気が付けば 時計の針は 5に近し 落ちる確信 帰りを思う┃特別養子縁組┃やっと漕ぎ着けた1次面接③
傾聴に徹し、時に穏やかな面持ちで話す社会福祉士の男性の面接官とは反対に、次々と容赦なく尋問してくる看護師の女性の面接官。私達がAと言えばBといい、Cと言えばDと言う。全てに容赦なくマウントする厳しめの言葉は、筋が通っている分余計にグサグサ心に刺さり、もうやめよう…もういいよ…どうせ不合格だよ…と、色々なネガティブな思いが少しずつよぎり始めては、止まったはずの涙がまた頬を伝い落ちていく。
これくらいのことで泣いてるなんて…と思われていたかも知れない。色々なことを考えさせられるその口調は、自分達は特別養子縁組で子どもを迎えることができないのではないかと、そう思わせられるくらいだった。
書類審査の段階で、性別の希望や障がいの受け入れなどは特にこだわりなく、どのような場合でも受け入れることを書いていた私達。医療技術の進歩により実際に産み分けをされる方もいたりと、色々な選択肢は広がったものの、性別や障がいの有無といったことは、妊娠して出産し、子育てに至るすべての人が、確実に選べるものではないと私は思っている。
また、それを私達が望むものでもないと感じていたし、妊娠してもエコーで診るまで分からないように、来てくれる子どものそれらを選ぶものでもないと前々から思っていた。
けれど、やはり希望年齢は0歳児。ここは変わらない。毎日仕事で関わる子ども達を思い出し、幼児期の中でも低年齢の子どもを迎えることを想像してみる。まだまだ完全には言葉で伝えられないが、自分の思いをしっかりと持っていて、思いを言葉で伝えるのは難しくとも、喜怒哀楽を色々な表情や態度で伝えてくれる子ども達。
慣れてくれたかと思いきや、「 イヤイヤ!」「 違う違う!」…と、ちょっとしたことですぐに癇癪を起こし、「 キライっ!」と、そんなことを言い出だしては機嫌を損ねる自我の芽生え期(…世に言うイヤイヤ期…)に、何度も会いに行き一緒に遊び、段々慣れてきたら外にお出かけをしてみたりと少しずつ慣らし、問題がないか養親との相性というのもかなり試される。いわゆる試し期間が家庭に受け入れる前からあるのだ。
イヤイヤ期での試し期間。お迎えする前も後も想像しただけで大変だと思うから、それをして迎える方は本当に尊敬する。
実際に3人の養子を迎えた知人がいて、もう3人とも成人したが、1番上は0歳で迎え、その下は何歳だったか2人とも幼児期に迎えられるも、幼児期に迎えた子どもは心をなかなか開いてくれず癇癪も多く、色々なことで大変だったとも聞いていたので、0歳児から迎えればそのようなことが全くないわけではないが、0歳児希望なのは変わらなかった。
けれど、0歳児の希望の本当の理由はそれだけではない。
胎児の頃から母親の心音を感じ、話しかけることでその声も感じ、その音と声を覚え落ち着くことができるとされているが、私達の場合、胎児からは無理だとしても、胸元に抱き寄せてあげた時に心音を感じて落ち着くだろうから、たとえ血は繋がっていなくても0歳からずっと一緒でそれができるのなら、私達の心音にも同じように安心感を覚えてくれるのではと思っていた。
色々なことを細かく伝えると、「 それは無理です!」「 せめて2歳からでも受け入れられるよう年齢層を広げてください!」と厳しい口調で確認してくる内容の中に、年齢を決めないことを繰り返し言われていた。
2人でずっと決めていたことを、一瞬にして否定される。何故2歳…と色々疑問に思いながらも聞ける空気ではなく、何だかモヤモヤしていたのを今でも覚えているが、もう本当に潰されそうで早く帰りたくて仕方なかった。
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面接も3時間近く経ち、17時頃ようやく面接が終わり外を歩きながら駅に向かった。外はまだ明るく、お日様の明るい光は、頬を伝う涙を乾かし私達のよどんだ心を照らすようだった。
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