死んだ。空港で倒れて、病院に運ばれたときにはもう駄目だった。心筋梗塞って聞いたけど、どこも悪くなかったし、出張の前の晩は、俺と普通に飲んでた。あまりに急で、今でも何処かで生きてるんじゃないかと思うこともある。でも、もういないんだ。そう認めるしかない」
「お前がそうやってぐちゃぐちゃしてるうちに、人生は勝手に、時間はどんどん過ぎていく。何が大切かわかってないと、そこに焦点を合わせないと、悪い方ばかりに流される」
流される風船。
そして茫然とする私に向かって「そうやって禄でもないこと考えるより、テニスでもして動いた方がいい」と言って残りのビールを飲み干した。
空気を読めない小指が、駆の声を真似て「そうだよ。運動不足だし」とちょこまか踊り始めたのを見て、神様が窘めるように手を引き、キッチンの奥へと連れて行く。
どちらかというと普段、駆は口数が少ない方だった。こんなに饒舌な彼は見たことがない。
それは酔っているせいかもしれないし、これまで溜め込んでいたからかもしれない。でも、そんな言い方しなくても。動いた方がいい?
じゃあ、帰る
私は言った
そういうことじゃないだろう
呆れた顔で駆が返す
そういうことでしょ
泣き出したい衝動を抑えて立ち上がり、玄関へと進む私の腕を、駆の手が掴んだ。
莉子・・
離して
一瞬、強く握ってから、目を合わせない私を見て、彼はゆっくり手を引いた。そして黙ってソファに戻るとチャンネルを変えてテレビを見始めた。
迷いつつ、結局、私はそのまま外に出た。どうしていいかわからなかった。
ある意味、駆は正しい。でもそれは、私の手が届かない高さにある正しさのように思えた。背後で扉が閉まるとき、何かが終わっていく音がした。

