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常田大希を考察する-番外編2(ニルヴァーナとオルタナ以前と以降の断絶) その2

思いのほか大きなテーマに発展しそうな成り行きになってきたので、シリーズ化止むなしとしました

これで終えるつもりだったんですけど


誰が読むんや…という内容になりつつあるのはわかっているんですけど…いつまで続くやら

ただ、こういう歴史や経緯を踏まえた自分の見解を持つことは、間違いなく社会的な成功やお金儲けにつながるという意味でならば読まれてもいいはずやなとは感じますね

後述するデビッド・ゲフィンが大きな成功を成し得たのは、彼がそうした全部をわかっていた人だったからなので

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常田大希という人はそんな感じの人なんだなと強く印象を受けた語りがありました

まさに今風の日本人だなと言えるとも思いました

雑誌で読んだかウェブ記事でみかけたか判然とせず、再度の確認でウェブ媒体をあらかた調べても出てこないものの、でっちあげではないはずです


曰く、

「パブリック・エネミーにはアフリカン・アメリカンの人たちがやってこそのメッセージの説得力があるが、それは自分からは遠く感じるようになった」


決してわからないでもないし、安易に時々の流行に流されることのない強い意思を感じましたが、それを言ってしまえば🇺🇸発祥のポピュラー音楽の全てがほぼ当てはまるんじゃね?ともなりますよね🙄


南部デルタ地帯のブルースやニューオリンズのジャズから始まったのが、チャック・ベリーを通してロックンロールになり、「白人」のエルヴィス・プレスリーが見事に取り込むことでスーパースターになった後には、ビートルズがチャック・ベリーのカバーを多く残しながらライブバンドとして場数を踏んで世界的な人気となり今に至るのがロックの歴史なんですから

ジョージ・ガーシュウィンがジャズを取り入れたように、19世紀末から20世紀初頭にかけてクリエイティブな中心がヨーロッパから🇺🇸合衆国に移っていくクラシックにも言えることでもあり

マーチン・ルーサー・キングやモハメド・アリといった人たちが命を掛け名誉を投げ捨てて獲得したかに見えても、現在もBlack Lives Matterのようなムーブメントが生じてしまう中でパブリック・エネミーは今なお活動を続けていますが、彼らが示した社会性の強いメッセージは、時の政治を大きく動かすだけでなく世界中の「マイノリティ」たちにも響く普遍的な価値のあるものです

奴隷制度に強く反対してアジビラのようなものでさえ、頼まれれば平然と文章を書いたヘンリー・D・ソローという作家の今日的な意義についてはこちらで触れましたが、

もう一度リンクする原文はここで読めます

英語のウェブから拾っていますが、Google Chromeで開けば即座にそこそこ適切な日本語訳にしてくれるので、臆することなく読んでいただきたくご紹介しております

Wikipediaではなぁ…と感じるものの、専門の研究を紹介するのも難し過ぎるかもしれないし、ごく短くまとめられた日本語による解説を読んでもあまりピンと来なかったので、仕方なくではありますが…、日本では『ウォールデン 森の生活』でしかほぼ知られていないヘンリー・デビッド・ソローとはこんな人でした


パブリック・エネミーに関しての常田さんのお考えではここに行き着くことはあり得ないとなり、音楽に限らず表現には社会的メッセージは要らないと言っているに等しいともなってしまいます…

今の日本社会に生きる人たちには「当然だろ、んなもの」とされるものなので、この一件をもって彼を責めてもバカみたいな話になるとはいえ、ここが日本人が接してきたロックの歴史においてニルヴァーナ以前と以降を隔てる決定的な一線なんだろうなと、年少世代の人たちが熱く熱心に魂を込めて語る配信を視て感じたことではありました

自分にとり相当に大きな発見ではありましたね

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ただ、この辺のことを考えていくならば、1967年生まれのカート・コバーンが多感な年代で浴びるように聴いてきた1980年代前半のパンクやポストパンクあたりとは打って変わり…

メジャーを目指してメジャーな存在としての成功を勝ち得て君臨するミュージシャンが圧倒的になってしまい、アンダーグラウンドなインディでの活動を余儀なくされた「意志を継ぐ者たち」によって受け継がれてきた系譜を引き継いできたニルヴァーナも含むシアトルの学生さんたちのロックバンドの存在があり…

敏腕のレコードレーベル経営者だったデビッド・ゲフィンがそうした状況の音楽マーケットを見抜き、大ヒットを確信して売り出したグランジというロックの「新しい」ジャンルが生まれた時代背景も確認せねばならずという、誰が読むのかね?という面倒な話になっていかざるを得ないんです

あまり日本では知られていない話として、デビッド・ゲフィンはエンタメ業界で一番のお金持ちとなり、メガヨットとサザビーズやクリスティーズで高額で競り落とした美術品の収集で知られる人物でもあります


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ここから先は、1976年にセックスピストルズがこの曲でデビューしてから始まるほんのさわりのお話です


ニューヨーク・パンクもカッコよかったし音楽的にはむしろ上質だったのかもしれない

(1978年リリースの傑作オムニバス)

こんなものを繰り出してきた当時のニューヨークはあらゆるカルチャーの最先端でしたしね


でも、今からすれば所詮は敏腕プロモーターのマルコム・マクラレンの操り人形で、彼のパートナーだったヴィヴィアン・ウェストウッドの斬新なお洋服を着せられただけの存在ではなかったことで確定したとしても、ピストルズが登場したという事件はとてつもなく大きなものでした


その気になれば自分でもやれるんだ!と多くの若い子たちが一斉にバンドを組んで活動を始めて、テクニック重視の傾向が強かった当時のシーンをひっくり返してしまったんだから

ビートルズが全米デビューした後にもそうした類のムーブメントが起こり、それらはガレージ・パンクと呼ばれますが、みのミュージックさんが『カート・コバーンの選ぶトップ・アルバム50枚』として配信した中でコメントしているように、キワモノとして語り継がれていくシャッグスの他はほぼ跡形もなく消えていきます


ピストルズにはグリール・マーカスが絶賛したジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)の全てを切り裂くような類稀なボーカルがありました


当時の新自由主義経済政策を強引に押し進めたサッチャー政権下での政治状況も強く意識され、ピストルズがただの金儲けの手先ではないと見抜いていた若い人たちは、音楽的には単純極まりないものを単純に真似っこするだけに留まらず、それぞれに個性を磨き、早々に終わったパンクロックの時代のすぐ後に来るポストパンクという時代に大きな成果を数多く残します

ジョニー・ロットンもジョン・ライドンと改名してPublic Image Ltdを結成し真面目に音楽に取り組む姿勢を明確に出して、音楽的にも大きく評価されました

ジャー・ウォーブルが持ち込んだDUBベースとキース・レヴィンの鋭敏な感性には、ライドンのボーカルに引けを取らない個性がありました


カート・コバーン
の選ぶアルバムを見ると「そうなるよね」というチョイスがとにかく多くて、彼もまた1980年代前半のたとえカネが無くても自分たちで全部やり、誰にもつべこべ言わせなかったが故になんでもアリだった時代に育った人だったんだなと思わせますね

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日本でもピストルズ以降の海外での動向は後々までかなり長く影響を残しますが、マルコム・マクラレンヴィヴィアン・ウェストウッドの打ち出した斬新なファッションに惹かれたか、ジョン・ライドンPiLで見せた音楽への本気度合いに惹かれたかで分かれていきます

後者の人たちが町田町蔵さんや山塚アイさんたちをはじめとした数多くの優れたミュージシャンとなって台頭する一方で、藤原ヒロシさんと高木完さんが組んだタイニー・パンクスは完全にファッション志向で「ファッション・パンク」と揶揄するように言われたりしていましたが、先行世代だったどちらにも魅力を感じてしまう自分には「この対立は意味ないな」としか感じなかったです

時代は大きく変わって、町田康として成功した町蔵さんと、ラッパーとして腕を磨いて音楽性への傾きを強くしていく高木完さんとで組んだライブを演って、かつてを知る人たちは驚いていたものですが自分は「それはあり得るよね」と一発でワクワクさせられました

方やヒロシさんはファッション・パンクを貫いて今に至るも、その変わらぬアティテュードを見ているとやはりパンクスのままなんだなぁと感じさせられます

(長くなってきたので続きます)

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